ガンダム00

□覚悟を決めた偽善者
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 いつもどおり。変わらない。なのに変わってしまった。彼の手が掴みきれなかった、グラスが倒れた。水がわっと食堂のテーブルに広がる。あ。わるい。軽く謝罪すると彼はさりげなく眼帯に手をやった。濡れたテーブルを拭きながら、苦笑を浮かべる。なにやってんだかなあ。やりきれないように呟いた。眼鏡を掛けた少年が、俯いた。
 いつもどおり。変わらない。なのに変わってしまった。彼がぽーん、ぽーんと飛び跳ねてくる黄色いAIを受け止めようと手を構えた。気づいたAIは大きく跳ねた。途端、彼が少し身を引いた。ごん、とAIは廊下に落下し、それでも再び跳ねて主人の手に収まった。恨みがましげにダイオードをチカチカと光らせる。ごめんって。そう怒るなよ。弱りきった笑みを浮かべて彼はAIを宥めていた。
 いつもどおり。変わらない。なのに変わってしまった。アレルヤ。呼ばれて振り返ろうとしたそのとき、左肩の後ろで何かが空を切った。見ると、彼が右手を中途半端に宙に泳がせていた。一瞬ぼんやりとした彼の表情に、喉が詰まる。ぐ、とこみあげるものを飲み込んだ。余計辛くなった。アレルヤ。どうした? ごめんな。問う意味はあったのかなかったのか、疑問の言葉に続けて謝る。どうして謝るんですか。さっきからずうっと、あなたは謝ってばかりじゃあないか。そう詰れば、彼はやるせなさそうに呟いた。ああ、そうだったかな。そういわれてみれば、そうだったなあ。なんて、勝手に自己完結をする。窓越しに見える星々が突然味気無く思えた。
 アレルヤ。
 呼ばれて気がつけば彼の手を掴んで、きつく握っていた。ふ、と上げた視線がもの言いたげだったのだろう、なにも言うなと言う風に彼が首を振る。なにも言えずに俯くと、彼はその額を肩に当てた。彼の声が静かに空気を震わす。片目が使えないだけで、ひとはこんなになっちまうんだな。距離感も変わっているし、やっぱりちょっとだけ、痛かったりするんだよ。おい、そんな顔するなって。おれまでかなしくなっちまうだろう。じゃあどうして、あの中で大人しくしていれないんですか。痛いんでしょう。治るまで、あの中にいていればいいじゃあないですか。唇を噛み締めて睨むけれども、彼は口角を上げてこう言った。いやだね。おれは、おれには、やらなきゃあいけないことがあるんだ。
 そんなこと、という言葉を飲み込んだ。彼の目は、うつくしいその瞳は少しも揺らいではいなかったのだ。すうっ、とそれを三日月のように細めて、彼はきれいに笑った。アレルヤ。おまえがどんなふうにおれをおもっているとしても、ああ、こればっかりは、曲げられないんだよ。決めてしまったんだから。ああ、そうだ。アレルヤ。彼の手を握っていた手を、上から包まれる。
 おまえが、おれの行動をどんなふうにおもったかは知らない。おまえは優しいから、怒ったかもしれないなあ。


 でもな。おれは。おれは、なあ、後悔なんか、ひとつもして、いないんだ。


 後悔していることは、たくさん、あるのになあ。だけれども、今回ばっかりは、それがないんだよ。偽善者だと思うだろう? ただの自己満足だってさ。実際、そうなんだから。


 だから、なあ、ほら、泣くなよ。おれまで、かなしくなっちまうって言っているだろう。


 なあ、ほら、泣くなよ。


 ほら、泣くなよ。


 泣くなよ。





(いとおしく、おもってしまうだろう?)





覚悟を決めた偽善者

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