夢と現の狭間

□それはね、恋だよ
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ちゃんと九時には仕事を終わらせ私服に着替え、酒盛りの準備も済ませてわしは部屋にいた。
大将ともなると、マリンフォードの飲み屋でも部下やまわりに遠慮されることが多く、自然と大将同士の飲み会は宅飲みが増えた。たいてい誰かの部屋が使われる。前回はボルサリーノの部屋だった。
そのせいかわしの部屋だけでなく他の奴らの部屋もコップだけはやたら増えてしまった。それも、何故か全員お気に入りをそれぞれ置いている始末だ。
そういうわしも自分の湯飲みをクザンやムゲン、ボルサリーノの部屋に置いている。
酒はないが、クザンが持ってくるじゃろうと用意しなかった。いつも来る側が持ってくる決まりじゃ。

九時を少し過ぎた頃、インターフォンが鳴った。
出てみれば案の定クザンだ。私服だが片手にスーツを持っている。泊まっていく気かのォ。

「入って来い」
「わーい、お邪魔しまーす」
「わっしも来たよォ〜」

ひょっこりと姿を見せたのはボルサリーノ。予定にはなかったものの、もちろんいないよりいるに越した事はない。三人集まって飲むなど数ヶ月ぶりだ。わしは食器棚からボルサリーノのカップを出した。ふとシンプルな硝子のカップが目につく。
この場にいない、彼のもの。ぽつん、とひとつだけ残ったそれに妙な違和感を覚えた。どういうことだろう。しかし深くは考えないことにした。

「ほれ」
「ありがとねェ〜〜〜」
「酒もって来たよ」

焼酎にワインにウィスキー。ビールなどを飲まなくなってもう何年たっただろうか。金銭的余裕と年齢のせいかとしみじみ思った。

「じゃ飲もう」
「かんぱ〜〜〜い」

何に乾杯か分からないまま酒が開けられた。
それぞれ好き好きに酒に手を伸ばし、空けていく。大将ともなれば越えてきた酒宴は星の数、酒豪揃いのこの面子で誰かが潰れたことはいまだかつてない。意外にもクザンはザルじゃった。ほろ酔いはするもののそれ以上は酔わない。

「ボルサリーノはスーツ持ってきちょったんか」
「持ってきたよォ〜〜。掛けてもいいかァ〜い?」
「貸せ、掛けちゃる。ほれ、クザンお前のもじゃ」
「いいの?ありがとさん」

ふたりのスーツを取り上げ、壁にかける。

「今日は雑魚寝じゃァ」
「いいよ」

他愛も無い話をして盛り上がっていたのか笑いながらクザンが答える。
この男も普段は飄々と冷たいのに一度懐に入ればまぁ懐くものだ。屈託の無い笑みなど中将時代に親友をなくして以来形を潜めたがそれでもなかなか、わしらにだけは心許した笑みを向ける。
この年齢、この地位で屈託の無い笑みなど、浮かべられるほうが可笑しいっちゅうもんじゃ。

「そういえばねェ〜〜こないだ新世界でたまたま海賊にぶちあたってねェ〜捕縛したんだけどもォ〜妙な連中だったんだよォ〜〜」
「妙?」
「妙に頑丈でねェ…どうやら何かの薬品使って身体能力上げてるみたいだったよォ」
「薬品ねぇ」

ボルサリーノの報告はちぃっとばかし気にかかった。もしその通りなら、厄介なことになる。海兵の殆どは一般人とそう変わらない身体能力。いくら訓練しても強敵の前にはなす術も無く死んでしまうじゃろう。
兵力を失うのは痛い。

「どれくらい上がってたんじゃ?」
「そうだねェ〜〜。大砲ぶちあたっても立ち上がるくらいだったよォ。とりあえず生き残ってた海賊は全部連行して医局に放り込んだけどねェ」
「あらららら。それじゃあ今頃解析してるだろうね」
「解析結果はわしんとこにも回すよう手配してくれんかのォ」
「そのつもりだったからわっしがもう言付けてるよォ〜〜〜」

その後も最近の任務の話し、センゴク元帥とガープさんの喧嘩に巻き込まれた話、おつるさんに叱られた話などが続いた。
しかし今一番旬な話題といったらやっぱりわしとムゲンの攻防劇らしく、段々話はそっちへ流れていった。

「最近手紙始めたらしいじゃないムゲン」
「どんな内容なんだァ〜〜い?」
「下らんもんじゃ」
「えー見せて見せて」
「わっしも見たいな〜〜」
「残っちょらん。燃やしちょる」
「えっ、ちょ、それはダメでしょサカズキ!!」
「わっしもそれはどうかと思うよォ〜〜」

二人からの思わぬ反応にわしはたじろいだ。
要らんものを燃やして何が悪いんじゃ?
クザンなど明らかに非難の視線を送ってくる。

「何故じゃ」
「だって、ムゲン、一枚書くのに数十枚ダメにしてるらしいじゃない」
「補佐が言ってたねェ〜。ゴミ箱が満杯らしいよォ〜」

わしは耳を疑った。
あのくだらない、むしろ意味不明な一文を、それだけ犠牲にして寄越してきとるっちゅうのか?

「返事あげてないんだ」
「やるわけないじゃろ」
「わっし、流石にムゲンに同情するよォ…」

何じゃ、このわしが悪者みたいな空気は。
大体、全部ムゲンが勝手にしとることじゃろ。手紙攻撃が始まってからも顔を合わせれば相変わらずベタベタと抱きついてきて甘えてくるが、返事の催促などされたことがない。

――ん?そういえば…そうじゃった。
手紙について、触れられたことがない。

「ねェサカズキ〜。ムゲンのどこがダメなんだァ〜い?」
「どこがって…」
「顔いいし性格も悪くないでしょ。海軍と正義への姿勢は見ての通りだし」
「まぁ年はいってるけどねェ〜。それはわっしらも同じだし」
「能力も申し分なし。なによりあれだけサカズキが好きなんだよ?どこだダメなわけ?」
「男じゃろうが!」
「男同士なんて珍しくないじゃない。海軍なんて男社会だし数少ない女性は大概手が出せないか誰かと付き合ってるかだし」

矢継ぎ早に言われてわしは押し黙った。
そう言われれば確かに、ムゲンは容姿端麗、仕事もできて強く、己の正義を確立していてわしだってこういう風になるまでは絶大な信頼を寄せる同僚のひとりじゃった。いやこんな妙なことになっても信頼は変わらん。仕事に支障をきたすことはせんからだ。
じゃが。じゃが!

「わしは男に興味ないんじゃ」
「まぁ・・じゃなかったら七ヶ月も防戦できないか…」
「わっしだったらとっとと貰ってるけどねェ〜〜」

ニコニコしながら何爆弾発言してるんじゃボルサリーノ!

「え、ってことはお前、男抱いたことねェの!?」
「お前はあるんか!?」
「わっしもあるよォ〜〜ちなみに両方ねェ〜〜」

あるほうが吃驚じゃァアア!というかボルサリーノもう貴様黙っとれぇえ!

「長い海軍生活、そういうことも当然あるでしょーよ」
「ない」
「サカズキ若い頃上官命令とかされなかったのォ〜?」
「あった気ィはするがのォ。戦闘を経たら辞退された」
「あ。ああ〜〜〜。溶かされそうだもんなァ」
「いい青春送ったねェ〜〜」
「ボルサリーノは何上官命令従ったの?」
「十代だったからねェ…。まぁすぐに階級追い抜いて脳天ぶち抜いたけどねェ〜〜」
「おれは上官命令は従わなかったかなー…」
「あとは中将時代に君に抱かれたくらいだよォクザン」
「おれもあとはスモーカーくらいしか抱いてねェなァ。最近はもっぱらヤられてばっか」

な、なななな、こいつらそういう関係じゃったんか!!?
中将って…あのころか!一時期わしとクザンが疎遠になっちょったがまさかあの頃…!!

クザンはわしの視線に気づいたのか苦笑した。

「悪くねェよ?男も」
「心から尊敬してる、大好きな人になら抱いても抱かれてもいいもんだよォ〜」
「お、おんしらつきあっちょるんか?」
「付き合ってる、とはちょっと違うな。お互いの気が合えば、抱き合う。同僚の延長って感じか」

そうか。
ふたりは普段と変わらん感情のまま、体を重ねちょる。
じゃから気づかなかったのだ。ふたりが、何も変わりゃせんから。

ボルサリーノがにこにこ笑いながら口を開いた。

「サカズキは気づいてなかったけどねェ〜〜ムゲン、もうずっと前からサカズキが好きだったんだよォ〜」
「何じゃと?」
「いきなり惚れたんじゃなくて、もう十年以上、片思いしてんの。ムゲンはお前に」

物思いに耽っていたわしは目を剥いた。
十年以上ムゲンがわしに片思い??そんなはずはないじゃろう。だって態度が変わったのはここ七ヶ月くらいのもので、その前はちっとも変わっておらんかった。

「七ヶ月前、何があったか覚えてないかァ〜?」
「七ヶ月前…何かあったかのォ」
「縁談来てたでしょーよ」

クザンに言われ、わしは思い出した。




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