小十♀佐

□えやはいぶきの恋情よ。
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鋭い矢で頭を射抜かれたような、強いて言えばそんな感覚。
そんな感覚が猿飛佐助を襲ったのは、つい先日の事だった。




≪えやはいぶきの恋情よ≫




(そう、なんだ・・・)

おそらく政務に励んでいるであろう恋人の姿を、ちょっとだけ視界に入れてから、それから甲斐に帰ろう。

そんな軽い気持ちで、任務の帰りに忍びこんだ青葉城で、それは偶然佐助の耳に飛び込んだ。

その言葉が奥州筆頭 伊達政宗の口から零れた瞬間、
思考が一瞬止まり、頭の中が真っ白になった。
全身の血気が一気になくなったように、体が凍りついていくのを佐助は感じていた。


そっか、見合い・・・するんだ、小十郎さん・・・。


「おめでとう・・・」
良かったね、小十郎さん。
小さな声でそう呟くと、佐助は音もなくその場を後にした。

来る時の揚々とした気分とは一転、奈落の底の更なる底へ突き落とされた気分だった。


決して遊びではなかった・・・少なくとも自分は、だ。


あの人は、自分を人間として相手にしてくれた。
佐助という一人の女に、忍びという付加価値がついただけだと。
そう言って、照れ笑いを浮かべる。
そんな片倉小十郎の優しさが大好きだった。
あの人の不器用な一言、それだけで闇に生きる忍びの暗雲は払拭され、素直に愛しい人に向き合う事が出来た。

だけど、こんな幸せが永遠に続くわけがないと言う事も、勿論わかっていた。
どんなにあの人を好きになったって、その想いは決して叶わないという事を知っているから。

いつかこんな日が来るのはわかっていた。
だから悲しくなんかない。

この人に溺れてしまったら、やがて自分に待っているのは感情の破綻。
あの人の存在が、一緒に居る事が、どれだけ自分の心を深く傷つけていくのか。
それを覚悟の上で、この人と居る事を選んだのだから。

わかっていた事、だから大丈夫。

この引き裂かれるような胸の痛みだって、いつかはいい思い出話になるような、甘酸っぱい痛みに変わるはず。
佐助は必死に自分にそう言い聞かせ続けた。



   * * *



触れ合う唇から、その熱が伝染してくる。
「・・・ん・・・っ」
求めてくる舌に、さらに強く求め返すように、佐助も必死で舌を絡める。

「佐助・・・?」

離れないで、
離さないで・・・。
いつしか縋りつくように、小十郎の背に手を回していた。
「どうした?」
ようやく唇を離した小十郎が、怪訝そうに佐助の瞳をのぞき込む。
「え・・・何、が・・・?」
「・・・何でもねえ」
「そ?」
変だぞ、お前。
そう言おうとした小十郎は、佐助の表情に言葉を留めた。
「いや・・・今日は随分と積極的だと思ってな」
「!!」
ぼっと佐助の顔が赤く染まった。
「言わないでよ・・・」
羞恥に俯いた佐助に触れるだけの口付けを落とすと、ゆっくりと小十郎は佐助を敷布の上に横たえた。
「あっ・・・ん・・・」
額に、頬に、耳元に。
落とした唇がそのまま肌を滑る。
首筋を甘噛みされた時、佐助の中で何かが疼き、小十郎の頭を引き寄せていた。
胸に顔を押し付けられる形となった小十郎は、柔らかい二つの感触につつまれながら、その弾力を舌で堪能した。
「んっ、あ・・・あっ」
ハッと我に返って、佐助が身を捩って引き剥がそうとするも、背中に回された手がそれを許さない。
「ぃやっ、小十、郎さっ・・・んあ・・・ぁ」
「嫌、じゃねえだろ。自分から押し付けたくせに」
「違っ、あっ・・・そんな、つもり、じゃ・・・ん、ぁっ」
揉み合うように動く大きな体が、性急に佐助の衣服と自分のを剥ぎ取って行く。
その間も愛撫の手と唇は止まる事なく、佐助の理性を崩していった。
自分の胸からようやく小十郎を押しのけると、佐助はのろのろと上体を起こした。
そんな佐助の行動に目を見張る小十郎を他所に、佐助は小十郎に覆いかぶさり、その胸に口付ける。
そのままゆっくりと唇を下の方へとなぞっていく佐助に、少しだけ慌てたように小十郎が身を捩った。

「おい・・・」
一体何を・・・と言おうとした小十郎に、突然強い快感が襲う。
小十郎の下肢にやんわりと触れた冷たい手に、びくんと小十郎が身体を振るわせた。
「佐、助・・・っ」

佐助が自分のものに触れている。

その光景は酷く小十郎を興奮させ、そして快楽を一層煽るものだった。
どくん、と小十郎のものが脈打っていくのを、目を細めながら佐助は見つめ、そして徐にそれに口付けた。
四つん這いになり、何度かの口付けの後、ゆっくりとそれを咥え込む。
「ぅ、ぁ・・・っ」
突然のねっとりとした感触に、小十郎は思わず吐息を漏らした。
やめろと言いながら、佐助の頭を引き剥がそうと思いながらも、その快楽に抗うことが出来ない。
とうとう佐助の口淫に観念した小十郎は、抵抗を止め、その艶めかしく蠢く白い背中に手を滑らせた。
「っ・・・・・・」
だんだんと快楽がせりあがってくる。
舌も手も休める事なく、頑張って奉仕する佐助の腰は揺れている。
そんなものを見せられて冷静でいられるわけがない。
思わず小十郎は佐助の尻を鷲掴んだ。

「えっ・・・!?」

驚いた佐助が口を離したその一瞬の隙に、小十郎がごろんと上体をスライドさせた。
「あっ、嘘っ・・・ゃああっ」
佐助の太股の付け根に小十郎が舌を這わせた途端、佐助の身体からがくんと力が抜けた。
がっつりと抱え込まれた腰は、抵抗などとてもかなわない。
佐助の恥部を下からまじまじと見られ、そして舌で貪られている。
全身の力が抜ける感覚を伴うのに、力を抜いて腰を落としてしまえば、小十郎の顔の上に座り込む事になってしまう。
「っ、ゃだ、あぁ・・・っ」
がくがくと震える膝は、情け程度に残された理性だけを頼りに、必死に力を込めた。
「おい」
「お願っ、も、やめぇ・・・あっ」
小十郎の顔の上には自分の下肢、
そして、自分の顔の下には小十郎の・・・
「っ、ぅぁああっ・・・」
突然、小十郎が遊ばせていた舌を、一気に佐助の体内へと侵入させた。
「ふ、ぁ・・・んぁあっ」
予期せぬ快楽に、がくんと佐助の身体が小十郎の上に沈む。
頬に小十郎の欲望が触れ、羞恥と快楽に耐え切れず瞳から涙が零れ落ちる。
「こん、なっ・・・ああ、」
こんな二つ巴な格好なんて嫌だ、そう必死で訴えようとも、小十郎は言葉を発する余裕すら与えてくれない。
恥ずかしくて、恥ずかしくて、なのに悦んでいる自分がとても嫌だ、
こんな淫らな姿、見られたくないのに。

顔を見られなくて良かった。

それだけが、せめてもの救いだった。
意思に反して揺れ動く腰の動きに、その羞恥に佐助が泣いた。
そんな佐助を更に煽るように、小十郎がぐいと腰を突き上げた。
それはまるで、「こっちはもう可愛がってくれねえのか、」とでも言うかのようで、ますます抑制が利かなくなってくる。
頬に当たる、小十郎の熱い欲望。
小十郎の舌攻めに悶えながら、気をやられながらも、再び佐助は火傷しそうなほど熱いそれに、唇を寄せた。





「帰るのか」
「うん・・・」
優しく佐助を抱き締める腕を、その暖かい熱を、離したくなかった。
情事後の、心配そうに佐助を気遣ってくれる瞳は、泣きたくなるほど、優しい。
好きだな・・・その顔。
その表情も、優しさも、何もかも。
慈愛溢れるその瞳に・・・他の誰も映して欲しくない。
思わず想いが言葉に出てしまいそうになった。
このまま、この胸に一生閉じ込めてもらう事が出来るなら、どれだけ幸せだろうか。
そんな事を考えてしまった自分に、佐助は思わず自嘲気味た笑みを浮かべた。


この人は、自分の物には決してならない。
そして、この人は。

次からは新しく迎える奥方様に、その熱を注ぐのだから。


「そろそろ、行くね」
名残惜しかった。
でも余韻はもういらない。
静かに佐助はその暖かい胸板から身体を離し、ゆっくりと立ち上がった。

最後に焼き付けておきたかったんだ。
あんたの姿、あんたの声、仕草全て。
その匂いも激しさも優しさも、何もかも・・・。

「もう・・・ここには来ない、ね」

「佐助・・・?」
怪訝そうに小十郎が、寝転がったまま佐助を見上げた。
「俺様・・・さ、色恋にかまかけて、大事な事、忘れてたんだよね」
先程、少しだけ感じた佐助への違和感が、小十郎の胸に蘇ってくる。
やはり気のせいなどではなかった。
お前、変だぞ。
さっき、言おうとして言わなかった言葉が、頭の中に蘇った。
「佐助・・・」
「俺様の存在理由は、我が主様の為にあるっていうのにさ、」
その表情は、自分だけに見せる顔ではなく。
皆に見せるのと同じ顔。
飄々としていて、そして考えの読めない、見かけだけの頬笑み。
「俺様、こんな所で遊んでちゃいけないんだよ、真田の旦那の傍に居なきゃいけなかったんだ、だから」
一旦言葉を切って、大きく息を吸い込んだ。
「だから・・・ごめんね、もう会わない」
「そうか」
短く、そしてあっさり応えた小十郎に、思わず佐助は背を向けていた。

自分から言い出した事なのに、あっさりと終われるような、そんな遊びのような関係だったのかと、思わず縋って問いただしてしまいたくなる衝動を必死に堪え、佐助は拳を握り締めた。
そんな女々しい事を考える自分が、ほとほと嫌になる。


恋物語にはありがちな、どろどろな別れ方になるとは思ってなかった。

けれども、こんなにすんなり応えられるとも思っていなかった。

自分が断腸の思いで下した決断に、こんなにあっさり終止符を打たれ、意味もなく胸が締め付けられ、涙が瞳から零れ落ちた。


「さようなら、小十郎さん」
声が震えたかも知れない。
でもいいや、もう最後だし。
お見合い、してさ、可愛い奥さん・・・貰ってさ。

幸せになってね。

言いたい言葉は、準備していた言葉はいくつもあったのに、どれも佐助の口から発する事は出来なかった。

別れの言葉を告げた瞬間、佐助はその場から颯爽と姿を消した。

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