夢と現の狭間

□それはね、恋だよ
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それはね、恋だよ






「――海竜、じゃと?」

センゴク元帥の執務室にて、彼から飛び出した言葉にわしは眉をしかめた。

「海王類の一種らしいが、とにかく大きく凶暴らしい。見たこともないほど巨大なそれはおそらく狩れぬだろう」
「そうですねェ。陸ならまだしも海の生き物じゃわっしらは太刀打ちできませんねェ〜」

センゴク元帥の話しに相槌を打ったのは黄猿ことボルサリーノ。珍しく起きていてめんどくさそうに欠伸をしておるバカタレは青雉ことクザン。
この二人の同僚と、わしと、そしてここにはいない男を入れて四人は海軍の最高戦力と謳われる大将じゃァ。
ここにはいない男は、今日任務から帰還する手はずになっておる。考えただけでも気が重くなった。

そんなわしに気づいたのか、クザンがにやけた笑みを浮かべた。

「今日帰ってくるね〜ムゲン」
「オーッ、そうだったねェ〜。良かったねェサカズキィ」
「良くないわ!あやつのことなど口にするな、噂をすればなんとやらと言うじゃろが!」

ふざけたことを抜かすクザンとボルサリーノを睨むが時既に遅しじゃった。
ビュウッと風が吹きぬけて、嫌な予感は即座に確信に変わる。

「ただいまぁ〜サカズキぃい」
「離さんか!!」
「おかえり〜ムゲン〜」
「早かったねェ〜」

甘ったるい声と同時に体に回された腕と押し付けられた体。
飛び掛らんばかりに噂の主人公、ムゲンがわしに抱きついたのだ。
身長もそう変わらない男に抱き着かれても嬉しくなんぞ無い。この男は、とにかくいかれている。
なぜならば――


「愛してるよ〜サカズキ、大好き、寂しかった〜!」
「じゃあかしい!!気色悪いこと言うなと何度言ったら分かるんじゃァ!」

こうやって時も場所も構わず、本人曰く愛を告げてくるからだ。
海軍の鬼とも恐れられる、わしに。

「いつも思うけど大胆だよねェ〜ムゲンって」

お茶を啜りながらボルサリーノがのんびりと言う。そう思うなら助けんかバカタレ。

「俺もたまには言われたいな〜」

ナンパばかりしとるからじゃアホ。
助けもせず見るだけの同僚への期待はとうに捨てた。とてつもなく重い覇気をこういうときばかり惜しみなく使うムゲンの腕は振り払えない。
ムゲンはわしの肩に顔を埋めた。ふっと香るシガレットの匂い。それに混ざった、わずかな香水に顔をしかめた。

「くさい」
「ヒドッ!!煙草はやめられねェよ?俺の命だからね!?あ、でもいとしのサカズキがどーしてもやめてくれ、わしのために、なんか言ってくれたらやめるけどっ、イッテェエ!」

ドスッといい音がしてムゲンが離れた。
わき腹をおさえてよろよろと後ずさる。

「入ったねェ〜肘鉄〜」
「ありゃ痛い」

覇気を込めて風を殴った気分は爽快じゃった。
ムゲンは「いてて」と抜かしながらもわしに笑いかけた。

「そんなサカズキも素敵だ」
「寝言は寝て言わんかいバカタレェッ!」

ドゴンッ!
今度は頭に拳骨を食らわせ、センゴク元帥に退出許可をもらって鼻息も荒く部屋を後にした。
愛しているとかなんだとか、酔狂や冗談で言う男ではないと知っている。
だからこそ、真面目に取り合ってはならん。
男同士の関係に興味も無ければ、ムゲンをそういう対象に見れるとも思えん限り、こうやって断り続けねばならん。
そんな不毛な関係に、ムゲンがさっさと諦めてくれることだけを祈った。



その翌日。

「サーカーズーキー!今日も渋いぜカッコいい、好きだー!」
「やめんかァ!」

ドゴッ!
今日は廊下ですれ違ってしまった。案の定飛びついてきたムゲンを床に沈め、わしは踵を返した。
だいたいこのやりとりが海軍で名物となってしまっているのはどうだろうか。
ムゲンを応援する声やわしを応援する声も上がってしまっておる。こんな乱れた風紀は断じて許しおけんが、中心人物のわしが粛清することはほぼ不可能。
センゴク元帥まで乗っているというのだから、どうしようもない。
それもこれも、このいかれた男のせいじゃ!
わしは苛立ちも込めて床に倒れたムゲンの背中を踏みつけた。

「ぐぇええっ、何、そういう趣味?俺サカズキになら縛られたってイケるぜ?」
「黙らんか変態」


そのまた翌日

「サッカッズッキッ!はー、好きだー」
「しみじみ言うなァ!」
「好きだァアア!」
「叫ぶなァっ!」
「好きです」
「真面目に言うなァア」

「ちょっとちょっとォまじめにしてよォ〜」

ボルサリーノが呆れたように言う。
そうじゃった。今は大将の会議中じゃった。わしとしたことが流されちょった。

「すまんのォ、続けてくれ」
「はいはい、じゃ議題は…」
「俺がどれだけサカズキを愛してるか、だ!」
「違うわァア!もう眠っとれバカタレェエエ!」

バコーンッ!

「い、いたい」
「フーッフーッ!」
「ねェ…お楽しみ中悪いんだけど〜…まじめにしろっつってんでしょうがァ〜…?」

「ご、ごめんなさい」
「す、すまん」

にこやかに笑っていながらまったく笑っていない目と声で言うボルサリーノには恐怖を覚える。
何でわしがこんな目に遭うんじゃぁああ。



そのまたまた翌日

プルルルル
プルルル

何じゃァ?電伝虫を取り上げ出たわしに、あやつの声が飛び込んできた。

「サカズキ、今大丈夫?」
「…なんじゃァ、いつものなら切るぞ」
「はは、違うんだよそれが。サカズキ、今日出航しただろ?航路上に海賊団が行くかもしれねェ。俺たちが見張ってた海賊なんだが、見つけたら当然討伐するだろ?だがその海賊はちょっと特殊でな」

いつもみたいな甘えた声ではなく大将らしい威厳と覇気のある声。
的確に要点だけを伝えてくる有能さ。わしは話を聞きながら考え込んでいた。
ムゲンは、非常に優秀な男じゃ。戦闘力も、デスクワーク能力も申し分ない。ちぃっとばかし戦い方が過激じゃが、それは大将全員に言えることじゃった。
それが、わしに求愛するときはあんなにあほらしい男になる。

「って、わけだ。分かった?」
「ああ。しかと」
「良かった。じゃ、頑張ってくれよ」
「うむ」
「あいしてるよ」
「バカタレ」

ガチャンッ。
バカタレ。
そういうことは、若い娘にでも言わんかい。






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