現代政佐

□道化師は照れ屋さん
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髪にkissする。
あの、ふわふわ揺れる茜色が、好きだ。

頬にkissする。
いつもの飄々とした表情を崩し、照れながらくってかかる顔が、好きだ。
「外国じゃ普通に挨拶だぜ? アンタ、何照れてる?」
「ッ・・・・・・!」
その後、悔しそうな瞳を湛えたまま、俺の頬にkissをくれる。
「挨拶なんだろ、返しただけだから・・・っ」
そうやって、羞恥を隠すように走り去っていく、その後ろ姿が・・・たまらなく、大好きだ。



≪道化師は照れ屋さん≫




「伊達ちゃんっ、一緒に来てっ!」

「What!?」
ふいに腕を引かれ、思わず伊達政宗は体制を崩した。
そんな事はお構いなしに、自分をぐいぐいと引っ張っていく茜色の髪を、政宗はただ呆然と見つめていた。

本日は体育祭。

天気は快晴、気分も上々。
自分の出番もあらかた終わり、後はクライマックスである組別対抗リレーを待つばかりだった政宗に、それは突然訪れた。
自分の腕を引き、鮮やかにゴールテープを切るのは自分のよく知った後ろ姿。
隣りのクラスの猿飛佐助だ。
その茜色の髪をふわりと靡かせながら、佐助が政宗を振り返る。
「へへっ、一位獲得…やったね♪」
「い・・・・・・」
一体何のつもりだ?
そう問い掛けようとした言葉は、勝敗に沸き起こる大歓声にかき消された。

競技は借り物競争。
連れて来られた自分。

だが、この歓声の大きさまでもが、嵐の前の静けさであった事に。
政宗が気付くのに、そう時間はかからなかった。

「猿飛君が持って…ぃや、連れてきたのは伊達君ですが・・・・・・」

突然スピーカーから、司会進行役の声が流れた。
上位五位までは、指令書の内容が公開される。
自分はまだ、佐助の紙に何が書かれていたのか知らされていない。
(どうせロクな事じゃねぇんだろ・・・)
そうは思いながらも、やはり自分は当事者なのだ。
紙に何が書かれ、佐助が自分を選んだのかは、おおいに気になるところであって。
隣りでにこにことインタビューを受ける佐助を、観察するように政宗は見つめた。

「それでは気になる『借り物』の内容ですが・・・??」

司会の言葉に息をのむ、
佐助が政宗を一度だけ見て笑った、気が・・・した。
そして。
「は〜い、じゃじゃんっ、『好きな人』で〜すっ♪」
「ッッ!!」
一瞬シーンと静まり返る運動場、
ただ絶句する政宗。

ああ・・・これは、嫌がらせ、か・・・。

佐助が笑ったわけが、解った気がした。

「伊達君、感想は・・・?」
マイクがこちらに向けられる。
「Ah・・・!?」
鋭く彼女を睨み付けるその先に。
必死で笑いをかみ殺そうとしている佐助の姿が、あった。
(上等じゃねぇか・・・)
単なる余興だと思ってつまらねぇ事しやがって・・・。
だったらとことん最後までのってやろうじゃねぇか、てめぇのpartyによ。
政宗の瞳に不敵な光が宿った。
ぐいっと佐助を引き寄せると、政宗は佐助の耳に、ふっと息を吹きかけた。
「光栄だぜ? my honey」
ぞわりとした感覚に身体を引こうとする佐助の肩はがっちり抱いて、離さない。
そのまま額に唇を落とすと、佐助の顔がぼっと赤く染まった。
きゃーきゃーと、からかいやら悲鳴やら野次やらが飛び交う中、

「と、いうわけでぇ!!」

司会進行からマイクを奪った佐助が宣言する。
「そういう事になったんでぇ、今日からみんな、うちの伊達ちゃんに手ぇ出さないでね〜っと」
本気だからね本気っ!
と叫び、学校中の笑いを一手に引き受ける佐助に、先程…一瞬でも頬を染めた形跡はない。
「・・・・・・。」
もう飽きる程に見慣れてしまったその飄々とした表情を、政宗はぼんやりと眺めていた。



・・・・・・・・・。



体育祭の終わりは、運動部総出で後片付けをするのが、うちの学校の習わしだ。
「佐助、おぬしも残って手伝え!!」
体育祭の興奮覚めやらぬまま、突進して来た真田幸村をなんとか撒いて、佐助は屋上の定位置から校庭を見下ろしていた。



ああもう・・・。

心臓が、まだ・・・バクバクいってる。


佐助の頭をぐるぐると支配し続けるのは、ただひとつ。
「馬っ鹿じゃねぇの・・・」
他の生徒と並んで、スマートな仕草でトンボをかける政宗の姿が、視界に入った。

借り物競争で、よりにもよって『好きな人』だなんて、さ。

内容がベタ過ぎて笑っちまうっての。
つか・・・『恋してる人』って書いてあったわけじゃなかったから、誰でも・・・そう、それこそ、かすがちゃんとか旦那とか、本当に誰でも良かったんだ。
と、今更ながらにようやく気付いた。
でも。
それらを選択して、本当に好きな人に誤解されたらどうしよう、と。
瞬時にそう思ってしまった自分が、あの時 確かに彼処に居たんだ。
だって。
真田の旦那だとある意味変にリアルだし、その辺の女子を連れて行くのも至極まっとう過ぎて、嫌だったのだ。
競技終了後に、政宗に言われた言葉が頭から離れない。
「Coolじゃねぇ・・・観客を沸かせたいなら相手を選びな、」
と。
心底、迷惑そうな表情を浮かべ、政宗は佐助の元を去って行った。

みんなはアレを冗談だと思ってる。
・・・って、自分がそう思わせたからなんだけどさ。
でも、
「嘘じゃ、ないん・・・だけどなぁ・・・」
こう見えても、実は真剣だったんだよ。

俺様一世一代の大道芸、ってヤツだったんだから。

頑張った、よな。
偉いよ俺様、勇気あるよ俺様、
俺様…寿命削って頑張ったもん、いやほんと。
「本当に好きなんだ、よ…」
校庭を見つめながら、佐助は小さくそう呟いた。



   * * *




「政宗殿っ、めでたいで御座る〜っっ!!」

振替休日を挟んだその翌日。

登校してきた政宗を襲ったのは、教室中に響き渡る幸村の大声だった。
「政宗殿の想いが実られ、某もとても嬉しいで御座る!!」
「What・・・?」
「これで御二人は晴れて公認の仲となられ、何とも目出度い事に御座る!!」
「Ah〜・・・ちょっと待て真田?」
「・・・とは言え、佐助が某から離れていくのは悲しいで御座る・・・」
「・・・・・・。」
言い返す言葉も出ない、
と言うのは正にこの事だろう、そう思った。
目の前で何故だか興奮状態に陥っている幸村に、政宗は大きなため息をついた。

マジか、

いや、これはマジだ。

誰も信じなかったアレを、ただひとり・・・まともに信じる馬鹿がここに居た。

「おいおい、勘弁してくれよ・・・」
あの余興がまさかこんな波紋を残すとは・・・さすがに全く予想をしていなかった。
しかも幸村は佐助とは兄弟のように育った所謂『家族』だ。
よりにもよって身内に掘り返されるとは・・・と、思わず政宗は頭を抱えたくなった。
だが・・・。

視線が痛い。

「チッ・・・」
当然だ、
休み明けの、朝一番の幸村の大声と、先日の体育祭での話題を独占した政宗の『彼氏』の事で、クラス中の興味は深々なのだ。
「どうやら三角関係らしいぜ」
rivalの出現だ、
周りを見回し、政宗はニヤリと笑った。
クラス中が大爆笑の渦に巻かれたのを確認し、政宗は幸村の首根っこを掴んだ。
「ちょっと・・・こっち来な、真田幸村」
Tag muchだ、と。
クラスメイトの声援を受けながら、政宗は幸村を教室から連れ出した。



「アンタは馬鹿か・・・・・・いや馬鹿なのは知ってるけどな」

使われていない教室に幸村を押し込むと、政宗は今度こそ本当に頭を抱えた。
「あのな真田、昨日のアレは・・・demonstrationだぜ?」
まさか自分がこうして・・・改めて幸村に説明する羽目になるとは思ってもみなかった。
本当に、全くもって情けない。
「今更隠す必要などないで御座るよ、政宗殿」
だが。
情けない表情を浮かべたままの政宗に、ふわりと幸村は笑いかけた。
「昨日、佐助は政宗殿を想い人であると公表した・・・学校中、誰もが知る事実で御座る」
駄目だ、全く話が通じない。
普段、この男が苦手とする恋愛系の内容にも関わらず、お決まりの「破廉恥で御座る」が飛び出してこない。
「・・・・・・。」
天然か、
そうか、ただの馬鹿じゃなくて、超ド級の天然馬鹿か、
そして空気も読めない迷惑野郎だ。
「あのな真田、猿のアレも、単なるjokeだぜ?」
「はい?」
「そして俺もそれに乗った、ただそれだけの事だ」
学校中の誰もがわかっている筈の茶番劇なのだ、と。
根気強く政宗は幸村に諭し続けた。
「しかし・・・」
思い込みが強いのか、
はたまた本当に自分の見たままを真実としか受け止めないのか。
「・・・佐助は嘘はつかぬで御座るよ」
幸村は頑なに考えを変えない。

佐助は嘘はつかない。

それだけが、幸村の信じる事実なのだ。
そう悟った時、諦めたように政宗は肩を落とした。
佐助に誤解を解かせるしかない、か・・・。
非常に不本意ではあるが、それが最善で最速の策だと政宗がそう悟った時だった。

「そして政宗殿が佐助を好いておられるのも事実であろう?」

ふいに言った幸村の意味深な言葉に、政宗は思わず目を見張った。
「Ha・・・・・・?」
そんな政宗をやや遠慮がちに、それでも真正面から視線を合わせて、幸村は言った。
「鈍い某だが、わかる事もあるで御座るよ」
自他共に鈍いと認める幸村だったが、これだけは確信していた。
政宗本人は、幸村にすら気付かれるような行動を自分でとっていた・・・なんて気付いてもいないのだろうけれど。

政宗は、佐助にしか挨拶という名のスキンシップはしないのだ。

いつも幸村はそれを見ていた、破廉恥だと思っていた。
だからこそ、気が付いたのだ。
同じクラスで部活も同じ、親友でありライバルでもある。
それこそ学校に居る間は四六時中、政宗と共に行動していて、佐助以外の人間と戯れる時に政宗を「破廉恥」だと思った事が、一度もなかったから。
佐助以外の人間には、自分からは触れようとすらしない。
それはつまり。
その理由は・・・ただ一つ。
(某は、某は・・・たった今、近しき者の成長と成就を願う、お館様の御気持ちが解り申しましたぁああぅあっ!!)

応援、したいと思った。

だが、いかんせん相手はあの佐助だ。
表情を露わにする事すら苦手なあの不器用な佐助の心の内を、鈍感な幸村が探れるわけもない。
佐助から恋の話も聞いた事はない。
だから。
体育祭での出来事は嬉しかったのだ。
たとえそれが佐助のパフォーマンスだったとしても、だ。
佐助は数いる生徒の中から政宗を選んだのだから。
これはチャンスだ。
幸村は、自分が鈍感である事を最大限に活用し、既成事実から本物の恋人同士へと発展させてやろうと、そう考えていたのだった。
「Ha・・・、勘違いも甚だしいぜ」
アンタとは話にならねぇ、
そう毒づき部屋を後にする政宗に、幸村は密かにガッツポーズをとった。

自分は味方だと、全身全霊を賭けて政宗を応援すると。
幸村はそう伝えたつもりだった。

だが、この幸村の行動が。
この後とんでもない事になってしまうとは・・・今の幸村には知る由もなかったのだ。



   * * *



触れたくて、話したくて。

なのに。

気が付けば・・・いつも当たり前のようにしていた事が、出来なくなって、いたんだ。



それもこれも真田幸村のせいだ。



・・・・・・・・・。



「やっほ〜、My darling♪」

幸村の机に片足をかけ、いつものように政宗にひらひらと手を振ってくる。
佐助は相変わらずだ。
自分の席に座ったまま、頬杖をついていない方の手を軽く上げて、政宗は佐助に挨拶を返す。
そして再び窓の外に視線を戻しながら、政宗は小さくため息をついた。

幸村に自分の恋心がばれていた。

そう知らされたあの日から。
政宗はまるで何かに拘束されたかのように、身動きがとれなくなっていたのだった。


幸村は、絶対に何があっても欺ける人種だ、と。
そう思っていただけに、政宗の心が受けた衝撃は大きかった。
あのド天然熱血KY馬鹿にバレるなんて・・・一生の不覚だ。

何故?
いつから?
俺はどんな失態をした?

そんな疑問が滾々と湧いてきたが、意外にもその理由はあっさりとつきとめる事ができた。

政宗がこうして自分の席に座ったままでいても。
自分が歩み寄らない限り、佐助の方からこちらに来る事はない。
そう気付いたのは、ここ二、三日の事だ。
どれだけ今まで政宗が佐助につきまとっていたか・・・という事を否応無しに理解させられた瞬間だった。
(そりゃ真田も・・・気付く、か)
そう思えば思う程、幸村の視線が気になって、余計 佐助に手が出しにくくなっていたのだ。

佐助に触れる、キスする、髪を撫でる、毒舌を吐く・・・、
それら全ては政宗の想いの根底にあったものだ。

戯れに見せかけていた政宗の本音が、いつもそこにはあったのだ。

なのに。
(チッ・・・・・・)
今まで人知れず積み重ねてきたものが、ガラガラと音をたてて崩れていく気がした。

そして佐助もまた。
そんな政宗の変化を敏感に感じ取っていたのだ。




・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。



「あれ〜、旦那は?」

そして今日も、教室には佐助の声がする。

「真田君ならさっき出てったけど・・・どうかした?」
「ん〜・・・古典の教科書借りに来たんだけど、ね」
クラスの違う佐助が、頻繁にこちらの組を訪れて来るのが嬉しかった、
たとえそれが真田に会う為でも・・・だ。
「私のでよければ貸すよ?」
「うん、ありがと」

けれど、今は。
あの声を、あの顔を確認するのが、酷く苦しい。
「・・・でもいいや」
「?」

「・・・ダーリンに借りるから、さ」

その言葉にぴくりと政宗は反応してしまう。
盗み聞きなんかするつもりは到底なかったのだ、が。
佐助の声は、勝手に耳に入ってくる。
いつの間にか、そうなってしまった。
「伊達ちゃん、」
机に突っ伏している政宗に遠慮がちにかける声も、その声に含まれる気遣いも。

あぁもう、いい加減・・・限界だ。

机に突っ伏した体勢は変えないまま、政宗は古典の教科書だけを佐助の方へと突き出す。
「ありがと、」
頭上で佐助の声がし、政宗は教科書を取り上げられた手で「気にすんな」と緩くサインを示した。
佐助が立ち去る気配は、ない。
だが、どうしても伏せた顔を上げる事が出来なかった。

「どしたの〜? 痴話喧嘩?」

相変わらず減る事のない野次馬に、複数の視線が集中するのがわかる。
(マジでうぜぇ・・・)
もう、言い訳も・・・彼等が喜びそうなリップサービスを考える事すら、面倒臭かった。

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