PandoraHearts

□夢うつつ
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 目覚めているのか、いないのか。手を動かしても自分のものでないような、瞼を動かそうとしても気を抜けば自分の支配下から逸脱していってしまいそうな、そう、言うなれば、まどろみといったものか。そんな不明瞭な意識の中、部屋の常闇に向かってぼんやりと視線を投げていると、腕の中で彼が身じろいだ気がした。

 ザークシーズ。

 起きているのかと呼んだ名前が、暗がりに吸い込まれる。だが彼はそれを聞き取ったようで、こちらに背を向けたまま、ああ、と小さく息をついた。

 起こしてしまいましたか。

 いいや、と答えようとして、不意に強い睡魔が波のように襲ってきた。眉間に皺を寄せ、それを振り払おうと息をつめる。その気配を感じ取ったのか、彼がくつくつと笑った。

 いいですよ、まだ寝ていても。

 あやすような柔らかい口調に、眠気が増していく。一方、頭の半分で起きている自分は、その言葉の裏に気づいていた。

 どこか、いくのか。

 うまく舌が回らない。それでも懸命に声を絞り出すと、彼は一瞬、答えをためらうような気色を見せた。

 ええ、まあ。

 これ以上は訊いてくれるなと言うように言葉を濁す。そんなことをせずとも、普段からしつこく訊くような真似はあまりしていないつもりなんだが、などと場違いなことを考えながら、顔を傾けて彼のうなじに鼻をすりよせた。かすかに鼻をつく汗のにおいに混じって、彼の香りがふわりと漂う。

 ザークシーズ。

 急にいとしさがこみあげてきた。よくわからない感情が胸の底を締めつけて、しかしそんな明確な苦しみをも睡魔が曖昧にさせていく。ぐるぐると駆け巡る想いが明瞭と不明瞭を往来して、その間に形すら成し得なくなったそれは、最も単純な言葉として溢れ出た。

 どこへも、いってくれるな。

 彼がどんな反応をしたかなどわからなかった。そっと自分の名を呼ばれた、そう思ったときには、朝であったのだ。いつ寝てしまったのか、それともすべてが夢だったのか、それすらわからない。

 ただはっきりしているのは、腕の中に彼の姿はなかったということだけだった。


夢うつつ

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