悪夢
□実刑的実験
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ギルベルトは息を潜めていた。
息を潜めながら、気配を殺し足音を殺しながら――歩く。
血のような深紅の眼で油断なく周りに気を配りながら、慎重に歩を進めていた。ギルベルト独特の歩行法は古めかしい木製の床を一回も軋ませることなく、よく磨かれたその上を滑るように移動している。
コチ、コチ、コチ。
と、壁に引っ掛かっている時計のふりこの音だけが、広い部屋に静かに反響する。窓は勿論のこと、カーテンも完膚なきまでに締め切って電気も消しているせいか、昼間だというのに室内は驚くほど薄暗い。
停滞しきった空気を壊さないようにギルベルトは身を滑らせる。ゆっくり進みながらも、視線は同一の方を向けずに常に動かしていた。
机、ソファー、棚の陰…など、身を隠す場所は多くある。それらに目を向けながら、ギルベルトは持っている長剣を強く握る。
もの静かな耳が痛くなるほどの静寂の中、ギルベルトの額に汗がツウッと伝ったところ、で。
狙ったように何かが動いた。
1秒にも満たない間、突然あらわになった存在にギルベルトはすぐに気付いたが、だが所詮それは気付いただけだった。
今まで天井に張り付いていたらしい、アントーニョ。
長くて邪魔そうなハルバードをいとも簡単に振り上げ、穂先に明確な殺意を乗せて飛び降りてくる。予想外のところからの襲撃の前に、ギルベルトは為す術もなく突っ立つことしかできなかった。
ザシュ!
ハルバードの穂先が、ギルベルトの首を斜め後ろから貫いた。
「ぐっ!!」
パタパタッ、と少なすぎない血の雫が床に飛ぶ。思わず体勢が崩れそうになったが、喉を貫通しているハルバードに皮肉にも支えられた。
「――油断大敵やで?元軍国サン」
片腕でハルバードを持ち、返り血を浴びた顔でニコリと笑うアントーニョ。
「…油断したつもりは、なかったんだけどな」
固定されているため首から上は動かせず、目だけを後ろに向けてギルベルトが喋ると、ぷしゅ、と裂けた喉から空気と血が漏れた。
ギルベルトの言葉を聞いたアントーニョは、ハハと笑い飛ばす。
「何言うとるん。一瞬動きが止まっとったで」
「ホントに一瞬だろうが。まさか天井にいるとは誰も思わねーよ」
「油断大敵やって」
「これは注意不足というんだ」
「なんや、よう分からんやっちゃなァ」
「ならお兄さんが教えてあげるよ」
突然割り込んだ声はアントーニョの真後ろから。
目を見開いたアントーニョが振り返るよりも、速く。
「っ!?」