現代幸佐

□さくらんぼ
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言いたくて、言えなかった言葉がある。
伝えたくて、伝えられなかった気持ちがある。



≪さくらんぼ≫




既にもう、いくつ貰ったかわからないぐらい、大量のチョコレートが真田幸村の鞄と、そして机の中を占領していた。
それは中学生の頃の、2月14日の出来事。

バレンタインデー。
好きな人に、チョコレートと共に想いを届ける日。

かくいう猿飛佐助も、この日は嫌いじゃない。
思春期を迎えるこの頃の少年にとって、貰えるチョコレートの数は、多ければ多いほど、男として認められていると、自分は人望が厚いのだと。
中学生の頃の佐助は、とにかく人より貰った数が多ければ多いほど優越感を持ち、また、自分自身を誇らしくも思っていた。
貰える物は、勿論拒まなかったし、戦利品の数を友達と競うのもまたお約束だった。
義理チョコ、友チョコ、大歓迎。
でも。
本命チョコは、いらない。
気持ちのこもっている物は、悪いけれど、欲しくない。
それが手作りだったりなんかした時には、かなり重たい。
だって、相手の気持ちに・・・自分は応えるつもりがないのだから。



「はい、旦那チョコ」

正直、面倒臭いと思った。
真剣な恋愛なんて、苦しいだけで、面白くもなんともないし。
「旦那に渡してくれって」
後でちゃんとお礼言っときなよ〜。
そう付け足しながら、佐助は預かったチョコレートを幸村に差し出す。
きっと、これは本命チョコだ。
だって。
もし義理チョコなら、何の気兼ねもなく、自分で手渡せる筈なのだ。

自分で渡せないなら、持ってくるなよ。

そう思う傍ら。
それ程までに、真剣に旦那に想いを寄せているのだ、と思うと、少しだけ、佐助の心の奥が疼いた。
正面切って、渡せる勇気を持てなくて。
でも、渡したくて・・・渡せなくて。
そんな彼女の気持ちは正直、痛い程、わかる・・・。

自分には、その想いを伝える勇気すら、ないのだから。

佐助の差し出したチョコレートを、幸村はただじっと見つめた。
見つめる、だけだった。
受け取る素振りの全く見せない幸村に、焦れたように佐助がそれを机の上に置くと、幸村は顔をしかめた。
「申し訳ないが、これは貰えぬ。丁重に返しておいてくれ」
「え、何言ってんのさ旦那」
あんたのその鞄の中、靴箱の中、ロッカーの中、机の中のその戦利品はじゃあ何だってのさ。
「・・・佐助からじゃ、ないのだろう」
「うん、クラスの子に頼まれちゃったんだよね」
「何故、それを佐助が持ってくるのだ」
「ぃやだから、頼まれたんだって・・・」
あれ?
なんか旦那怒ってる?
機嫌・・・悪い、な。
「佐助は、その・・・女子と俺をどうしたいのだ」
「どうしたいって・・・」
自分はただ、頼まれただけで。
頼まれたから、渡しただけで。
そこに、他意は、全くない。
「佐助は、俺がその女子と、付き合っても何とも思わないのか」
「え・・・?」
それって、
それって旦那・・・。
「俺はっ、佐助から欲しいのだ!」
「え・・・・・・」
「俺はっ、佐助の事をっ、すっ、すすす好いておるのだ・・・っ」



・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。


あれから、何だかんだで2年も経つのだなあと。
手帳を開けば改めてそう実感する。
昔を思い出し、照れたように幸村は顔を赤らめた。
あの時。
ずっと想いを寄せていた幼馴染からの、チョコの橋渡しに腹が立って、凄く悲しくなって。
勢い余って、告白をしてしまった。
佐助は。
一瞬、びっくりしたような表情を見せた。
が、次の瞬間には、いつものへらへらとした笑みを浮かべ「やだな〜俺様も好きだぜ、勿論♪」と流された。

今思えば、あれは体のいい拒絶だった。

あれから2年。
思い起こせば、いろいろな事が合った。
ふと、幸村はベッドに寝転がったまま、目に入ったアルバムに手を伸ばした。
「懐かしいで御座る・・・な」
昔は。
いつも、佐助と一緒に居たのに。
いつから、それがなくなったんだっけか。
それぞれがそれぞれに人幅が出来てきた、小学生高学年の頃あたりからだ。
あの頃は、佐助が知らない友達と遊びに行くのが、嫌だった。
自分も佐助の知らない友達と遊んでたりしたのだから、お互い様なのだが、佐助が他人にとられてしまったような。
むしろ佐助自身が他人になってしまったような喪失感が、辛かった。
何故、昔のように自分も誘ってくれないのかと、しょっちゅう思っていた気が、する。
たくさん・・・喧嘩をした。
傷つけたし、傷つけられた。
酷い事もされたし、酷い事もたくさん言った。
そんな思い出の中で、今でも癒えていない心の傷がひとつだけ、幸村にはあった。
高校生になって、バイトを始め、小さくとも社会を佐助は知った。
外泊も、するようになった・・・みたいだった。
幸村の知る範囲では、同級生の政宗や元親のマンションに遊びに行けば、そのまま泊まってくる。
別に恋人でも何でもないのだから、多少の嫉妬や寂しさは覚えども、佐助の行動に干渉する気は微塵もない。
幸村が傷付いているのは、そんな事じゃあないのだ。

・・・佐助は。
ある時を境に、幸村の家には泊まりに来なくなった。
幼い頃は、いつも一緒に居たのに。
一緒に遊んで、一緒に風呂に入り、一緒の布団で寝て。
かつて、そんな時間を共有していた幼馴染は。
最近では、いつ誘っても、何度誘っても、幸村の誘いを断るのだ。
避けられてるわけではない、そう思いたいのに、支配する負の感情が、どんどん悪い方に考えてしまう。
「俺はおぬしの何なのだ!?」
一度だけ、その理由を問いただしてしまった事があった。
けれど。
「?・・・・・・幼馴染みじゃん」
そうあっさりと返答をされた。

告白、したのに。

忘れているのだろうか。
半分勢いでしてしまった告白だったが、そこに嘘はない。
佐助に、特別な感情を持っていると伝えてしまったあの日から、もう昔のままでは居られないと、そう覚悟もしたのに。
気付けば幼馴染みに戻っている。
その事が、幸村の心を酷く傷つけ、また政宗や元親に対する嫉妬は膨れ上がる一方で。
そんな自分に、その度に嫌気がさしていた。


だが。


佐助が今日、遊びに来る。

今まで頑なに拒否し続けた佐助が、彼の方から遊びに来たいと言って来たのだ。

あれから2年、
奇しくも今日はバレンタインデー。

否応無しに期待してしまう。
今までの事を思えば、走り書き程度につけているこの手帳の日記も、中身がいっぱい詰まった甘い甘い物のように思えた。
泣き事を綴った一日や、佐助と(実際には政宗達も居たのだが)共にした自転車の旅も、書き表せない程の今までの軌跡も。
その何もかもが急に愛しく思えた。

その時、柔らかく鳴り響いたインターホンが、幸村に佐助の来訪を知らせた。
どくん、と鼓動が早くなるのがわかった。
小走りで玄関の扉を開ける。
そこには、照れくさそうな笑顔を見せる佐助が居て。
不自然な緊張感をお互い抱えたまま、幸村は佐助を自分の部屋へと招き入れた。

佐助の笑った顔が好きだ。

飄々とした表情から作り出される笑みではなくて、今みたいな・・・ぎこちなくても、本心から笑っている顔が。
そんな笑顔をたまに見せてくれる佐助と、ずっと繋がっていたい。
それが、幼馴染みとしてなのか、友達としてなのか、恋人としてなのか・・・そんな難しい事はわからない。
だが、もしその向こうに見える未来があるなら、佐助ともう一歩を踏み出す事が出来るのならば。
二人でずっと、寄り添い、共に在りたい。

今日。
もう一度、幸村は。

2年前に流された告白を、する。
そう改めて決意し、幸村はこぶしを握り締めた。

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