ガンダム00

□その弱さゆえに
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(この世界が憎いのじゃあないさ、ああけして憎いわけではないんだ。ただおれはこの世界が嫌いなんだ、嫌いで、嫌い、で、肯定などできない、認められやしないのさ。世界を否定して残るのはおれというただひとつの個体だけだけれども、そうであったとしても、おれは認めたくないんだ。)
 しあわせだと言うその喉元にだれかがそっと手を添えているような、この世界ではそんなえもいわれぬ恐怖を誰もが感じている、そうひとり残らずだ。しかしそれでいてその指先に一体いつ力がこもるのかは誰にも分からないのだ、どうしたって知りようがないのだ。だからひとはそれに気づかないふりをして日常を送っている。いままさに世界の裏側で蹂躙されたひとびとが苦しみや嘆きの声を上げていたとしても、ひとはそれに知らないふりをして毎日を過ごしているのだ。普段の生活を脅かされるのが恐ろしいが為に塞いでしまったその耳には、最早どのような声も届くことはない。
(だがその蹂躙されたひとびとはどうなる? 耳を塞いだところで現実逃避にしかなりやしない、記憶にこびりつき心を八つ裂きにする忌々しい傷痕は、ああけして消えてくれることはないだろう。それをただ嘆き悲しみながら、憐れな被害者としてなにもできずに生きてゆけと言うのか? そのような蹂躙があったことさえ忘れてしまったひとの中で、なにごともなかったかのように過ごせと言うのか?)
 許されはしない、誰も許しはしない罪がこの背中にはのしかかっている。脳裏を掠めた復讐という言葉通りに動いてしまったのだ、そうするしか他に選べなかったのだ、弱いが故にこの選択をしてしまったのだ。後悔などという言葉を吐くことさえままならない、いや吐こうとも思わない。既に世界に抗っているのだ、認められないこの世界を変えようと。
(ああそうさ、大嫌いなんだ。大嫌いなんだ、この世界が、大嫌いで、大嫌い、で、でも、それでも、大好きなんだよ。父さんが、母さんが、エイミーが、みんなが生きたこの世界が大好きなんだ。変わらないで欲しかったんだ、ずっと、あのままで、いて欲しかったんだ、痛みとか、苦しみとか、そんなのとは無縁な世界で、おれは、ずっと、この世界がそんな世界だとおもっていたんだ。)
 なにかを変える時、変えようとする時には、必ず痛みが伴う。それは変えようとするそれ自体、自分たちで言うなれば世界に降りかかる。武力介入という名の戦争はひとにとっては所詮蹂躙でしかなく、痛みや苦しみを広げるだけだ、そうひとは言うのだ、しあわせを奪うだけだと、ひとは、そう嘆くのだ。戦いに善も悪もない、戦場に立つ自分は理解している。紛争という悪を潰していく自分の立場も世界にとっては悪だということも機体に乗る自分はわかっている。自らが憎んだ悪に自ら望んでなったという矛盾も、痛みも、苦しみも、悲しみも。しあわせも、もうひとではない自分は知っているのだ。
(そんな世界をどうして憎める? 一度でもしあわせを知ることができた世界を、どうやって憎めと言うんだ? ああそうだ、一度でも知ってしまったんだ、しあわせを。知ってしまったそのしあわせを、また感じたいんだ、ああ、誰だってそうなるだろう? 誰だって、もう一度、と望むだろう?)
(しあわせが当たり前の世界を望んでなにが悪い? 大嫌いな世界を、大好きな世界に変えることの、戻すことの、なにが? ひとをころすことが悪でないと言っているわけではない、でもおれには、この道しか、この途しかなかったんだ、選べなかったんだ、戦うしか、考えられなかったんだ。)
(ああわかっているさ、ばかだなんて、愚かだなんて、わかってるさ、わかっている、けれども、だけど、それでも!)

その弱さゆえに
(戦わなきゃあ、いけなかったんだ。)

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