BOOK

□esperanza6
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その日九太はいつものように学校前からバスに乗り、5つ目の停留所を降りてESPERANZAへ帰るところだった。吐く息は白くマフラーをきつく結び直し手袋をパンパンと鳴らした。音楽で習った覚えたての歌を口ずさみ歩く。

道路の端に止まった車を通りがかったのを最後に、九太の姿は無かった。


目を覚ますと、カビ臭く冷たいコンクリートの上で寝かされていた。膝からは血が滲んでいたシャツは砂埃で汚れている。
「ミツハシに怒られちゃうよ…」
手足は自由にされていた。ホコリをはらって立ち上がろうとすると
「動いたら撃つぞ!」
そんな声がして九太は口をとがらせた。
「悪いな。金に困ってんだ。ちょいと利用させてもらうぜ」
ニヤリと笑った男は銃を持ってゆっくりと近づいてきた。

(ヤマタ建設の元社長だ…。横領と数々の汚職が見つかってパパにクビにされた人…)
「逆恨みもいいところだよね」
「なんだ?」
ため息と一緒に呟くと九太はその場に座り込んだ。
「やめなよ。その銃、サイレンサーじゃないよね?ここは確か海沿いに建設途中の倉庫…第3倉庫。」
「口が達者だがガキはガキだな。建設は中断したんだよ。てめぇのクソ親父のせいでな」
九太はポケットからウェットティッシュを取り出し靴についた汚れを落とし始めた。ながらに呟く。
「知らないの?君よりも100倍有能な人が後任でついて、建設は再開したんだよ。15時から業者が入ってくる。今14時半。それまでにパパと身の代金の取り引きなんか無理だよね?全く、寄りによってなんで顔見知りなんか人質にとるの?僕は君のデータは丸わかりなんだよ?全部持ち歩いてるからね」
饒舌な九太に一瞬たじろいだ男だが、足を震わせながら銃をかまえる。
「そ、それならてめぇを殺せば良い。そのデータとやらも燃やしてやるよ。どうせ嘘だろうがな」
「僕は
死なないよ。このままだと君が危険なめにあうからやめろと言ってるんだ。さらう相手を間違えたんじゃないかな」
錯乱した男が銃に指をかけたその時だった。
「寄り道はダメだっていつも言ってるの忘れタカ?」
男がその場に崩れる。足音が倉庫に響いて現れた影に、九太は微笑んだ。現れた男は無様にコンクリートを這いまわる男の髪を掴み問う。
「オマエには二種類の毒針を差したアル。一つは1時間地獄の苦しみの後に心臓が停止するもの、もう一つは即効性で効き目も早く切れる鎮痛剤ネ」
男が所持していた銃を白元は男の口におし込んで囁いた。
「ゆっくり死ぬのと今死ぬの、どっちが良いアルか?選ぶヨロシ」
男は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして何か喋ったが銃が邪魔をしてうまく伝わらない。
「同感アル。どうせ死ぬなら早い方がお互いに楽ヨ」
「ん…っんー!!」
首を振りついに失禁した男に、白元は持参した小さな銃を新たに男の口に無理やりねじ込んだ。
「オマエの安い銃だと後々面倒だからワタシのサイレンサー使うアル。サン…アル…イー……あれ、気絶したヨ」

銃の口から飛び出たのは造花と国旗、花吹雪だった。

「でも1時間で死んじゃうんでしょ?」
「あれはただの軽い筋肉弛緩剤ネ。部分麻酔用アル。」
「白元のウソツキ!」
「ウソも方便ネ。九太のデータっていうのはどこアル」

「データは僕の頭の中だよ」

笑いあって長い影と短い影が横に繋がり消えた。白元は振り返り倒れたままの男を冷たいまなざしで見つめた。



「九太寝たよ」
「…」
一安心したミツハシをよそに白元は押し黙ったままだった。
「少し…疲れたアル」
肩に頭を乗せミツハシの体を引き寄せた白元から逃れようとして、しかしミツハシは身を任せた。襟についた血痕を確認したからだった。
「消したんだね」
未だに無言の白元の顔は泣きそうにも見えてミツハシは代わりに微笑んだ。
「少しでも罪悪感があることに、何を怖がってるの?」
「うるさい…」
離れた白元の顔は未だに曇っていた。
「昔の白元、好きだったけど今の白元はずっと人間らしいよ」
白元は背を向け自室のドアをあけた。
暗い部屋の向こうはミツハシですら入ったことがない。
「君はいつだって線を引いて、そこから僕たちを締め出すんだね」
突然首を掴まれミツハシの背は壁に強く打ちつけられた。
「私は…お前だけには言われたくない…!」
噛みつくような視線はミツハシの視線を捕らえた。噛みつくようなキスは一瞬だけで離れた。ミツハシが自分の唇に触れて確認した頃には白元は扉の向こうに消えていた。
「ずるいよ、白元」


夜は更けて平等に月明かりが照らしていた。



ミツハシは店のカウンター席に座るとそのまま伏せて眠った。

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