小十♀佐

□恋ぞつもりて。
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  ≪恋ぞつもりて≫


口端を上げ、ニヤリと笑う顔が気にいらない。
「悦いか?」
片倉小十郎の余裕を帯びた笑みを、悔しそうに睨み付ける。
が、いくら睨み付けようとも、相手を返って煽らせるだけである事を、猿飛佐助は知っていた。
「もぅ・・・っ!」
耳元に息を吹きかけられ、露にされた胸に口付けられる度、びくんと身体が反応する。
「あぁっ、ゃ・・・早、く・・・っ」
「何だ」

焦らされるのは好きじゃない。

角度を変え、本数を増やしては、佐助の体内を抉っていく骨ばった小十郎の指に、その快楽に流されまいと、佐助はきつく瞳を閉じ、それを受け入れていた。
前戯、なんて。
そこに何の意味もないのに・・・っ!
苦しくて、苦しくて。
意地悪く巧みに操る言葉にすら、快感を覚えてしまう自分が怖くなる。
「ゃあっ、あぁぁっ・・・」
ゆっくりと指が引き抜かれ、壁口に小十郎の熱い物が押し当てられる。
思わず瞳を見開いた佐助と視線が交叉した瞬間、
一気に小十郎が佐助の中へと腰を推し進める。
「はぁ、・・・・・・っ・・・!」
その衝撃に、佐助の瞳から涙が零れ落ちる。
この瞬間が佐助は嫌だった。
あまりの快感に、声すら発せられなくなる。
身体の中で、少しの痛みと甘く痺れるような快楽が、佐助の意識を混沌とさせていく。
小十郎の熱が、一気に佐助を支配するこの感覚が、大嫌いだ。
「動くぞ」
「ん・・・っ」
気遣いなんていらない、
早く・・・もっと奥深くまで、来て・・・。
ゆっくりと律動を始める小十郎に、その腰に両足をきつく絡ませ佐助が応える。
「、ぁあああっ」
「っ・・・」
時折、苦しそうに眉をしかめる小十郎に、お互い深い所で感じ入っているのだと、嫌でも認識してしまう。
「早、く・・・っ、・・・もぅっ」
切なくて、苦しくて。
「佐、助・・・っ」
そんな、熱っぽい視線で見ないで。
気遣うように名前なんか、呼ばないで・・・。

そこに、心はないのだから。

「早くっ、あっ・・・ぃ、達って・・・っ」
がくがくと下肢を震わせながら、必死で佐助は小十郎にしがみついた。
欠片程度に残っている理性が崩壊する前に。
この熱から解放して、終わらせて・・・!!




だらんと四肢を放り出し、ぐったりと布団に身体を預ける佐助の茜色の髪を、小十郎が優しく梳いている。
先程まで佐助を乱し、散々啼かせたその指は今は慈しむように、とても優しくて。
ちらりと横目だけで小十郎を見つめると、その瞳と視線が合う。
ゆっくりと近づいてくるその顔に、寸前で佐助は顔を逸らす。
口付けは嫌いだ。
合わさった唇から、吐息と共に、感情がこぼれてしまいそうな気がするから。
唇を真一文字に引き閉じ顔を背けた佐助に、苦笑しながらも小十郎はその頬に口付けを落とした。
「大丈夫か?」
「平気だよ・・・毎回、聞かなくてもいいのに・・・」
「そうだな」
そんな小十郎の表情に、佐助はいつも苛まれる。
まるで駄々を捏ねた子供をあやすような、何もかもわかっているかのような顔をされたくないのに。
少しだるい上体を起こすと、佐助は部屋のあちこちに脱ぎ散らかした装束をかき寄せ、ゆっくりと身に纏っていく。
「帰る、ね」
「ああ・・・」
「またね、旦那・・・気持ち良かったよ」
やっぱりあんた、上手だね。
「そうか」
佐助の言葉に、小十郎が少し戸惑ったような笑みを浮かべる。
にっと悪戯めいた笑みを返し、次の瞬間、佐助は小十郎の前から姿を消した。

別れを惜しむ間柄ではない。
やる事やって、お互い気持ち良くなって。
それが終われば長居は無用。
そう割り切らないとやってらんない、説明出来ない。

佐助の胸の中にいつしか鈍く住み付いた鈍い痛みは、日に日に強くなっていた。



   * * *



「うをををを〜ッッ!!」

いつにもまして、気合の入った真田幸村の雄叫びが上田城中庭に響き渡る。
「いざ尋常に勝負ぅぅぁあ!!」
「Ha!かかってきな!!」
その面前には、愛刀の六本の刃を構える片目の男。
奥州筆頭 伊達政宗。
また、石膏やら壁やら破壊されつくすんだろうなあ・・・などと思いながらも、にこやかに佐助は来訪者を出迎えた。

「お久しぶり、右目の旦那」

そして、縁側で鎧を脱ぎ捨てくつろいで二人の勝負を見守る伊達の従者の元へ、佐助は茶菓子を運んで行った。
「ああ・・・最近来ねえから、死んだのかと思ったぜ」
「ははっ、少しは心配してくれたんだ?」
「まあ人並みにはな」
最後に会ったのは、もう数ヶ月前の事だった。
今までは、何かあると必ず小十郎の元を訪れていたのだが。

そういうの、やめにしたかったんだよ、ね・・・。

この胸の痛みの正体に、気付いてしまったんだ。
切なくて、悲しくて、そして苦しい。
今だって、心臓が身体から飛び出しそうな位、ばくばくしている。
だから、距離を置くことに決めたんだ。
でも、今日はお客様。
真田の旦那の大事な大事な訪問者なのだ。
ゆっくりとため息をついて、佐助は呼吸を整える。
「右目の旦那、お茶のおかわりは?」
「ああ・・・すまねえな」
「はいよ、っと」
湯を貰いに行こうと、佐助が勢いよく立ち上がる。
と。
その瞬間、ぐらりと佐助の体が傾いだ。
「!!」
危ない、そう思う間もなかった。
一瞬の出来事だった。
音もなく現れた忍びに佐助の体は支えられ、もう片方の手は佐助の手放した急須と茶碗を、いとも簡単に掴んでみせた。
「佐助っっ!!」
二双の槍を瞬時に手放した幸村が駆け寄ってくる。
顔から血色の消えた佐助を幸村に預けると、忍びは無言で主の前から姿を消した。
「あ・・・」
「佐助、大丈夫か?」
うつろに視線を泳がせる佐助を、心配そうに幸村が覗き込む。
「ちょっと貧血・・・ごめん、平気・・・」
「いいから少し休め、辛いだろう」
「ん・・・ありがと」
素直に主に身を任せる佐助を、ゆっくりと幸村がを抱き上げる、
そして。
「おい・・・」
「すみませぬ、すぐに戻ります故、しばしお待ち下され」
訝しげに二人を見る小十郎と、少し離れた所から心配そうに様子を窺う政宗に一礼すると、幸村は佐助を奥の部屋へと運んだ。
「ごめん旦那・・・手合わせ中断させて」
「そんな事はどうでもよい、」
「おぬしこそ、無理するな・・・おぬしひとりの体ではないのだぞ」

「それ・・・どういう意味だ?」

突然背後に響いた言葉に、ぎくりと幸村が身体を強張らせた。
いつの間にか部屋へと入り込んでいた政宗と小十郎に、佐助も思わず息を呑んだ。
「な、何でもないでござるよ」
「何でもないわけねえだろうが」
幸村の言葉を、あっさりと小十郎が一蹴した。
だってそうだろう、
忍びが貧血で倒れる・・・なんて、あり得ることか・・・?
しかも、それをやたら過剰に心配する主。
そして、居るはずのない、第二の忍びの姿。
真田が誇る忍びの十勇士は、幸村に直属に仕える佐助以外は、絶対に表に素顔を出さない。
なのに、そんな忍びが幸村と佐助、二人の背後に構えていた、など。

絶対におかしい。

真田のその嘘の付けない表情が、いつになく動揺している。
鋭く幸村を見据える小十郎に、幸村が必死で誤魔化そうと、何か言葉を探しているのがありありとわかった。
そして。


「本当に何でもないでござるっ!佐助は身ごもってなどございませぬぅ〜!!」


城内に響き渡るかと思う位の大声で、幸村が叫んだ。
「馬鹿・・・・・・」
言っちゃった、
言っちゃったよこの人・・・。
頭を抱えて佐助がそのまま、運ばれた布団の中に撃沈する。
「はぅぁ!!」
「ha・・・そういう事かよ。coolじゃねぇなあ、真田幸村」
呆れる政宗と深いため息をつく佐助、慌てふためく幸村。
「本当なのか、佐助・・・」
その中で、小十郎だけが、静かに佐助を見つめた。
「・・・・・・そうだよ」
「なんで言わなかった?」
小十郎の問いに、政宗が不思議そうな視線を向けた。
それに敢えて気付かないふりをして、小十郎は佐助を睨み付けた。
「父親は誰だ、俺なんじゃね・・・
「話す理由がないから、だよ」
小十郎の言葉を遮って、佐助は小十郎の視線を正面からしっかりと受け止めた。
「・・・あんたら伊達軍には関係のない事なんだ。すみませんね、迷惑かけて」
いつもの、無表情を貼り付けた笑顔で、佐助は言った。
小十郎の相手も出来ず、政宗には手合わせを中断させた事を詫びる。
そして、幸村が吐露してしまったので、正直に悪阻が酷いから休みたい旨も伝え、佐助はそのまま布団に横になった。
手合わせの再開へと意気込む蒼紅主を見送り、それについて出て行く小十郎を見送った。
何か言いたそうな、しぶしぶといった感じで部屋を出て行く小十郎の視線だけが、深く佐助の胸に刺さった。




「佐助、夕餉だ」
幸村が襖をあける。
「だから旦那がそんな事しないでっていつも言ってるじゃん・・・」
あんたは主様なんだから・・・。
と。
そんな会話も、もうし飽きたところで、ただの挨拶代わりと化して居た。
他愛もない会話をしながら、佐助が食事をし終わるのを待つ。
頃合を見計らって、幸村が口を開いた。
「おぬしに言われた通り、佐助は任務で色事もこなす故、父親が誰かわからないと、伝えたが・・・」
「うん・・・ありがとう」
「本当に良かったのか?」
「いいんだよ・・・言ったって困らせるだけだから・・・」
織田を討つ為に結ばれた仮初めの同盟。
目的を達成すれば、また敵対することも必至、なのだから・・・。
「おぬしが決めた事だ、俺は何も言わぬ」
仮にそうならないとしても、自分は忍び、あの人は片倉家の当主として子孫を残す義務がある。
そしてそれは、自分じゃない。
片倉小十郎は、こんな穢れた草の者じゃなく、家名に恥じない良女を召し迎えるべき人なのだ。
わかってる、わかってた事だから。
だから、例え自分があの人の子を宿した所で、それは、それだけは、絶対言ってはいけないのだ。
「・・・ごめんね、旦那・・・」
「何を謝る、悪いのは俺の方だ」
佐助の言葉を即座に否定し、幸村がその場にうなだれた。
「俺の方こそ、うっかり佐助のややの事をばらしてしまった。それに・・・俺のせいで辛い思いをさせてしまったな・・・」
「?」
「政宗殿と相対すれば、右目が来るのもわかっていた事なのに、無神経に招いてしまった。すまなかった、佐助」
「やだなあ、何言ってんのさ」
叱られた子犬のようにしゅんとする幸村に、佐助は笑顔で首を横に振った。
「嬉しかったよ・・・」
主のそんな素直で真っ直ぐな姿に、少しだけ癒される気がした。
「嬉しかった・・・うん、会えて・・・良かっ、た・・・」
言葉を紡ぎながら、突然胸に混み上げてきた何かが、佐助の涙腺をやんわりと刺激した。
「あ・・・ごめん・・・」
「馬鹿者」
慌てて零れ落ちた涙を拭おうと、目許をごしごしと擦ると、それを阻止するかのように、幸村の両手が佐助の頬を包み込んだ。
「俺の前でまで我慢するな佐助」
「っ、・・・ふ、ぇ」
肩が小刻みに震える。
そんな幸村の優しさに、気持ちがどんどん弱っていく。
それはあまりにも脆くて、儚くて。
今にも壊れて消えてしまいそうな佐助を、幸村がゆっくり抱き締めてやると、縋るように佐助がしがみついた。
「俺、様・・・やっぱり、旦那・・・っ」
会えて嬉しかった、それは嘘じゃない。
でも、会わなければよかった。
「あの人がっ、小十郎さんが大好きなんだよ・・・っ」
改めて自覚させられてしまった。
好きなのだと。
身体だけの関係だと割り切っていた筈なのに。
気付けば心まで彼に溺れていた。

そこに愛はないとしても。

熱っぽい視線で佐助を求める、あの瞬間だけは嘘じゃなかった。
情事の後に、心配そうに自分を見つめる瞳が好きだった。
たまに見せる優しい笑顔が好きだった。
眉間による皺も、かさついた手も。
何もかも好きで好きで大好きで・・・
「ぅわああっ・・・」
自我なんぞ芽生えなければ、こんな思いをしなくて済んだのに。
「あああぁぁ!」
声をあげて泣き続ける佐助の背を、幸村はずっと撫で続けた。

やがて泣きつかれた佐助が腕の中で寝入ってしまうと、幸村はそっと佐助を横たわらせた。

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