悪夢

□「誰か俺を、助けてよ」
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「ドイツ!」
「前を向いて走れ、イタリア!」

 振り返ると、俺の斜め後ろで必死の形相をするドイツ。
 そのさらに後方、数十メートル離れたところにいる『奴』。
 天井すれすれまでに巨大化した体躯を左右に揺らし、まっすぐに俺達のことを――正確には俺のことを、執拗に追い詰めてくる化け物。
 腐った野菜を煮詰めたようなドロリとした瞳と目が合った瞬間、ゾッとして、心臓を鷲掴みされるような感覚に陥る。何度体験しても慣れないその感覚を踏み切るように、俺は、ドイツと数歩離れたまま再び走りだした。
 軋む木造の床を力一杯蹴り、両手を振り、一心不乱に駆け抜ける。長距離を走り続けているせいで火照る体、萎えてくる足を叱咤し、1秒でも早く進むために動かし続けた。
 ドシン!ドシン!ドシン!と、化け物が前進する度に揺れる廊下が、耳に響く重々しい音が、染みついた恐怖感を煽らせる。反射で震え始める体を抑えようと、俺は握った拳にさらに力をこめた。
 プロイセン、フランス、イギリス、ロシアが待機している部屋までこの化け物を連れて、皆で協力してこの化け物を倒す。その後別室にいる他のメンバーと合流し、鍵を見つけ、この館を脱出する。
 何百回とシミュレートしてきた作戦を思い返し、グッと唇を噛む。今まで馬鹿みたいに失敗を繰り返してきた俺だけど、今回はどこにも間違いはないはずだ。
 ――絶対に、成功させてやる……!
 記憶を頼りに廊下の角を曲がる。4人がいる部屋は、もう目と鼻の先だ。数秒遅れてドイツが到着したのを足音で確認し、ドアのとってに手をかけて勢いよく押し開いた。
「プロイセン!」
 ドアに一番近いところにいるはずのプロイセンの名前を呼びながら、室内に躍り出た俺の目に、見慣れた姿が飛び込んでくる。
 見慣れた。見慣れてしまった、その姿。
 灰色の巨体。
「は……?」
 開きっ放しの口から漏れる、馬鹿みたいに呆けた声。
 灰色の壁の向こう側の、ぐちゃぐちゃになった室内では、血に濡れたフランス兄ちゃんがイギリスがロシアが、見開いた目で俺を見ている。その中で、折れた剣を握ったまま床に倒れているプロイセンだけが叫んだ。
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