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□esperanza2
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「お店に人が入ってキタラ“いらっしゃいませ“アル。ヨロシ?」
そう僕に教えてくれたのは白元だ。


「本当に開店できるのかなあ」
僕のここのところの悩みはそれに尽きる。
「どうしてだい?」
「だってこの店、僕とミツハシと白元しかいないんだよ?お店って3人でもできるの?」
カウンターの隅から隅まで延々と拭き続けていたミツハシが手を止めた。
「…うん」
「今の間は何…?」
「白元がね、いろいろ…ちょっと気難しいところがあるからねぇ…」
さっきまで白元と話していた僕にはにわかに信じがたかった。ミツハシはよく僕が食べこぼしたり靴にどろをつけて店に帰ったりすると怒るけど、白元が怒ったのは見たことがない。
「白元って怒ったら怖いの?」
「うーん、俺は1度しか見たことがないけど…」
「怖いの?」
「弟さんには厳しいみたいだね」
「白元弟がいるの!?」
きょうがくのじじつだ。白元はよく“九太みたいな弟欲しいアル“と言っているので僕はてっきり白元は一人っ子なのかと思っていた。
「弟って白元に似てるの?」
「すごく似てるけど…少し変わった趣味を」

「お喋りはそこまでアル。九太、宿題はオワタカ?」
「やばいまだだった!」

その後のことを僕は知らない。けどあのとき、ピンと張り詰めた空気で、白元を怒らせたくないと思った。



―その後―

「アレはもう弟じゃないアルよ」
「文字通りね。女の子になっちゃったもんね」
「九太にはまだ早いアル」
白元は一つうなずいてため息をついた。
「九太はミツハシとワタシの大切な息子ネ。父親のワタシがキチンと情操教育するヨ」
「俺産んだ覚えないけど」
「ツンデレカ?」
「白元にデレたら貞操いくつあってもたりないよ」
タバコに火をつけた白元に灰皿を手渡すとミツハシは白元の脊にもたれかかった。
「いつまで中国人のふりしてるつもり」
白元が吐いた煙からは不思議な匂いがする。ミツハシは心地よさに目を閉じた。
「俺昔の白元のが好きだな」
「国籍は中国ヨ。産まれて半年しか居なかたケドネ」
目を開けたミツハシは白元の口元からタバコをかすめ取った。少しだけ吸うと顔をしかめる。白元は後ろから抱き込むようにミツハシの背を包むと、右手でミツハシの唇をに一瞬なぞり、タバコを奪い返した。
「そんなエセ中国語、今どきだれも使ってないよ」
「知ってるアル」
「店員、本気で増やさないといくらなんでも足りないよ。白元も少し自重してよ。そのうち刺されるよ?」
「見てタカ?」
「においで分かるよ…」
「違うヨ…九太、出てくるネ」


「あの…なんか白元とミツハシの声したから…」
硬直したままのミツハシとため息をついた白元の顔色を交互に伺いながら九太は手をもたつかせた。
「部屋に戻りなさい」
「でも…」
「部屋に戻って宿題をすませなさい。夕飯になっても終わっていなかったら夕飯は抜きだ、いいな?」

「は、はい!」


九太はピシッと気をつけをして二人に背を向け部屋で走り帰った。
「まったく…うちの子は…」
首に手をあてミツハシをつつくと、彼はまだ硬直していた。
「こっちのお姫さまも重傷だな」

そう呟いて白元はミツハシを横抱きにすると、一番奥の部屋に消えたのだった。



―その後のその後―

「白元、こんど妹に会わせてね!」
「妹?」
「最初は弟だったけど、女の子になったんでしょ?」
「………」


白元を黙らせられるのは九太だけであることを、誰も知らない。

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