ガンダム00

□夏草の揺れる丘
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 争いの痕が幾重にも重なり、緑が失われた荒野。それを一望できる丘の上に、刹那・F・セイエイは佇んでいた。僅かに幼さを残してはいるが、その容貌は確かに成長した精悍な男のものである。簡素な旅装束を纏っている身体は四年前のそれより背が伸びていた。砂の紛れる乾いた風がびゅうと吹き抜け、正面の山間に太陽が沈んでいく。その様を、刹那はじっと見つめていた。空を朱に染めた落日は、眩いばかりの光を放ち続けている。
 その彼の背後には、ガンダムエクシアが立っていた。失った左腕には丁寧に布が掛けられており、それが刹那のエクシアへのこれ以上ないほどの愛着を表している。布を風にはためかせながら、エクシアもまた太陽の方を向いていた。
「変わらなかった」
 ぽつりと刹那が呟いた。どこか寂しげに、誰にともなく呟いた。
「確かに、変わった、だが、変わらなかったんだ」
 四年前、ソレスタルビーイングの武力介入により、世界は団結しひとつになった。“ソレスタルビーイング”という世界の敵を打ち倒すため、ひとつにまとまって戦ったのだ。そしてその戦いが終演し、地球連邦という世界の統一が果たされた。世界が統一される、さすれば争いは起こらなくなる筈だった。その統一が、人々に不満さえ持たせなければ、争いは起こらない。
 しかし、そう、一方的な統一に人々が不満を持たない筈がなかった。反政府組織のカタロンが結成され、連邦保安局アロウズはそういった政府に反対する思想を持つ集団を徹底的に潰していった。世界は表面上“統一”はされたものの、実質的には四年前、それ以前と全く変わっていなかったのだ。
「望んでいない、こんなもの、こんな世界、おれの、おまえの望んだものではなかった、おまえの望んだものはこんなものじゃない、おまえの望んだものは、誰もが、大事なひとが幸せで、笑って、いつも平穏に暮らせる世界だったんだろう?」
 太陽が沈む。少しずつ、光の眩さを増しながら沈んでいく。風が吹いた。刹那の足許で、この場所に生える数少ない草が揺れた。
「この四年、ずっと旅をしてきた、おまえの望んだものが、おまえのすきだったものが、どんなものか、それを見るために」
 彼の強い意志を持った双眸はまっすぐに視線を投げている。地に伸びる影は黒々と闇を濃くしていく。
「どこに行っても争いばかりだった、だが、それでも、穏やかなものも見ることができたんだ、ひとびとの笑う顔も、ほんものかどうかまではわからない、でも見ることができた、知ることができた」
 そこで、刹那の眼差しが少し下に向いた。乾いてひび割れた唇を噛みしめる。エクシアは黙って落日を見つめているまま、動かない。
「なのにそれは、すぐに失われてしまう、いつもいつも、すぐに掻き消えてしまう、無くなってしまう! ああそうだ、世界が変わっていないからだ、おれの望む世界にならなかったからだ、おまえの望んだものになっていないからだ!」
 拳を握り締めながら刹那は叫んだ。強く顔を上げ、再び前を見据える。
「だからもう一度、おれは戦う! 変わったにもかかわらず変わらなかったものを変えるために、おまえがすきだったものを、おまえが望んだ世界をつくるために、おれは、おれたちは、戦う」
 静かにそう言って、彼は口を閉じた。そしてその場に屈み込み、足許に生えていた夏草をそうっと摘み取る。立ち上がりざま、刹那は空を見上げた。
「なあ、おまえは、見ていたか? 聞いていたか? ならばそのまま目を逸らすな、おれたちが世界を変える、それを見ていてくれ、見届けてくれ」
 頼んだぞ、そう唇を動かして、刹那は夏草を握っていた手を開いた。すかさず吹いたあたたかい風がそれをさらっていく。夕陽の名残でまだ赤い空に待っていく夏草に、刹那は目許と頬を緩ませた。それはぎこちない、わかりにくいものだったが、紛れもないまっすぐな笑顔だった。
「おまえが教えてくれた」
 最後に小さく囁いた彼は、もう一度ぎこちなく微笑んで踵を返した。エクシアに向かい、ゆっくりと足を踏み出す。あたたかい風が柔らかく、吹いた。
『そんなに気張るなよ、刹那』
 目を見開いた刹那は思わず振り返った。先ほどのあたたかい風に、頭を撫でられた気がしたのだ。耳許で囁かれた気が、したのだ。
「ロックオン!」
 叫んでみても返事が返ってくる筈がない、しかし刹那は呆然と誰もいない場所を見つめ続けていた。ふ、と視線を地面に落とす。
「あ…」
 飛ばした筈の夏草が、足許に置かれていた。風に飛ばないようにか、ご丁寧にも小さな石の影に。
 見ているから、ずっと、見守っているから、とでも言うように。だから、そんなに気張るなよ、とでも、言うように。
 刹那はしばらく屈み込んだまま黙していた。肩を小さく震わせて、黙っていた。声を詰まらせて、ただ、黙っていた。
 やがて辺りが暗くなった頃、彼はすっくと立ち上がると言った。小さく言った。
「行ってくる」
 震えた声に迷いはなく、濡れた眼にも揺らぎはなかった。夏草を握り締めながら、刹那はエクシアに乗り込む。
「…ありがとう」

 離陸で巻き起こった風とGN粒子の光に、夏草がうつくしく揺れていた。


夏草の揺れる丘
(BGM:夏草の揺れる丘)

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