そのた

□断たれたのは退路と思考回路
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「好きだよ」


この台詞がこんなにも似合わないのは私の知る中で、今目の前にいるこの人以外にいない

例えばその「好き」が特定の1人に対してではなく「人間」という無差別なものに向けられたものならば不自然ではないけれど
興味があるという意味のinterestingでも無償の愛を意味するloveでもない、ただ一方通行に自分の気持ちを押し付けるlikeなんて、まぁ、ある意味では自分勝手なこの人にはよく似合っているのかも知れないけれど

「ひどいなぁ、人が愛の告白してるっていうのに考え事?
さすがに無視は傷つくなぁ」

「どうして臨也くんがそんな事を私に言うのか考えてたの」

「どうしてって、君が好きだからに決まってるじゃない」

「どういう意味の好きなの?」

「難しい事聞くんだね
そんなところも「好き」だけど
そうだね…人間が持つ最も純粋かつ汚い感情の意味での「好き」かな」


臨也くんはにっこり笑っている
不気味にも不敵にも見えるし、色気さえ孕んでいる彼の表情は綺麗とも汚れているとも言い難い

私は臨也くんの言うみたいな難しいことはよく分からない
私が「分からない」と言うと臨也くんはいつも笑って「分からなくてもいいよ」と言ってくれる
私には「分からなくてもいいよ」と言ってくれる臨也くんの気持ちが分からない
自分の話していることが理解できない人間と喋るのはつまらなくないだろうか、私ならきっと嫌になってしまう
けれど臨也くんは「分からない君が好きなんだ」とさえ言ってくれる
私は益々彼が分からない


「臨也くん、私は臨也くんのことがよく分からないから好きって言われてもどうしていいのか分からないよ」

「簡単なことだよ
君も、俺を好きになればいいんだ」

「私も?」

「そう
例え今君が俺の事を嫌いでも、俺が君の事を「好き」だって言う事で君は変わるよ
君はまだ知らないだろう?人を好きになるって感情を
それはそれは楽しいことさ、これ程までに愚かで、罪深くて、単純な感情が「好き」って言葉にするだけで愛の囁きになるんだから」

臨也くんは本当に楽しそうに喉を震わせて笑う
何故か私はそれが恐ろしくなって思わず後ずさったけれど、いつの間にか私の直ぐ後ろには見慣れた教室の壁があって、私はそれ以上彼と距離を置く事が不可能になった

「あれ?逃げるの?
ダメだよ、男を前に逃げる素振りなんか見せちゃ
よく言うでしょ、男は皆オオカミだって
逃げれば追いたくなるんだから…あんまり本能逆撫でしないでよ
それとも、」

冷たい壁の感触が背に当たっているのが何だか気持ち悪い

目の前には臨也くんのきれいに整った顔
両手で囲われて行き場を失った私は今どんな顔をしているんだろう

「…分かってて、誘ってるのかな?」

くつくつと喉で笑う臨也くんの瞳は心底楽しそうで、私は自分の意志に関係なく、もう臨也くんからは逃げられないんだとここでようやく悟った

「やっと捕まえた
狩猟本能って怖いね、追うだけじゃ気が済まない
捕まえた後はもちろん…」

不意に臨也くんの口からぺろりと赤い舌が覗いて、私の唇をゆっくりなぞってからその感触を堪能する様にゆっくり唇を重ねてゆっくり離れていく

その口付けは、私の思考を停止させるのには充分だった



「骨の髄まで食べてあげるからね」








断たれたのは退路と思考回路

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