PandoraHearts

□迷い猫
1ページ/1ページ






 にゃあ。白いしろい毛並みの猫が、低く長く鳴いた。対峙するわたしを睨めつけて、赤いあかい目をした猫は警戒するように鳴くのだ。動物に好かれなくなったのは、いったいいつからであっただろうか。無造作に一歩足を踏み出せば、猫はふうっと唸り前足をぴんと伸ばす。暗い路地裏の中で白い毛を逆立てるそのさまに、ああわたしは今ひとりぼっちなのだと痛感した。背中がすうっと冷たくなる。猫の赤い目には、孤独が映り込んでいた。

 にゃあ。猫に向かって、わたしは鳴いた。だがそれで、猫の態度が変わるはずもない。ああ、そんなことを求めているわけではないのだ。にゃあ、にゃあ。路地裏の薄闇に、声が吸い込まれていく。猫もまた、鳴いた。身を切る冷たい風が、猫とわたしに吹きつけていた。

 にゃあ。猫とわたしの声がこだまする。気づいてくれと、早くみつけてくれろと路地裏の隙間を縫っていく。こごえたように震える身体を自分で抱きしめて、わたしはその場にしゃがみこんだ。空からはすでに、夜のとばりが降りてきている。さむい、さむい。猫も震えている。にゃあ、鳴く声は弱々しくなっていた。

 にゃあ。唐突に別の声が加わった。振り返ろうとして、背中から抱き込まれる。ふわり漂ういとしい匂いと、耳許に降ってくるやっと見つけたぞ、のささやき。くるりと身体を包むあたたかさに、唇から漏れたのはやはり、にゃあ、という鳴き声だった。

 猫は消えていた。

迷い猫

BGM:迷い猫

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ