記憶を失いし書の主
□第一話『優しき少女との出逢い』
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そこは何も見えない暗闇の中。
どれくらいここにいたのかも、いつからここにいたのかも分からない。
光などとうに探す気も失せ、深淵のような中にたゆたっていた。
――俺はなんだ?
自分の体の感覚もなく、それでも自らの両手を目の前に持ってこようとしてみる。
だが、そもそも何も見えない暗闇の中、しかも四肢の感覚もなく、何をして確認しろと言うのだろう。
――なら、俺はダレだ?
こうやって思考しているのだ。少なくとも考えることは出来る。
ならば、と何故こんな空間にいるのかを思い出そうとする。
思い出そうとするも、何も浮かんでこない。
それでも必死に思い出そうとしていると、やっと何かが浮かび上がって来そうになる。
その時、唐突に光がこの暗闇に差してきた。
その光を眩しく感じられることに驚きながらも、これで覚醒できるのだなと思考の奥深くで理解した。
†††††
「あ、起きた? 君、大丈夫?」
短い髪にピン留めをした少女が、歳もそこまで変わらないであろう黒髪で短髪な少年を横から覗き込むようにして訊ねる。
対して少年は、焦点の
合わない眼を瞬かせながら最初に少女を見、次に天井や周りを見、また少女を見た。
少女は、
「ちょっと待っててーな。今ナースコール押したから先生が来てくれると思う」
それから女性と男性二人の医師がやってくるまで、少年は現状を確認するのに必至で、少女は何故か困った顔なのにニコニコしていたという。
そして医師たちが来てから数分後の現在、簡単な質疑応答を繰り返している最中だ。
これまで話したのは、今は一時で約二時間前に道に倒れていた少年をさっきまで看病してくれていた少女――今は席を外してもらっている――が見つけたこと。
少女が声をかけたときに一度目を開けたのだが、頭を押さえて現状が把握出来ていなく、すぐに気を失ってしまい、救急車を呼んで今に至ると。
「ふむ、では全く何も思い出せないんだね?」
「あ……はい、そうみたいです」
「君の名前もかい?」
男性の医師は脳神経外科を担当しているそうで、少年が頭を押さえていたのを少女が話したので来ていた。
そして話からも判る通り、やはりと言うべきか記憶喪失――もっとも思い出を司るエピソード記憶だけだと言うことが分かったのだ。
「名前……?」
少年は引っ掛かるものがあるのか、瞳を閉じて何かを思い出そうとする。
そう、寝ていた間の夢というか、あの暗闇の中でのことだ。
(確か、光が差してくる時に何かを思い出しそうで……あ)
少年は瞳を開けて、そっと自分自身に確かめるように呟く。
「カイ……ト」
「かいと? もしかして貴方の名前かしら?」
今まであまり話に加わってこなかった女性の方の医師が優しく少年に問いかける。
少年はゆっくりと頷いた。
「ふむ、現状分かるのはこれだけかな。それでは石田先生、後は頼んでもよろしいですか?」
「ええ、目立った外傷もないようなので」
そうやりとりをすると男性の医師は病室から出ていった。
入れ替わりに扉を少し開けて、さっき自分を覗き込んでいた少女が顔を出していた。
「あら、はやてちゃん。もうお話は終わったから入ってきても大丈夫よ」
「ほんなら、お邪魔します〜」
はやてが扉を開けて入ってくるのを見て、少年――カイトは初めて彼女が乗っている車椅子の存在に気づいた。
そんなカイトに気づいているのかいないのか、
はやてはベッドの横まで来て、ニコッと笑って言った。
「えっと、はじめまして、なんかな? 私、八神はやてっていいます」
「あ、俺はカイトだ。あと、目を覚ました時に言ってなかったんだが、俺を見つけて救急車まで呼んでくれてありがとう」
カイトははやての言葉に一瞬きょとんとするも、先ほどやっと思い出した自分の名を名乗り、言えていなかったお礼も言う。砕けた言葉になったのは同じぐらいの歳だと思ったからだろう。
はやてはそれを聞くと、微笑みながら当たり前のことやと返す。
「さて、カイト君は病院に通院するだけでいいわ。本来ならこれで帰れるんだけど」
「何か問題でもあるんですか、石田先生?」
はやてが不思議そうに聞く。はやては先ほどの話を聞いていないからしようがない。
「あー、やっぱりって言うのか。俺、記憶喪失みたいで、石田先生が言いたいのは帰る場所が分からないってことですよね」
「ええ、そうなのよ。警察にも連絡したのだけれど、下の名前しか分からないし貴方は瞳の色からして外国から旅行に来ていたってこともありそうだし……」
カイトが瞳の色と聞いて首を傾げる。