ケロロ軍曹

□見つめる目
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「ぼくはひとをころしすぎた」
 そう呟く男の目は澄んでいた。澄んだうつくしい空の色をしていた。
「ころしすぎたんだ、なんにんも、なんにんも、ころしすぎてしまったんだ」
 そう呟く男にああ、と声を上げた彼はその黒い目をつと空に上げた。男のそれとおなじ色をしたそれに向かって手を伸ばす。男を掴み取るように。
「でもぼくはそのひとたちのことがわからないんだ、わからないんだ、おぼえていないんだ。ただそのひとたちがさいごにぼくを見つめた目だけはおもいだせるんだ、だけれど、その目を数えようとするとどこかへ消えてしまうんだ」
 そう呟く男に、へえと声を漏らした彼はゆっくりと手を閉じて男の空を掴み取った。なにもない緑の手の中で、男は彼を振り返る。
「だからぼくはきっと、ひとをころしすぎてしまったんだ。だって、だってわからないんだもの、おもいだせないんだもの」
 そう呟く男に、今度こそ彼は相槌を打たなかった。男を掴んだ彼はただちいさく、違うだろうと囁く。彼に掴まれた男はその無駄な肉のない肩をひくりと震わせた。彼に掴まれた、そのことを今更になって気づいたのだ。
「なにが違うっていうの」
 そう呟くように彼に訊いた男の声は掠れていた。視線をどことさ迷わせることなく、彼はすこしだけ閉じた手に力を込めた。数の問題じゃあないだろ。そう言って掴んだ男を徐々に握り潰していく。
「それは、そうだけれど」
 そう呟く男は怯えを伴った目を彼の手に向けた。しかしその手は容赦なく握られていく。どれだけころしたかなんて数の問題じゃない、おまえは、おまえはさ、ひとをころしたというその瞬間から、なにもわからなくなってたんだ。だって、おまえには理由がないじゃないか、ひとをころすことに意味を持ち得ないじゃあないか。軍人だからという言い訳以外に、おまえはひとをころすことに目的を持っていないはずだろう。
「そんなことないよ、ぼくは、ケロン軍の、ううん、ケロン星の、ために…」
 そう呟く男は、視界に恐ろしいほど底の見えない黒を見つけて言葉を失った。それはここでやっと彼が男に向けた目であった。それに憐れみの色を浮かべた彼はぐっと手を握り締めて男を押し潰した。だったら、だったらどうしてわからないんだ! 理由が、意味が、目的があるのならわかるはずだ、かれらをおぼえているはずだ! なぜそのひとたちが、おまえにころされなければならなかったのか、ひとりも余すことなくわけを言えるはずじゃないか! それをおぼえていないのは、言えないのは、わからないのは、おまえの掲げるひとをころすわけがただの言い訳でしかない証拠だろう! ほんとうにケロン星のためだったならば、おまえは迷うことなく言えたはずだ、かれらはケロン星のために命を落とした、そして自分はケロン星のためにかれらを斬ったのだ、と! それが言えないのはどうして? かれらをおぼえていないのは、なんでだと思う? とうとう男は泣き出した。嗚咽を噛み殺しもしないでむせび泣き、ああ、ああと悲鳴を上げて地を掻き毟る。
「だけれど、ああ、ほんとうに、ほんとうにわからないんだ! わからない、おぼえていない、おもいだせない、でもあのひとたちの目が、かれらの目がいつもぼくを取り囲んでいるんだ、ずっと、ずっとぼくを見つめているんだ! ぼくはあの目がこわい、こわいんだ、けれど、でも、それでも、いとしくて、いとおしくてしかたがないんだ、ねえ、ねえ、どうして、こんなにくるしいの! どうして、どうして!」
 そんな呟きとは程遠い男の叫びに彼は答えなかった。空から目を落とし、そっと手を開いていく。男はもうなにも言わなかった。ただただ泣き濡れて、その空色の目を曇らせているだけであった。彼は地に目を這わせながら、ああ、ああと呻いた。
 なあ、なあ、やっぱり、やっぱりおまえは、軍人になんか、なるべきじゃあなかったんだよ。

見つめる目
(でもほんとうは、理由なんか、あってはならないんだ、)
(ひとをころすわけなんか、あっては、)
(だって、だってだれも、ころしたくないじゃないか、)
(みんなで、わらいたいじゃ、)

(でもそれは、ただのエゴイズム)

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