夢と現の狭間

□それはね、恋だよ
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それから、ムゲンの態度は実に潔いものだった。
あれほどに付きまとい愛を囁いていた男は、一切そういうことをしなくなった。かといってわしを避けるわけでもない。
まるで、七ヶ月前にタイムスリップしたみたいな、何も変わらない態度。
それにより、わしがついにムゲンを突き放したことはほぼ瞬時に海軍本部中に知れ渡った。

一ヶ月、二ヶ月とたち、ムゲンの態度にもわしは大分なれてきた。それまでの奇行など無かったみたいに、海軍でも噂するものもいなくなり、全てが無かったことになった。

それでいいのだ。
これぞ、正しきあるべき姿じゃ。

「あ、サカズキ」
「何じゃ、ムゲンか」
「おう。煙草もってねぇ?」
「わしが持ってるわけないじゃろう」
「だよなァ。…一抹の期待って奴だよ。仕方ねぇ、買いに行くか…」

向こうから歩いてきて、わしに気づいて、軽い会話をする。煙草を切らしたのだと舌打ちし、ため息をついてムゲンは立ち去った。
その赤い残影を見送りながら、わしもまた歩みを再開させる。
そういえば、さっきの会話は四日ぶりの会話だ。どちらかが意図的に来ない限り、忙しい大将がそう毎日顔を合わせるわけじゃない。ああやはり、あのときはムゲンがわしに会いに来てたのだと実感した。
そんなとを考えながら、センゴク元帥の扉をノックする。呼ばれておったのだ。

「わしです」
「おお、来たか、入ってくれ」

元帥の和風の執務室に足を踏み入れる。わしの執務室も畳じゃが、ワノ国では確か畳に土足は厳禁とか言いよったのォ。

「用件から言うが、赤犬、お前に縁談だ」
「―――はい?」
「相手はとある島国の将軍家の娘さんだ。これが写真」
「ちょっと待ってください、ムゲンの一件があるからわしに縁談などこんはずです」

もう終わったとはいえ、わしが父親なら男に追っかけられていた男のもとなんぞに嫁がせはしない。
しかも壮年で正義の鬼、自覚しちょるが行き過ぎた行為もわしはやる。
そんなわしが結婚したところで、相手の女を大事にする気には到底なれんと分かりきっとるはず。
そう主張すれば、センゴク元帥は困ったように笑った。

「それが赤犬。この縁談を薦めたのは他ならぬ黒彪なのだ」
「何、ですと?」
「彼の推薦もあって、向こうの家もやる気になってな」

わしは一瞬信じられんかった。
ムゲンが、わしに縁談を?


―――あれだけ、愛を捧げてきた男が?


「返事はまだしなくていい。考えておいてくれ」
「――」


わしは見合い写真を見もせず、退出の挨拶をして部屋を出た。
どういうことじゃ。何故ムゲンが薦める。
さっきも、そんな素振りは微塵もなかった。わしに縁談を薦めたなら、わしが元帥に呼ばれとることも内容も知っとるはずなのに。

わしは怒りに任せ、ムゲンの部屋に向かった。
執務室の向こうで、ムゲンの気配も確認してドアノブに手をかける。

――どういうことじゃァア!


そう言おうとして、わしははた、と気づいた。
どういうこと、なのは、わしじゃ。
何故、わしは怒っている。ここは、ムゲンは完全にわしを吹っ切ったのだと喜ぶところじゃ。
この怒りは、可笑しい。


――わしは、どうしてしまった…?

「っ!」

まさかまさかまさか、いやいやいや。
無い無い無い無い無い。

絶ッ対ない!!!


踵を返して早足でその場を立ち去る。
背後で「うわっドアノブが溶けてるーー!」と聞こえたが気にせん。

この胸をつく衝動、怒りにも似た慟哭を吐き出すためには。
わしは海軍の外の演習場に出た。
ここは大将たちが技の開発をしたり練習をしたりするための特別な演習場じゃ。大将用じゃから少々の爆発じゃビクともせん。

マグマの爆発は、怒りの爆発のようじゃと誰かが昔言っていた。それに近いことも若いときならばありゃァしたがこの年になって、まさか、怒りに任せての、噴火を起こすなんぞ、実に大将らしくなくわしらしくなく、しかしこうやって考えている間にも自制できんくらいに右手はボコボコとマグマを溜め込み、わしは何も考えず、ただ胸の中に巣食う怒り任せに、拳を突き出した。



「大噴火!!!!」







ドォオオオオオオオオンッ!!!




「ぎゃぁああマグマだァアア!」
「避けろぉお!」
「うわぁあ演習場が溶け落ちてるゥウウ!」
「焼け焦げてるーー!」


――しまった。
怒り任せの大噴火に、演習場が耐え切れんかった…。
あがる黒煙と、海兵の悲鳴と、凄まじい轟音に次々に海兵が集まり、将校も集まり…顔を出したクザンとボルサリーノはため息をついた。

ため息をつきたいのはわしのほうじゃァ。

「――あのさ、サカズキ。この演習場って、おれが少々アイスエイジぶちかましたって外に冷気を逃がさない場所なんだよね」
「わっしがちょっと技の練習に使っても、オ〜〜〜、大丈夫だねェ〜」
「それが全壊ってどういうことだよバカ!なんで穴開けてんだよバカ!どんだけのマグマぶつけたんだよバカ!溶岩固まってねェじゃねぇかバカ!!」

クザンは氷で溶岩を覆いながら怒鳴った。
そうじゃ、クザンがおらんかったら溶岩が流れ出して大変だったのォ、と暢気に考える。

「どうしたのォ〜〜〜らしくないよォ〜」
「なんでもない。演習場の強度の問題じゃァ」

元々大将が思いっきり練習できる場所として造られたはずの演習場。それがわしの技に耐え切れんかったということは製造部の責任じゃ。
それについての異論はないのか、ボルサリーノはそれ以上言わなかった。

「うわー…なんだコレ」
「ムゲン、風で熱気飛ばしてくれない?」
「ああーいいけど」

――ムゲン?
わしは振り返った。そこには、確かにムゲンがおった。
さっきの怒りも消化できんまま、わしはムゲンと対峙する気にはなれんかった。
今最も見たくない顔だ。

「あ、サカズキ、これどういう…」
「後処理してくるけェ、ここは任せた」
「サカズキ?」

わしはムゲンを無視した。
妙にいらだって仕方ない。らしくない自覚はあるが、かといって態度を改めることも出来んかった。

深くキャップを被り、演習場を後にする。

海兵が一斉に道をあけた辺り、わしは相当に殺気だっていたのじゃろう。体内にうずまくマグマの如く、わしを激情が揺り動かしていた。








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