夢と現の狭間

□それはね、恋だよ
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そうじゃった。センゴクさんに縁談を持ち込まれたんじゃった。そのときはわしに弱みが出来たら海賊に隙を与えかねん、と辞退したのだが…それが、何か関係あったんじゃろうか。

「あれで焦ったんだよムゲン。このままじゃ、お前がどっかの娘さんと結婚しちまうってね」
「そうそう。それでサカズキにド派手な告白やらしたんだよねェ〜〜」
「男に追い掛け回されてる男と結婚したいって家も女もいないだろうからなァ」

――なんじゃって?
そういう目的で、ムゲンはわしに公衆の面前であんな告白をしたんか?
思い出すだけでげんなりするほど、恥ずかしい告白を。

「しかしまさかあんなことするなんて思って無かったけどな」
「准将以上が集まった会議でいきなり告白だもんねェ〜」
「『俺はお前に惚れてるんだ、愛してるんだァア!』だもんな」
「じゃあかしいわ!思い出させるんじゃない!」

クザンとボルサリーノの懐かしそうな声にわしは怒鳴り返した。あれは忘れたい記憶じゃが忘れようがない。
そりゃあわしだって告白を受けた経験はそれなりにあるが、あんな告白は初めてじゃッた。情けなくも軽くトラウマになっちょる。
クールなイメージの強いムゲンがいきなりの大声での大告白。一瞬静まり返った後、ガープさんの笑い声がわしの脳を覚醒させた。そのときは冗談で済ませられた。じゃが冗談にしようとしたわしの手を掴み(しかも物凄く尋常じゃないほど重い覇気を込めて)、ムゲンはさらに怒鳴ったのだ。『俺がサカズキを愛してるってここにいる全員が証人だからな!俺は諦めねェ!毎日毎日お前に告白するからなッ。俺がお前を愛してるって誰も忘れねェように!』

齢45。もしあれが十年以上の想いの爆発だったとしたら。中年男の爆発は怖いもんじゃァ。

「あれ最高じゃない。俺忘れねェよ?」
「わっしも忘れられそうにないねェ〜〜片思いは知ってたからついにやったと思ったよォ〜」

ボルサリーノがからかいを含んだ目で笑う。
クザンはカップを飲み干し、真剣な目つきになった。

「まぁそんなわけでねサカズキ。お前もそろそろ腹くくったほうがいいんじゃないの?」
「腹ァくくるじゃと?」

七ヶ月前の出来事を思い返し一人憤死しかけていたわしを見ながらクザンが頷いた。手に持った湯飲みを傾け、わしは睨む。

「どういうことじゃァ」
「ムゲンを受け入れる気がないなら、本気で突き放せってこと」
「わしはいつも本気で拒絶しとる」
「嘘言ってんじゃないよォ〜〜〜君が本気で拒絶してるならムゲンはもうとっくに諦めてるよォ〜〜」
「このままズルズルいったってお前達がどっちも傷つくだけだ。ここいらでどっちか決めたほうがいいんじゃないの」

いつにない真面目なクザンとボルサリーノに気圧される。
本気で拒絶?
わしはしてなかったとでも言うのじゃろうか。

「本気でイヤなら、手紙なんて読まずに捨てるでしょ」
「ムゲンを完全に避けるよねェ〜」

もらった手紙は読まないと礼儀に反する。
避けるなんて負けた気がする。
そう思っちょった。それは、間違いじゃったのだろうか。
わしは湯飲みに手を伸ばした。焼酎を注ぎ足し、眉をしかめる。

「お前がどっちを選んでも仕方ないと思うよ」
「ムゲンをふってもわっしらも、そしてムゲン自身も、サカズキを責めるつもりはないよォ〜」
「――なんでこうなったんじゃァ」
「サカズキ?」

なんで、二択しか選択肢のないとこまで、追い込むんじゃァ。
わしはただ、同僚としてムゲンを信頼しちょったしクザンらと同じでかけがえの無い存在じゃと思っとる。
わしはそのままで良かった。むしろそのままが良かったんじゃ。
ムゲンがわしにどれだけ恋慕しとったかは知らん。分からん。じゃが、ここでわしがムゲンをふってもふらなくとも、これまでのままじゃいられん。

「わしはムゲンもお前らもかけがえのない仲間じゃと思うちょる」
「…」
「わしがどう動いても、もう、前には戻れん」
「そうだねェ〜」
「なんでこうなったんじゃァ…」

わしはため息をついた。
ムゲンの想いは理解しとる。じゃがそれに応えられるかと聞かれれば答えは否じゃ。
男同士、それにお互い大将。責任と自覚を持ち高潔にならねばならん地位のふたりが恋愛ごとに現を抜かしているヒマはない。

「じゃー…綺麗さっぱり、ふらねぇと」
「・・・」
「このままズルズル何年もやっていくつもりかァ〜い?それは出来ねェ相談だよォ」
「そう、じゃな」

きっぱり、さっぱり。
フって、それで終わりじゃ。
これまでも何回も拒絶してきたんじゃ。それをもう一度、真剣にやるだけじゃ。
ムゲンも男で、大人。そのせいで仕事に差し支えるような真似はせんだろう。
わしは頷いた。クザンもボルサリーノも苦笑した。

「こりゃムゲンを慰める飲み会開く準備しとくか」
「そうだねェ〜〜ふられたらすぐに広まるだろうからねェ〜」
「荒れるかもなァ。あ、お前は不参加な」
「サカズキ出てきたら傷口に塩だよォ〜」

もう、慰める飲み会の算段など始めおって…。
なんとなくやるせない気持ちでわしは酒を飲み干した。
クザンとボルサリーノはフラれたムゲンを想像しているのか、苦笑を貼り付けたままだ。
黙ってスルメを食べていたわしに、クザンが思い出したように言った。

「あ、そうだ、お前、フるのはいいけど一度くらい返事出してやれば?」
「返事?手紙のか?」
「そう。ラブレターでしょ?一度くらい、返事してやっても罰は当たんないでしょ」

返事、か。
一度も出していない。
あれだけ手紙をもらっておいてそれはいかがなものか。わしも流石に思った。

「じゃが…フるのに返事したら逆に…」
「あ、そっか」

「じゃー今のナシ」と非常に軽い対応でクザンは手を振った。
手紙。それは、明後日も届くじゃろうか。
今度は、何と寄越してくるだろう。明日は、帰ってくるのじゃろうか。

「飲みなおそうか」
「そうだねェ〜そういえばねェ〜おつるさんがねー」
「え?何々?」
「ドフラミンゴを洗ってたよォ〜」
「ちょっとは更生した?」
「しばらくは部屋の隅でブツブツ言ってたよォ〜」
「見たかったかも」
「おつるさんにお前も洗ってもらえクザン。干されとるお前をわしらが乾かしてやるけェ」
「え?それ俺に死ねって言ってる?乾くどころか俺水蒸気になるよね、氷溶かす気満々だろ」

わしは低く笑った。
おつるさんに洗われて干されているクザンを想像して笑いが止まらないのだ。その煩悩をすべて吹き払ってもらえとさえ思った。


その後数時間して酒盛りはお開き、片付けて雑魚寝した。
クザンを真ん中に三人、寄って寝ていたことに一番早く起きたわしは仰天したが、秘密にすることにした。
久しぶりに熟睡できたなど、死んでも言うものか。




2日後

いつもの書類に、載せられた見慣れた封筒。
かさり、と開き、中身を取りだす。

相変わらず一行だけだった。

【煙草が切れた。お陰でサカズキ不足。愛したっていいじゃないか】

くすっと笑みがこぼれた。無意識じゃッた。口角が上がっている気がして触れてみれば案の定。
だいたい、何に抗議しとるんじゃコイツは。わしにか?
煙草が切れたらニコチン不足でわしじゃない。

「これだけに、数十枚か…」

仕事もせずに、何やっとるんじゃァ。
バカタレが。十年以上も男なんぞに懸想しおって。

本当に、バカタレじゃァ。

わしは書類の端っこに走り書きし、ムゲンの元へ送った。
ムゲンは書類処理はちゃんとする男だ。きちんと彼へ届くだろう。

――今夜、十二時にわしはお前をきっぱりとフる。フられる覚悟があるならわしの部屋に来い。


これでええ。
そう心底おもっとるはずなのに、わしは笑うことが出来なかった。
心が鎖で縛り付けられたようじゃった。





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