記憶を失いし書の主
□第四話『お互いの距離』
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まだ、空が白んでいる朝方。カイトは自分の体に染み付いた習慣通りにおもむろに目を開けた。
「ん、朝か。ザフィーラは……」
カイトは朝が来たことを瞬時に理解し上半身だけを起こすと、自分のベッドの傍らで寝ているザフィーラを見やる。
ザフィーラはまだ寝ているようで、時折尻尾が動く以外は身じろぎ一つなかった。
カイトはザフィーラを起こさないようにベッドからそっと出ると、クローゼットから自分の着る服を出し、ラフな格好に着替えてしまう。
着替えたのは上下とも動きやすいジャージで、これは朝の鍛練をやるからということで初めての買い物の後に買った服である。
カイトはしーんと静まり返った雰囲気を感じながら部屋から出ていき、そのまま玄関まで直行する。そして靴を履いて扉を開けて外に出た。
やはりまだ早朝だからかうすら寒く、カイトは寒さに負けないように一つ息を吐くとストレッチをし始めた。
ストレッチをし終わると、この一ヶ月で走り慣れたルートを走るため出発した。
同じような目的で走っている人や散歩している高齢者以外の人には遭わないため、普段はあまり意識して感じることのない鳥の鳴き声や風を楽しむカイト。
そんなこんなでまた八神家に戻ってくると、少しだけ流れた汗をタオルで拭いながら深呼吸をする。タオルを首にかけたまま庭の方に向かっていくと、空気を切り裂く音が聞こえてくる。
果たして、そこにはレヴァンティンを持ってカイトに背を向けたシグナムがいた。
「シグナム、おはよう」
「おはよう」
シグナムは気配で既に分かっていたからか動揺することなく、振り返らずに短く一言で挨拶を返す。
記憶喪失という曖昧な立場のカイトは、守護騎士の将であるシグナムにまだ全てを信じてもらっていない。
カイトとしてはそれは悲しくもあるのだが、主を守る騎士として、また守護騎士を率いる将としては的確な判断だとも思っているので、嫌いというよりも尊敬できる人物だという印象を抱いていた。
故に、カイトはその態度については何も言わずシグナムの隣に立った。
「どうした。一人で鍛練をするのだろう?」
シグナムが不思議に思ったのか、カイトをちらりと横目で見て尋ねた。
「シグナムに訊きたいことがある。だから、邪魔とは思うが少しだけ付き合ってくれないか?」
カイトはシグナムのことを尊敬している。だからこそ、自分のことをいつかは認めてもらい、信じてもらえるように行動する。
そういう気概を込めてシグナムを見つめると、断れそうもないと判断したのかシグナムはやれやれといった風にレヴァンティンを待機状態に戻してカイトに向き直った。
「訊きたいのはまあ、デバイスのことと言うか……魔法のことなんだ」
「何故私に訊く?」
シグナムがもっともな質問をした。シグナム自身でカイトのことをまだ信じていないと言った手前、気になったのだろう。
「別に他意はない。ただ強いて言うのなら、俺がシグナムを好きだからだな」
「な!?」
あの冷静なシグナムが目に見えてうろたえる。カイトもこんなリアクションを取られると思っていなかったからか、眉をひそめて自分が言った言葉を反芻するが何も変なところはないと判断し、なら何がシグナムをこうまでしたのだろうと再度考える。
が、そこはカイト。好きだと言った言葉のせいだとは脳裏を掠めもしなかった。
シグナムがやっと落ち着き、仕切り直しとばかりに咳を一つする。
「っ、とにかく。魔法の何が訊きたいんだ?」
「ああ、ミッド式とベルカ式のことだ。昨日は話の概要しか聞いていなかったし、知識では分かっているが実際にどういう魔方陣なのかも分からないからな」
シグナムは少し考えると、いきなり手を前に出した。