BOOK

□esperanza5
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「あるところにお姫様がいました。お姫様は桃太郎という名前で、ガラスのくつをはいていました。」
「ちょっと待った…それは…?」
カウンターのイスに座るも、下に足が届かない九太は、ひとりで降りられないと言うのに座りたがる。九歳にしては若干体が小さいからだ。今日もカウンターで食器を磨くミツハシに頼んで座らせてもらい、閉店後、ミツハシと話していた。
「学校で、お話つくらなきゃいけないの。僕あんまりたくさん知らないからよく分からないんだ」
足をプラプラと揺らして頬杖をつく。
「そうだねえ…」
「ミツハシはお話作れる?」
「…いいよ」
「うん!」
にこりと笑って九太は身を乗り出した。語るミツハシの目が遠くを見つめる。
「あるところにネコがいました。雨が降っていてとても寒く、体はあちこち痛くて心細く、ネコはきっとこのまま死ぬんだろうとその時を待ちました。そこに心優しい人が通りがかりました。その人はネコを家につれていって、お風呂にいれて、たくさんたくさん頭を撫でてくれました。次にネコが目を覚ましたとき、ネコは自分の名前も歳も全て忘れていましたが、ネコは幸せでした。」
「それじゃあそのネコはなんて名前になったの?」

「ミツハシさん!看板拭き終わりました!」
飛び込んできた蓮にミツハシは笑いかけた。
「ご苦労様。もう上がって良いよ」
「お疲れ様っす!」
九太は一人、蓮を見つめていた。突如、イスから飛び降りて蓮に飛びつく。
「蓮、手が真っ赤だよ?」
「あ、水使ってたからかな。え、え?なんで九太泣いてるの?」
突如ポロポロと涙をこぼした九太に、蓮は驚き顔を覗き込んだ。
「蓮がしんじゃう!お風呂はいろう!」
「あ、うん」
九太の必死な様子に蓮は断ることができず、されるがままに風呂場へ連行された。
「九太…」
ミツハシがポカンとしていると、白元がタバコを吸いにきた。
「まだ終わらないアルか?」
「あーうん今終わったよ」
「クローズになると暖房切れるアルから早く出るネ。あーもう体こんなに冷たくして!…アル」
クスクスと笑うミツハシに対してバツが悪そうにタバコに火をつけた白元は顔を背けた。

「九太、白元に似てきたかも」
「そうアルか?」
「うん」
ミツハシは後頭部にそっと触れた。
(傷、まだ残ってる…)
痛みはないが、皮膚は固く、突起していた。恐らく一生残る傷だろう。
「白元、一緒にお風呂入る?久しぶりに」
「ふえ!?」
ミツハシの爆弾発言に白元はタバコで火傷をした。
「待ってるから」


意気揚々と風呂場に向かった白元が、狭い風呂場でぎゅうぎゅうにつまったミツハシ、蓮、九太に迎えられ、肩を落としたのは言うまでもない。

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