記憶を失いし書の主
□第三話『始まりの日』
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「はやてちゃん、良かったわ何ともなくて」
「えっと、すんません」
はやては石田医師に笑いかけられて、同じように笑い返した。
今は多分、九時くらいだろうか。
すでに外は明るく日が差していて、珍しく起きるのが遅かったなとはやては思う。
「失礼します」
そうしていると、カイトが部屋に入ってきた。かなり息が荒いのだが、走ってきたのだろうか。
「あ、カイ君。おはよう」
「おはよう、はやて。体は大丈夫か?」
カイトは心配そうに聞いた。
(そういえば、何で私は病院で寝てたんやっけ?)
はやては今さらながらに不思議に思った。それが表情に出ていたのか、カイトは慌てた動作をした。
「あ、それじゃあ石田先生。重ね重ね、ありがとうございました。はやて、車椅子をドアの前まで持ってきてるから、抱えるぞ」
「あ、うん」
はやてはカイトに抱き抱えられ、廊下に移動する。そこにはもう車椅子が用意されており、そこに座らせてもらった。
何故か、廊下の壁の傍には、この一ヶ月で見慣れたカイトの服を来た少女が手持ち無沙汰に壁に体を預けていた。
(何でこの子ここに居るんやろ。というか、見覚えがあるんは気のせいやないと思うんやけど)
はやてが不思議に思っている間にも、カイトと石田医師は話を進めていく。
「じゃあ、カイト君。ヴィータちゃん。今日来る親戚の方によろしくね。ちゃんとはやてちゃんにも説明すること。それと、はやてちゃん今日のお食事どうする?」
「え、あ、ええとお食事するんはいいんですけど……」
はやては石田医師が言った色々なことが引っかかってどもってしまった。
「あ、別に親戚の方たちと過ごすのなら……」
「あの、石田先生。親戚の人たちも十二時には着いているそうなので、ご紹介という形で一緒に食事出来ると思います」
カイトが横から助けてくれた。
しかし、先ほどから親戚の話が出ているのだがはやてはまったくそんな話を聞いていない。一体どういうことなのだろう。
カイトの方に視線を向けると難しい顔をされた。
『はやて。とりあえず、話は後だ。とにかく、話を合わせてくれ』
「ほぇ?」
はやては驚いた。頭の中に直にカイトの声が聞こえてきたのだ。
『これは思念通話といってだな、要はテレパシーのようなものだ。心で念じればはやてにも出来ると思う』
間違いなく、カイトの声だ。
はやては半信半疑、カイトの言うようにやってみた。
『こ、こう?』
『ああ、そうだ。とにかく、話すと長くなるから話は家でしよう。それを踏まえた上で石田先生との食事をするということで』
カイトがそう言うのなら、色々と複雑な話なのだろう。まあ、カイトに任せておけば間違いはないだろう。
はやてはそう考えて頷くと、あとはカイトに任せた。
「それじゃあ、そういうことでお願いできるかしら。はやてちゃん、また後でね」
「はい、それじゃあまた後で」
はやてが微笑みながらそう返した。カイトは石田医師にお辞儀をすると、はやての車椅子を押していく。
そのまま、カイトとはやてが他愛ない話を続け、ヴィータが一歩後ろをついていくという構図は家に着くまで続いた。
無論、カイトはさりげなくヴィータに話しかけたり視線をやったりしたのだが、返ってくるのは使い方が妙に可笑しい敬語が一言だけだった。
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