小説
□ある1人の男
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国を変えることがそんなに大切か。
この問は高杉晋助には無意味であった。
彼は国を変えようなんてことは何一つ考えてはいなかった。
彼が考えていることは国を壊すことただ一つだった。
国に不満があるとか、そんな生易しいものではない。
あるのは恨みという方がよい。
彼は決して攘夷派などといったものではない。
夷敵を打ち払うのではなく、それを実行しない国を破壊しようというのでもない。
彼は、ただ仇を討とうというだけなのだ。
彼が尊敬し、またそれだけでは言い表せない感情を抱いていた師の命を奪ったやつらが中枢部を握る幕府。
幕府そのものに恨みがあるわけではない。
そこで傀儡政権を握っている天人、それが彼の狂気を鎮めないのだ。
彼は別に将軍の首が獲りたいというわけではなかった。
彼は────
ただ仲間想いだっただけなのだ。
攘夷戦争における3人の『仲間』というのがいる。
『仲間』というのは、それだけでは表しきれない何かがあるからだ。
1人は船が大好きな人で、攘夷戦争中に出会ったらしい。
後の2人は昔から一緒だったらしく、1人は指名手配されている桂で、もう1人はどうしても掴みきれない人だと言った。
この3人は、汚れることが出来ないのだと。
彼は他の3人分の暗い側面を一人で引き受けたかったのだと言った。
自分のような奴がいれば、他の3人は狂気に飲まれずに済むと。
だからその分彼は遂行する義務があるのだ。
それを中途半端な気持ちでやれば、すぐに自分の命が失われ、一番護りたいものが護られないそうだ。
それは彼の信念であったかもしれないし、信念を貫き通すための何かだったのかもしれない。
彼は幕府の中枢の天人を討つことをとりあえずの形式的目標にしてはいたが、そのためには彼はまた、天人と組まなければならなかった。
彼がそれを悔しがっていた。
けれど彼が言うには、それを協力してくれるかもしれない天人がいるらしい。
その天人は、以前の真選組との乱戦の間に中央と密約を交わしたらしい。
結局…、
高杉の護りたいものとはなんであるのか、それは本人以外知ることはできない。
ある1人の男
(その理念は、何。)