悪夢

□鬱鬱鬱
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「そうだ。死のう」

 特別なことは何もなかった。強いて言うなら、暇つぶしに読んでいた今週号のジャンプに読み飽きたくらいだ。
 新八は買い物、神楽と定春は遊びに出かけていない。珍しく俺1人の万事屋に、その言葉はやけにからっぽに反響した。
 社長椅子が古いらしく、少し動くだけでギシリと音を立てる。買い替えなくちゃなーと頭の隅で思いつつ、机の引き出しをガラリと開けた。
 中は整理整頓されてないので汚い。折れ曲がった紙やらなぜか入ってたビー玉やらを押しのけて、奥から鋏を取り出した。
 薄ら暗い蛍光灯に照らされた刃。ほったらかしだったのにも関わらず、錆ひとつない綺麗なものだった。
「切れ味は、っと…」
 ざしゅ。
 自分の左腕で試し切り。
 パタパタと、机に飛び散った血が鮮やかだ。どうやらとんでもない切れ味だったらしく、たいした力を入れていないのに左腕からはダラダラと血が流れた。
「あ、血管切れてら。まあいっか」
 どうせ死のうとしていたんだから問題ない。
「よーし。死ぬぞー」
 妙な気合いを込めて鋏を握った。臙脂色の輪っかに親指と人差し指を通し、目一杯に最大限まで刃を開く。
 それを喉元まで持ってくる。冷たい刃が柔らかい喉の肉に食い込み、そして一一。
 ガラガラガラ。
「ただ今帰りましたー」
 玄関の開く音と声が聞こえた。
 新八が帰ってきたのだ。
 廊下とリビングを結ぶ引き戸が開く瞬間、喉元から鋏をサッと引く。
「銀さん、遅くなりました」
「ホント遅ぇーよ。だから新八は眼鏡なんだよ」
「いや眼鏡関係ないでしょ」
 両手にパンパンのビニール袋を抱えた新八が、よっこいしょと呟きながらテーブルに置いた。
 そういや日用品も買ってきてもらったんだっけか、うん。そりゃ遅くなるな。
「サンキューぱっつぁん」
「1人でこの量は大変でしたよ。あれ?銀さん、鋏なんか持ってどうしたんですか?」
「ジャンプにあった応募券、切り取って送ろうかと思ってな」
「いい加減ジャンプは卒業して下さいよ…」
「心はいつでも少年だぜ?死ぬまで無理だな」
「はいはい」
 俺の嘘を新八はあっさり信じる。
 まあ、向こうからは血痕も見えないから仕方ないか。
「新八ィ。腹減ったー」
「今から作りますよ。早く食べたいなら神楽ちゃんを迎えに行って下さい。いつもの公園にいると思うんで」
「へいへい」
 俺は立ち上がる。やっぱり椅子はギシギシいっていた。
「じゃあ行ってくる」
「お願いします。帰ってくる頃までには用意済ませときますから」
「美味いの作れよー」
 ヒラヒラと手を振って俺は万事屋から出た。
 真冬なので頬にあたる風が切るように冷たい。今日のメニューは鍋とか、体が温まる物がいいなと思いながらバイクに跨がってスロットルを回した。

 とりあえず、神楽と定春を迎えに行こうか。






End...

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