現代政佐

□道化師の勘違い
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   * * *



その翌日。

やっぱり佐助は学校に来なかった。
来なかった・・・と、思う。

いつも、用事もないのに必ず朝から、真田幸村の机に座って談笑している佐助を見なかったから、そう思っただけなのだけれど。
「・・・・・・。」
政宗は幸村の席を見つめて、小さくため息をついた。
・・・何度も幸村に佐助の事を聞こうと思った。
けれど、昨日あんな失態を晒してしまった手前、政宗は気まずくて幸村に話し掛ける事が出来ないでいた。
「・・・・・・。」
そんなこんなで、もやもやしているうちに、午前中が終わってしまった。
佐助の手作り弁当ではない、コンビニのビニール袋を鞄から取り出した幸村を見た時、
「!!」
何もかもが昨日とは一転してしまった日常に耐えられなくなり、政宗は教室を飛び出していたのだった。


なのに。


「あ、此処に居たんで御座るか!」
「!!」
「屋上にも中庭にも居ないから探したで御座るよー」

なんて。

「真田・・・・・・、」
昨日の一件など微塵も感じさせない普通さで、幸村は政宗が避難所にと選んだ剣道部の道場へ入ってきた。
「・・・・・・、」
気まずい。
非常に、気まずい。
けれど。
いつまでもこの男を避けている事も出来ない。
何より自分が聞きたい情報を持ってるのも、幸村なのだから。
ただ、急いている心情とは裏腹に、勝手に身体が避ける行動をとってしまっていたのだ。
「猿・・・どうしてる」
多分、自分から聞かなくても、幸村の方から話しただろう。
その為に、自分を探しに来たのだろうから。
「おとなしく寝てると・・・思うのだが・・・」
「思うって・・・屋敷に連れて帰らなかったのかよ」
佐助と幸村は、兄弟のように育ってきたが、今はそれぞれ別々に暮らしている。
といっても、ふたりの養育保護者 武田信玄のバカ広い敷地内なので、云うほどの別々感はない。
幸村は南離れの別棟、佐助は北離れの別棟に構える学生向けマンションの大家、という仕事を与えられ、居住区を構えていた。
夕飯も武田本邸で、よく一緒に食べていると聞いていた。
だが、佐助があんな怪我を負ったのだ。
たとえ佐助が拒もうとも、昨日くらいは幸村が、本邸に強引に連れ帰ったと政宗は疑わなかったのだ。
だからこそ政宗は、いつもの2人の日常通りの行動に出た幸村に、面食らったのだ。
「・・・佐助がお館様には心配をかけたくないと言うのでな」
「だからって・・・」
あれほどの怪我だぞ、
そう目で非難する政宗に、幸村は大きく息をついた。
「まあ・・・それは建て前の理由、で御座ろうがな」
政宗に言われなくても。
幸村とて昨日は、一度は政宗の言葉通りの行動に出たのだ。
だが、頑なに自分のアパートに戻ると言って譲らない佐助に、結局のところ根負けしたのだ。
「おそらく佐助は、誰にも干渉されないアパートの方が、気が楽だったのだろう」
「・・・何だよそれ」
「佐助は人に心配されたり世話をやいて貰う事を、酷く嫌がるのでな」
「・・・・・・。」
幸村の言葉は尤もだ、と思った。
(相手はあのピエロ、だもんな・・・)
政宗は昨日のふたりのやりとりを想像し、あっさりと納得する。

心からそれを望んでるわけではなさそうなのだが、佐助は何故かいつも孤独を選ぶ。

かといって、誰かと居る時は常に笑顔を絶やさないパーフェクトな道化師、なのだから。
「昨日は、その・・・悪かったな」
取り乱して、と気まずそうに頭を掻きむしった政宗に、幸村は穏やかに首を横に振る。
「・・・本当に佐助と付き合っておられたのだな、」
ひょんな事から政宗の佐助への想いに気付いた時、幸村は自分がキューピットになると息巻いた事があった。
けれど、幸村の知らないところで、知らない時間で、ふたりは確実に想いを添い遂げていたのだ。
「・・・知らなかったのか?」
それを幸村は昨日、佐助に聞かされた。
「某がそのテの話が苦手ゆえ、佐助は切り出せなかったそうで御座るよ」
それで、佐助とはクラスも違えば接点も少ない筈の政宗を、佐助が身を挺して庇った理由が、・・・怪我だらけの佐助を見た政宗が怒りに燃えた理由が、わかったのだ。
「・・・まだ付き合い始めたばっかだけどな、」
そう、
政宗は佐助の心を射止めた。
確かに、射止めた筈なのに。
なのに、未だに佐助は政宗に対し、その道化師の仮面を外してはくれない。
「まぁ・・・血だらけで顔面蒼白で倒れてる恋人を目にすりゃあな、誰だって肝が冷えるぜ?」
「そうで御座るな・・・」
自分はいつだって、・・・今だって佐助の事が気になって仕方ないのに。
「政宗殿、」
「Aha?」
ふいに真顔になった幸村に、政宗も自然と姿勢伸びる。
「佐助に・・・どうか、優しくしてやって下され」
「・・・・・・。」
真剣な表情でそう告げる幸村に「そりゃ言われなくても・・・」と、即答してやりたかった。
けれど、今の政宗には耳が痛い。
昨日の一件の後だ、
重傷を負った佐助に拳を振るうなどという暴挙に出た自分が、偉そうに「任せとけ」などと・・・どうして言えただろう。
「佐助はずっと・・・両親に虐待を受けていたので」
だが。
幸村のその言葉に、政宗は動きを止めた。
「え・・・・・・?」
「幼い頃の話で御座るよ、」
そう少しだけ悲しそうに笑うと、幸村はぽつりぽつりと話し始めた。
「っ・・・・・・!」



その内容は衝撃的だった。



当時、
近所に住んでいた幸村と佐助は、常に一緒に遊んでいた。
幸村の記憶にある佐助は、いつも佐助はにこにこと笑っていた。
一見、幸せそうな家族像。
幸村はそれを信じて疑わなかった。
けれど。
「昔から・・・佐助はあまり表情を表に出さない故、気付いてやれなかったのだ」
その実際はまるで正反対だったのだと、まるで今の出来事のように、幸村は悔しそうに言葉を吐き出した。

誰もが疑わない円満家庭、

それを佐助は必死で演じていた。

自分は不幸なんかじゃない、
うちは幸せな家庭なんだ、と。

幼少ながらに体裁を気にしたというのも、多少はあるかも知れない。
けれど大半は、佐助自身が、それを認めたくない一心での行動だったのだろう。
「・・・なるほどな、」
だからこそ、大好きな友達・・・幸村にだけは知られたくなかったのだと。
そう政宗には想像ができた。
「・・・某が虐待の事実を知ったのは、結局 最悪の事態に発展してからで御座った」
それはある時、玄関から外に放り出される佐助の姿を、買い物帰りの幸村は父親と一緒に目撃した日の事だった。

なんてことはない、
悪さをした佐助に灸を据えようと、家から閉め出す・・・よく見る説教の光景だと。

そう思った瞬間、幸村は父親と共に、その場で動きを失ったのだった。
「!!」
苦しそうに顔を歪めた佐助が、大量に吐血したのだ。
即座に佐助は救急病院へと搬送され、そこで幸村は円満家庭の真実を知る事となった。

いつもにこにこと笑っていた佐助。

茜色の髪が綺麗に映える色白の肌、その整った顔が、幸村は好きだった。
夏でも長袖を着ているのは、単に寒がりなだけだと思っていた。
プールに一緒に行ってくれないのも、単純に泳げないのだと・・・疑いもしなかった。
だから、それがまさか虐待の事実を隠す為だったなど、想像もしていなかったのだ。

複数の骨折と内蔵破裂。

直ぐに緊急手術を受ける事になった佐助の身体には、それ以前から受け続けていたであろう虐待の痕が、赤や紫、どす黒く変色したものまで複数、身体中に残っていたのだ。

その後は、もう修羅場だった。
佐助が病院に運ばれる時、佐助の両親は家から出る事もなければ、ドアを叩き、インターホンを鳴らし続ける幸村親子に、完全居留守を決め込んだ。
佐助の入院の日取りや費用の見積もりなども、全て幸村の父親が請け負った。
そうして一段落をつけてから、入院生活に必要な物を取りに再び佐助の家を訪れてみれば。
今度は玄関の鍵は開いていた。
だが、それは『わざわざ鍵を開けておいてくれた』のではなく、佐助の両親の夜逃げを明確にさせた。
「その後 佐助の両親が戻ってくる事はなく、佐助の退院後は某の家で一緒に暮らしておったのだ」
「そういう事か・・・」
政宗の気になっていた疑問が1つだけ解消した。
家族でも親戚でもない幸村と佐助が、どんな経緯で兄弟のように育っていたのか。
人のプライベートを詮索する気はさらさらないが、他でもない恋人の事だ、決して気にならなかったわけではないのだ。
「で、猿の両親は」
「なにぶん子供の頃の事件ゆえ、某はこれ以上の詳しい事は・・・」
警察が動き出したらしいとか、入院中の佐助を訪れる大人の人達は児童相談所という所の職員らしい、とか。
当時の幼い幸村には、その程度の知識しかなかった。
けれどまあ、兎にも角にも、いろいろな大人の手続きを経て、佐助は真田家の養子となった。
けれど『猿飛』という名字だけは手放したくないと言った佐助の心の奥底は、今でも謎のままだ。
「・・・昨日、包帯だらけの佐助を見て、久しぶりにそれを思い出したで御座る」
「・・・・・・。」
痛いだろう、辛かっただろう。
そう問えば「慣れてる」と、ただ一言 答えた幼い頃の佐助。

あの時の、幸村が受けた心の痛みは衝撃的で、今でも忘れる事は出来ない。

なのに、高校生へと成長した今、佐助はまた幸村の心配を「痛くない」と、あの時と同じ答えを返した。
「佐助にとって、本当に痛いのは、怪我などではないのだ・・・」
痛みには慣れている、何とも感じないと。
・・・痛覚を持つ人間にそこまで言わせる程の、強い恐怖と絶望。
そんな気持ちを幸村は知らない。
知らないから、親身になってやれない。
所詮、幸村には同情する事しか出来なかったのだ。
「あんな酷い目に合ったのに、痛くなどないと普通に言えてしまう事が、某は辛いのだ・・・」
「っ・・・・・・、」
「佐助の心はあの頃と何も変わっていない、ずっと傍に居たのに・・・某は自分が情けない」
そう言って悔しそうに拳を握り締める幸村に、政宗は何も気の利いた言葉をかけてやれなかった。
でも。
「そういう、事かよ・・・」
「・・・?」
おかげで今の佐助の人格を生成した根底が、やっとわかった気がした。

いつもへらへらと笑って、誰とでも差し障りなく付き合えるくせに、その先には決して入り込ませない壁を持つ佐助。

ただ素直じゃなく、ひねくれてるだけなのだと思っていた。

だがそうじゃなかった。
人の心に触れる、という行為そのものを知らないのだ。
(そういや・・・)
サーカスで見るピエロの面は、いつ何処で見ても、泣き顔だ。
好きで仮面を被ってたんじゃない、好きで道化を演じたわけじゃない。
(あの馬鹿猿・・・)
佐助も同じ、だったのだろうか。
気付いて貰えないSOSを胸に溜め込んで、ただ人を欺く為だけに笑い、踊っていたのだろうか。
「随分と重てぇ奴に惚れちまったもんだな・・・」
「まっ、政宗殿っ!!」
ぽつりと独りごちたつもりの政宗の言葉は、目ざとく幸村に聞きつけられた。
「ちょっと待って下されっ、佐助は・・・っ」
「馬ぁ鹿、なんて顔してんだよ」
重たい佐助には付き合ってられない、とでも解釈したのだろうか。
「俺を誰だと思ってんだよ真田幸村」
だとしたら、全くもって心外だ。
(こちとら野郎と付き合う事になった時点で、いろいろと腹括ってんだよ・・・)
オーバーかも知れないが、それこそ佐助の人生丸ごと自分が引き受ける気概でいるのだ。
そんな自分が、今更・・・たかだか不幸な身の上話程度で揺らぐわけもない。
「俺に受け止め切れねぇもんなんて、ねぇんだよ」
「政宗殿・・・」
「まぁ見てな」
幼なじみとはいえ、佐助と仲が良すぎる幸村に嫉妬した事は、多々あった。
そして、2人が積み重ねてきた時間が、思いのほかseriousでdarkな面もあった事に、多少なりとも打ちのめされた。
「アンタが10年以上、変えられなかった猿を、俺が変えてやるよ」
自信なんて無い。
だって相手はあの道化師だから。
けれど、虚勢を張ってでも、政宗は幸村にこう言ってやりたかったのだ。

アンタの出る幕はここでしまいだ、と。

けれど哀しいかな政宗はそれを言うことは出来なかった。
まるで謀ったかのように昼休み終了のチャイムが鳴り、幸村は颯爽と去っていった。
・・・同じクラスなのに、だ。
「チッ・・・・・・」
あんなheavyな話を聞かされた後で、授業なんか受けられそうにない。
「・・・・・・。」
政宗はごろんと仰向けに寝転がり、木貼りの天井を意味もなくただ、ぼうっと眺めた。



   * * *



ピンポーン・・・

と。

家のインターホンが来客を伝えた。

「・・・・・・。」

一瞬、動きを止めたものの、佐助は玄関に向かおうとはしなかった。
(俺様は重傷で寝てますよ〜っと)
所謂 居留守というやつだ。
「・・・・・・。」
少しの間、そのままじっと時間を止めていたが、2回目は鳴らない。
「・・・・・・、」
ということは。
おおかた営業かなんかだろう。
学生向けワンルームマンションではあるが、外観からはそう見えないところが、建てた武田の唯一の失敗かもしれない。
・・・とにかく見た目が豪華過ぎるのだ、このマンションは。

が。

「え・・・・・・」

次の瞬間、
ガチャリと音をたて、佐助の家のドアが開かれる。
(嘘っ・・・・・・!)
そして呆然としている間にも、部屋のドアが豪快に開かれた。
「!?」
「なんだ起きてんじゃねぇか」
「あ・・・・・・」
そこに現れたのは、政宗だった。
「なんで・・・鍵・・・」
「あ? あぁ、武田のオッサンに借りてきた」
「・・・そっか」
鍵の事なんて、どうでもいい。
そんな事はたいして考えなくてもわかる事。
「・・・・・・、」
「・・・・・・、」
問題はそんな事じゃあなくて。
もっと、他に話す事がある筈なのに。
「・・・・・・、」
「・・・・・・。」
会話が、続かない。
(どうしよう・・・)
気まずい。
まさかの来客に、佐助の頭は一気に飽和状態に陥ってしまっていたのだった。

幸村は、来ると思っていた。
けれど、政宗が来るとは思っていなかった。

ぼんやりと、佐助は昨日の事を思い出す。
(そういえば・・・謝ってない、なぁ・・・)
昨日、政宗は凄く怒っていた。
(ぃや・・・・・・、)
あれは、佐助が政宗を怒らせてしまったのだろう。
あんなガラの悪そうな連中と政宗の間に、接点があるんだと・・・佐助が勘違いしてしまったから。
あんな下衆野郎と一緒にするなと、そんな憤りから佐助に手を挙げたのだろう。


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