現代政佐

□道化師は照れ屋さん
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だが、それにいち早く対応出来るのは、言わずもがな佐助だった。
この能力は、もう流石としか言いようがない。
「そうなの〜、最近 伊達ちゃんてば俺様に冷たくて〜・・・」
妙に明るい佐助の受け答えが、周りの雰囲気を瞬時に爆笑に変える。
「俺様達・・・倦怠期? かも?」
「まだ付き合って一週間ちょいだろ、早くねえ?」
「俺様達の心拍数と時間の回転の速さは、あんたらの比じゃないんだよ〜っと」
本当に、これ以上の適任者はいないだろう、そう思う。
自分の心の内は見せず、ただ周囲の人間を喜ばせる最高のエンターテイナー。
それはまるで、サーカスの道化師を連想させる程に完璧で。
この場は佐助におさめさせよう、自分はこのまま寝たふりをしていよう・・・そう思った時だった。

「伊達ちゃんてば最近、ちゅーもしてくんないんだよね〜」

「は!?」
突然飛び出した言葉に、政宗は思わず顔を上げた。
たった今、寝たふりを決め込むと誓った事すら忘れ、政宗は呆然と佐助の顔を見つめていた。
「俺様の事、嫌いになったの? やっぱ男同士だから?」
そんな佐助の言葉に、更に爆笑の渦に巻き込まれていく教室内。
佐助も笑っている。
でも。
その瞳は笑ってはいなかった。
あまりに対照的な佐助の違いに、政宗は佐助から目が離せなくなってしまった。
その佐助が小さく口を開いた。
誰も気付かない、政宗にしか聞こえないような小さな声で・・・
具合悪い?
と。
同時に心配そうな指先が、政宗の髪に伸ばされた。
「っ・・・・・・、」
人知れず気遣ってくれた指先を乱暴に振り払ってしまった時、一瞬にして静まり返った教室内の雰囲気に。
政宗はハッと我に返った。
「悪ぃ・・・」
やんわりと佐助の茜色の髪に手を伸ばす。
「マジで気分・・・悪ぃんだ、」
軽くぽんぽんと佐助の頭を撫でてから、政宗はゆっくり立ち上がった。
そして教室内を見回して、政宗はニヤリと笑った。
「猿の声、聞いてるだけで窒息しそうだぜ・・・重症だな」
と。
それが今の政宗の、最大限のリップサービスだった。
何だよ驚かすなよ・・・などと再び言葉が飛び交い、雰囲気が戻ったのを確認して、政宗は歩き出した。
「ちょいと保健室で原因調べてもらってくるぜ」
クラスメイトは、これを体のいいサボリの口実だ、と受け取ってくれただろうか。

『具合悪い?』

あぁ、悪いよ、
もう気分は最高潮に、最悪だ。

こんな、自分の気持ちを誤魔化すような・・・隠さなきゃいけないような、そんな嘘をついてる脳味噌はもういっそのこと破裂してくれ。
もどかしくて、焦れったくて。
腑は煮えくり返ってるし、心臓は締め付けられて死にそうで。
鱗が全て剥がれそうなんだ。



俺は、
ピエロには・・・なれそうに、ねぇ。



政宗が教室を出ると、図ったようにチャイムが授業の始まりを知らせた。
佐助も自分の教室へと戻っただろう。
政宗は大きく息を吐き出して、自分の教室へと方向を変えた。

授業に・・・集中、出来ない。

本当に保健室でも行きゃあ良かったな・・・と。
今更ながらにそう思いながら、政宗はとりとめもなく過ぎていく時間に、ただ身を委ねていた。



「政宗殿っ、」

「Ah・・・・・・?」
そんな苦痛のような時間が終わったら。
いつも政宗を呼ぶのは幸村の声で。
次の言葉は、言わずもがな。
部活の時間で御座る!
だ。
だが、今日は水曜日。
一週間に一日の定休日なのだ。
「信玄堂に行かぬで御座るか!?」
「は・・・?」
「秋の新作団子の・・・・・・じゃない、佐助にも声をかけたので、だから政宗殿も是非っ!!」
某、政宗殿を全力でサポート致しまするぞ、と。
そう意気込む幸村だったが。
「・・・・・・。」
今はっきり言ったな、『秋の新作団子』って。
「行かねぇよ、」
「何故で御座るっ!? 佐助も来るのだぞっ!!」

馬ぁ鹿、だからだっつーの。

それが一番の理由なんだよ。

「知るか、俺には関係ねぇ」
どうやら幸村は自分達を口実に、秋の新作とやらを堪能したかったわけだ、
・・・わかりやすい奴。
「それに・・・和菓子は好きじゃねぇんだよ、」
政宗の名を連呼し続ける幸村を置き去りにし、政宗はさっさと教室を後にする。
「待ってるで御座るよ!!」
そう追いかけてくる明るい声音が、煩わしくて仕方なかった。



幸村は相変わらず煩くて。
佐助も相変わらず道化で。

この、変わらない二人の言動やら気遣いやらに、逐一振り回されている自分も相変わらず、だ。
ただ。
それを嬉しいと・・・感じていた昔の自分は、もうここには居ない。

そう、変わったのは自分。

ふと。
先程、佐助の手をはたいてしまった事を思い出す。
(あれは・・・Coolじゃなかった、な)
佐助が浮かべた心配そうな瞳が、一瞬 酷く傷付いたように見えた。
・・・気のせいかも知れないが、それがいつまでも気にかかっている。
(俺は・・・悪く、ねぇよ・・・)
あの瞳を思い出すと、心が痛む。
傷付けたかったわけじゃないのだ。
でも。


全部・・・全部、アンタが悪いんだ。


好きで、好きで。
もうどうしたらいいのかわからない位、好きなのに。

なのに。
いつも一歩上をいくしたたかさで、人の気持ちをスルーしていく佐助が、同時に憎くて憎くて仕方なくなる。
そして、それが自分勝手な考えだという事も解っている。
「頼むぜ・・・」
Cooldownしてくれ、俺。
そう自分に言い聞かせながら、政宗は誰も居ない剣道場に腰を下ろした。

先ほど自分が感じた限界。
佐助の道化にはついていけないと悟った真実。

自分も・・・のってやれると思ったpartyは、政宗の惨敗で幕を閉じた。

もし。
次に佐助が何か仕掛けてきたら、今度こそ自分を抑える自信がない。
正直、もうどうしたらいいのか、政宗にはわからなくなっていた。
雑念を取り払うように、政宗は黙祷に集中した。



・・・・・・・・・。



そんな政宗を、佐助は静かに見つめていた。


伸ばした手を振り払われた時、
拒絶された、と。
佐助には、はっきりとわかったのだ。
いや、本当は。
自分がどれだけ政宗を好きになっても、この想いが政宗にとっては迷惑なだけだ・・・なんて事は。

体育祭の時に言われたあの言葉で・・・わかって・・・いたんだ。

政宗はこの茶番に辟易している。
だから終わらせよう、謝っておこう。
そう思って、佐助は終業後に政宗のクラスへ足を運んだのだ。
そうしたら。
部活は休みの筈なのに、剣道場へと向けられている政宗の姿を見つけ、佐助はつい後をつけてしまったのだ。

瞑想を続ける政宗を、佐助は暫くの間、扉越しに見つめていた。
「・・・伊達ちゃん」
だが、意を決して佐助は中へ入った。
驚いたように目を見開く政宗を気にもせず、佐助は政宗の真正面まで足を進めた。
そして・・・
「ごめん」
姿勢を正すと、両手を床に付き。
政宗に向かって深く頭を下げた。
「What・・・・・・?」
体育祭の後から、狂い出した二人の歯車。
それもこれも、佐助が体育祭で仕出かした一件が原因なのだ、それだけはわかる。
修正出来るとは、思ってない。

佐助が・・・政宗の親友である幸村の家族だったから、構ってくれていたのだと。

気付くのが、遅過ぎたのだ。
それでも。
完全に佐助に嫌気がさしたんだと解った今でも。
「俺様 調子に乗り過ぎたよな、」
やっぱり政宗の事が好き、なのだ。
だからこれ以上は、嫌われたくなかった。
「本当に・・・ごめん」
「・・・・・・。」
突然の佐助の行動に、政宗の心臓はどくんと脈打つ。

今、政宗の目の前に居る佐助は。
道化師ではない、本当の猿飛佐助、だった。
政宗を直視し、言葉を紡ぐ・・・その真摯な表情を見た瞬間、
政宗の、箍が…外れた。
「え・・・・・・?」
次の瞬間、
政宗は強引に佐助を引き寄せ、乱暴に唇を重ねていた。
「んっ・・・ぅ・・・・・・っ」
ただ唇に触れるそれではなく、深いやつを。
突然の政宗の挙動に目を見開く佐助の後頭部をがっつり抱え、口腔深く舌を絡めた。
おそらく最初で最後になるであろう佐助とのキスを、心行くまでに堪能し、ようやく政宗は佐助から唇を離した。
「アンタ言ったよな、kissしてくれないって」
ぼんやりとこちらを見つめてくる佐助に、政宗は吐き捨てるように言葉を放った。
「お望み通りくれてやったぜ、満足かよ」

越えてはいけない一戦を、自分から破ってしまった瞬間だった。

・・・とうとうやってしまった。
佐助は自分に謝罪に来たのに。
そうわかったのに、自制の利かなかった自分に、罪悪感ばかりが重くのしかかる。
だが同時に、でもこれでいいのかもしれない、とも思った。
ただ・・・じゃれ合うだけの元の関係に戻るのは、今の政宗には拷問以上にキツい事だった。
「用は済んだだろ、kiss・・・してやったんだから」
いっそ嫌われ気味悪がられ、避けられた方が今の自分には…きっと何倍も、楽かもしれない。
そう思ったのだ。

だって嫌だろう?

本気の想いを見せられたら・・・怖いだろう?
同じ男相手に、本気のkissは気持ち悪かっただろう?
だから。
「・・・とっとと消えな、」
頼むから、俺の前から消えてくれ。

次はこんなものじゃ・・・きっと、済まない。
「・・・・・・、」
佐助はそこにただ立ち尽くした。
何も言えず、政宗の顔を呆然と見つめていた。

その言葉は冷たい、
その表情は、不機嫌極まりないといった感じで。

政宗のこの顔には覚えがあった。
体育祭の後・・・そうだ。
あの時も、こんな不機嫌そうな表情だったなぁと、回らない頭で佐助はそう思った。

謝ったところで前みたいにじゃれ合えるとも思ってなかったけど。

完全に嫌われてしまったんだな・・・、

佐助はゆっくりと表情を元に戻す。
そして、軽い笑みを浮かべながら、政宗の唇に。
「ッ・・・・・・!」
触れるだけのキスをした。
「・・・どういうつもりだよ」
政宗は怒っている。
でも、もういくら怒らせようとも、佐助にとってはゼロも百も同じだ。
「さっきのお返し、だよ。そっちこそ・・・どういうつもりだよ」
先にふっかけたのは、そっちじゃん。
あんたこそ・・・わけ、わかんないよ。
こんな深いキス、して。

傷付け・・・たかった?
逆効果なんだよ・・・俺様には。

「あ〜あ、借り物競争で伊達ちゃんなんか連れてくんじゃなかった」
改めて、そう思った。
まさかあの行動が、こんな裏目に出るとは思わなかったのだから。
「俺様の思惑は大失敗、ってね」
普段と全く変わらぬ口調で佐助は政宗にそう告げ、背を向ける。
消えろと言われて、いつまでも縋りつくほど女々しい男で在りたくない。
「じゃあね、」
と。
政宗に背を向けたまま、佐助は片腕を上げ、ひらひらと手を振った。

「え・・・・・・っ、」

無意識、だった。
自分に背を向け去っていく佐助を、思わず政宗は引き止めていた。
とっさに腕を引かれ、政宗に視線を合わせたその瞳は潤んでいる。
「猿・・・・・・?」
なんで。
泣きたいのはこっちの方なのに。
「何・・・・・・泣いてんだよ、」
「泣いて…ない、」
瞳から零れそうになるそれを堪えようとする必死な姿に、浮かぶ涙の理由がわからない。
「アンタ何考えてる?」
もう、これ以上に傷付く事は何もないから。
今ならどんなに酷な事でも受け入れられる気がした。
「思惑って何だ?」
「っ・・・・・・!」
だからとことん追求し、佐助の本心を知りたいと思った。
「失敗したってどういう事・・・だよ」
だが。
「・・・教えない、」
「ふざけんなよっ!」
頑なに自我を貫く佐助に、政宗はあっさりと平常心を奪われてしまった。
「わけわかんねぇんだよ・・・」
バランスを崩し床に転がる佐助の身体に馬乗りになる。
「散々、人の事振り回して面白がって、その気にさせやがって・・・」
もう自分に怒りを感じているのか、佐助へのもどかしさなのか、わからなくなっていた。
「てめぇの道化に付き合ってやれるほど、俺は寛容じゃねぇんだよ!」
政宗の感情をこんなにまで晒け出させて、キスまでさせて。
遊ぶなら・・・他の奴で、やってくれよ・・・。
「ごめん・・・」
「っ・・・・・・」
虫の音ほどの小さな佐助の謝罪に、政宗は掴んだその腕を床にたたき落とした。

(俺は・・・何やってるんだ?)

佐助は、此処に。
謝りに来たんだ・・・。

なのに、それを受け入れず、話を蒸し返して。

自分は一体何をやりたかったんだろう。
いや、本当は解っていた。
謝って欲しくなんかなかったという事に。
振りまわすのも、面白がるのも、その気にさせるのも・・・作戦だった、と。
そう言って欲しかったんだ。
そう言ってくれたら、どれだけ嬉しかったことか。
「・・・悪ぃ、血ぃのぼった」
これ以上ここに居たら、本当に犯罪行為にはしってしまいそうだった。
だが・・・
「おい・・・」
ゆっくりと佐助の身体から身をどけようとして、政宗はその動きを封じられた。
「でも、俺様だって・・・」
ブレザーの裾を小さく掴む佐助の指先が、そこにはあった。
「・・・そこに嘘は、なかったんだ・・・」
そのすらりと伸びた指は、小さく震えていた。
「どういう、事だよ・・・」
「・・・・・・。」
「佐助っ!!」
胸倉を掴まれ、顔が近づく。
こんな状況なのに、不覚にもドキリとした。
だって。

名前を呼ばれたのなんか・・・初めて、だった、から。

こんな時でもドキドキするんだ・・・。
馬鹿な俺様、
可愛げがなくて意地っ張りで。
最後の最後まで虚勢を張りたい臆病者で。
「・・・教えない」
それでも、やっぱ…言えないよ。
何を言われたって、されたって。
絶対に教えないよ、たとえこれが友人関係の最後になるかもしれなくても。

わかれよ、
あんたの事が好きなんだよ。

だから何も・・・言えないん、じゃん。

だって自分は男…なんだ、から。
それがどんなに罪深い事なのかもわかってる。
背徳的で、人道を外れた恋心。
でも好きになってしまった事実は変えられない。
だから・・・言わない。

あんたに迷惑はかけたくない、
あんたに気味悪いと思われたくない、
あんたに嫌われたく・・・ないんだ、よ。

堪えてた涙が頬を伝った。

苦しいな、
本当の事を伝えられないって事が、こんなにも辛い。

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