ゆめ

□対価
1ページ/1ページ

「はい、越前君、今日のぶんね」

「…いらないっす」

「だーめ、これも立派な部活動の一環なんだからね」

あからさまに嫌な顔をする越前君に今日のノルマである牛乳瓶3本を押しつけた

「俺、牛乳嫌いなんスけど」

「ハイハイ、好き嫌いしてたら大きくなれないよー」

「先輩俺のこと子供扱いしすぎ」

「かわいいかわいい後輩だもん、ていうか話反らさないでね」


朝練が終わってから越前君に牛乳を渡すのがマネージャーである私の仕事のひとつだ
うちのスーパールーキー君は技術も体力も根性も人並み以上だけど、どうしても体格的に不利になる事がある(本人はそんなの関係ないって感じだけど)
だから乾と手塚君、竜崎先生の提案で毎日朝練後、こうして越前君に牛乳を渡すことになった…んだけど

越前君はどうやら牛乳が苦手らしくて毎回こんな風にささやかな抵抗を試みられるのだ
早く片付けて教室行かなきゃいけないんだけどなぁ

「これ飲んだって今すぐ身長が伸びるわけないっスよ」

「別に今すぐじゃなくてもいいんじゃない?
まぁ、先生達も成長促進剤くらいに考えてるだけだと思うよ」

越前君は、どうも腑に落ちないといった顔をしてる

「そんなんじゃ納得できないっスよ」

「じゃあ部長命令」

「メリットがないっス」

「男の子は背が高い方がモテると思うよ」

「別にモテたくないっス」

「あー、越前君はもう既にモテモテだもんねー」

用具の片付けをしながら適当に会話を交わす
あれ、コールドスプレーもうないじゃん、補充しなきゃ…って誰だ備品をロッカーの上に置いたのは
…届く、かな?

「んーっ…!!」

「先輩、何やってんの…」

「備品の箱、取りたいんだけど…届かな…あ、もうちょっと…」

「…!!先輩!!」

備品の入った箱に指先を引っ掛けて取ろうとしたら
案外中身はあまり入ってなかったらしく、私の指を作用点に、箱が傾き、中身が落ちてきそうになった

「…っ!!!!」

これはスプレー缶が降ってくる、ヤバイ、と思った、
けど…あれ?降ってこない

「高い所にある物をとる時は部員に言えと前も言っただろう」

「はれ?…あ、手塚君」

傾いた箱は私の背後から手を伸ばした手塚君が押さえてくれていて、スプレー缶は落ちてこなかった

「はぁ…よかった、ありがとう、手塚君」

「次からは注意するんだぞ」

「はい、ごめんなさい」

手塚君はひょい、とロッカーの上の箱から1本コールドスプレーを取り出して私に手渡してから、「早くしないとSHRが始まるぞ」と注意して部室を出ていった

「あー…危なかった…」

「…」

「あ、越前君も早くしなきゃSHR始まるよ」

「…」

「越前君?」

越前君は黙ってじっと私を見ている
どうしたんだろう?

「先輩、明日から牛乳4本下さい」

「え!!??い、いいけど…何で?牛乳嫌いなんじゃなかったの?」

「…先輩、俺、男なんで」

「へ!!??うん、知ってるけど…」

どうしたんだろう、越前君が何だか変だ

「牛乳飲む代わりに約束してほしいんですけど」

「え、何?」

「俺の事を子供扱いしない」

「あ…う、うん」

「俺を男として見る事」

「え!?…うん」

「意味分かってる?」

「たぶん…」

越前君は、はぁ、とため息をついて私の目の前にきた
何だろうかと思っていたら、越前が背伸びをした
わわ、顔近いよ、と思った瞬間、右頬に柔らかい感触
…今のって…

「ええええええ越前君!?な…なななな何して…!?」

思わず右頬を押さえてざざっと後ずさる
今のってもしかしなくっても…キキキキッス…

「何ほっぺたくらいでそんな焦ってるんスか」

「な!?だ…だって…」

越前君はニヤリと生意気に笑った

「さっきの「俺の事、男として見る」っていうのは…」


頬が熱い、思考回路がうまく働かない、越前君が今までとは違う人に見える

「俺が先輩を追い越す頃には唇も貰いますよって事」

言葉が出てこない
私は、からかわれてるんだろうか、これがアメリカンジョークとか言うやつなのかな
半ば放心状態の私に、荷物をまとめた越前君がまた近づいてきた

「…!!」

「片方だけじゃ不満だったから、あと、俺有言実行タイプなんでヨロシクっス」

右頬だけでなく左頬まで熱くさせられて、私はもう、完全に放心状態になってしまった

「先輩、早く行かないと遅刻になりますよ」

そう言って牛乳を得意気に飲み干して、越前君は部室を出ていった


放心状態の頭の片隅で、彼はもう、かわいい生意気ルーキーな後輩ではないという事だけ認識できた









対価
俺が苦手を我慢する対価として
君をもらうから
君をもらう代わりに
次は俺が守ってあげる!


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ