この世界には数えきれない程の影があると貴方は私に教えた
私にはその意味があまり分からなかった
それは私が幼いからか
それとも貴方と私では住む世界が違うからなのか、
「どいつもこいつも薄汚れやがって、」
貴方は酷く苦しそうな顔で、酷く悲しそうな声で、
「本当に信じられるのは自分だけだ、そうだろ」
と、私に同意を求めた
私は、誰が本当に信じられる存在で、誰の心がそんなに汚れているのかを判断できる様な賢い脳みそを持っていないから、その言葉に同意する事も、「そんなことないよ」と反論する事もできない
何も言わない私を見て、どこか寂しそうな顔をした貴方の瞳が、あまりに蒼い事に気付いた
その蒼があまりに綺麗で、その瞳に映るなら、どんなに磨き上げられた宝玉でもただの石になるんだろうなと思った
同時に、この瞳に映る私がどれほど汚れて映っているのか怖くなって、私はその瞳に映るまいと、貴方の胸元に顔を埋めて抱きついた
「どうしたんだよ」
どうもしない
「…おかしな事言って悪かったな、忘れろ」
忘れない
貴方が零す言葉の一文字たりとも忘れたくない
そっと背中に回された貴方の腕があまりに優しくて、人より多くを知っている、持っているが故にこの腕が引きちぎられるような思いをきっと貴方はしてきたんだろうと思った
だから貴方の腕は優しいんだ
「何か、言えよ」
耳元で霞む貴方の声が、私の体の中を駆け巡る
そして、私は貴方に教えられた影の無限さを理解した
陽に照らされることなど決してない私の体内は、今まで光も影も知らずにただ生命維持の為に単調な動きをしてきた
なのに貴方の不思議な力を持った光の様な言葉が、私の耳を通って体内に注ぎ込まれた事で、私の体内に、影が生まれた
心臓の鼓動数というのはある程度寿命の様に定められている、だからあまり早く鼓動しない方がいいに決まっているというのに、貴方が私の中に影を作った所為で、その影を振り切ろうと、心臓が早く鼓動する
そうやって何もなかった所に光が現れる事で、影が増えていくんだろう
「皆が薄汚れてるんじゃないよ」
目の前、服と胸筋の向こう側に貴方の心臓がある
ドクドクと鼓動するその体内にはきっと影なんて一寸も存在しない
「景吾があんまりにも眩しいから、みんな影になっちゃうだけだよ」
「お前は、影じゃない」
「私も汚れてるよ、景吾以外の物はみんな汚れてる、影だよ」
そう言うと、貴方はその優しい腕をそっと解いて、そのままその二つの掌で私の頬を包んだ
「…本当に信じられるのは自分だけだ」
貴方はまるで自分に言い聞かせる様に低く呟いた
「だから、信じる」
「何を、」と尋ねようとした私の唇を塞いで、貴方はまた私の中に光を注ぎ込む
その度にどんどん私は命をすり減らし、影を作って汚れていく
「俺が信じた物を、俺は信じる
だからお前は、汚れてなんかない」
貴方にそう言われてしまえば、私はもう自分を汚れているなんて言えない
いや、私が私自身について何と言おうが貴方には関係ないんだろう
貴方は人として生きるにはあまりに綺麗すぎた、眩しすぎた
その瞳の蒼によく似たあの空に輝く大きな惑星の様に、貴方は眩しく辺り一面を照らしてこの世界に次々と影を作る
その惑星はあまりに輝きすぎて、自分の視界に闇というものを作ってしまった
そして、何より明るいその惑星は誰に照らされる事もない、自分より明るく輝くものを知らない、
それは、幸か不幸か
そう、罪深きは貴方
貴方自身が貴方の世界に影を作った、その光で全てを薄汚れた存在にしてしまった
この世で最も明るい光を放つ太陽が、小さな塊の様に再び抱き合った私達の上に輝いて、1つの影を作った
Seen from the Sun
太陽から見れば全てが陰