記憶を失いし書の主

□第五話『信頼の重み』
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 守護騎士たちが現れてから数十日の時が過ぎ、やっとはやてやカイトの大体の生活スタイルを理解し慣れてきた頃。

 六月の下旬。梅雨も終わりに近づき夏の到来も間近な時期のある夜。

 シグナムはリビングのガラス窓から外を見ていた。

「ふっ……はっ!」

 正確には、既に見慣れた光景となった、外で一人で行っているカイトの鍛練を見ていたのであった。

 シグナムの視線は見定めるようにカイトを見続ける。

 その少年の手にあるデバイス――ノートゥングが夜の冷たい空気を切り裂く。

 それは剣の騎士であるシグナムの目から見ても澄んだ太刀筋であり、少年の剣の鍛練は剣舞と呼んでも差し支えのない域に達しようとしていた。

 少年はただただ前を見つめ、その真剣に見据えられた蒼い瞳はまさに剣士のもの。

「真っ直ぐで良い瞳だな。あいつは間違いなく立派な剣士だ。私がこうしているのが馬鹿らしくなってくる程の……」

 シグナムはやっと視線を柔らかいものに戻した。

 が、その目には迷いのようなものが見て取れる。あの烈火の将と呼ばれる者が、だ。

 実はシグナムがこうしてカイトの鍛練を見るのは今日に始まったことではない。以前からちらほらと見てはいたのだが、数日前からは最初から最後まで毎日のように見ている。

「私ともあろうものが、こうも迷うとはな」

 シグナムは一人ごちる。

 シグナムがここまでして迷っているもの。

 それは、カイトへの対応であった。

 シグナムが今日までカイトと一緒に過ごしてきて解ったことは、本当に記憶喪失らしいということ。

 はやてのことを本当に家族と思って大切に思っていること。

 守護騎士のことも一人の人間として接し、はやて同様家族として大切に思っていること。

 料理や掃除、洗濯等の家事が一通りこなせること。

 重みのある何らかの信念を持った、相当な強さの剣士だということ。

(そして、記憶を思い出しても我らを裏切ったりは……いや、これは推測でしかないか)

 シグナムはふぅと溜め息を吐く。

 シグナムにだって解っているのだ。このままではいけないことぐらい。

 シャマルは既に打ち解けているし、ヴィータでさえも主でない少年になついている。ザフィーラも少年の組手に度々付き合っているようだ。

 だからといってどうだというわけではない。

 シグナムは例え仲間が認めたからといって、自分もならば認めよう等という甘い思考の持ち主ではない。

 だが、事実少年は認められている。

 そして、その理由はシグナムも誰かに解説されずとも解っているのだ。

 まだ、十数歳とは思えぬ瞳の力強さ。シグナムでさえも驚かされる芯の強さと慧眼の持ち主。

 それでいて年相応に微笑み、人を気遣えるだけの機微と優しさを持つ少年。

 彼は、打算も利害も何も考えずに動ける非常に好ましい人物だ。

 はやてが自分の境遇にも負けずに日々を笑って過ごしているのも、仲間であるシグナムたちにさえ心を開かなかったヴィータが明るくなったのも、大部分はカイトのおかげなのは言うまでもない。

 だから、だからこそ。

 シグナムは未だに決断できないでいるのだ。

 主であるはやてを守ることが守護騎士であるシグナムのやるべきことだ。

 故に、記憶を取り戻したカイトがどんな行動に出るのか全く判らないのだから主を守る者として、守護騎士のリーダーとして、簡単に信頼してはならない。

 だが、心の何処かでカイトは絶対にはやてを傷つけることだけはしないと半ば信じているシグナムがいる。

 瞳を見れば判ってしまうのだ。カイトが純粋でいて形ある信念を持っていることは。

 カイトと接していく度に、心が暖かくなる。彼の純粋な気持ちに少しずつ触れていき、どんどん彼への考え方が変わっていく。

 そんな二律背反の想いを抱えてしまったからこそ、シグナムは迷い、悩んでいた。

「シグナム……」

 シグナムは後ろから呼び掛けられそちらを向く。そこには、複雑そうな表情をしたシャマルが立っていた。

「どうした、シャマル」

「カイト君のことで悩んでるんでしょ?」

 シャマルにはシグナムが最近何で悩んでいるのかはお見通しだったらしい。そんなに分かりやすかったのだろうか、とシグナムは嘆息する。
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