政♀佐

□milk
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昔の男に偶然出会った。

そう言えば一見、聞こえはいいけれど。

それは、学生時代にちょっと遊んだ・・・所謂身体だけのお付き合いの、男だった。




≪milk≫





駅前の大通りを挟んで『彼』とすれ違った時。

いつもは得意なポーカーフェイスが一瞬にして、凍りついた、気がした。

どくんと自分を締め付ける心臓が、その心の奥底が。
古傷を思い起こさせる痛みを訴える。
(え・・・何、これヤバ、い・・・)
とっさに駆け込んだデパートの化粧室で、らしくもない自分の表情を鏡に映し、猿飛佐助は愕然とした。
(・・・酷い、顔)
なんと表現したらいいのだろう。
赤みがかった頬に、半開きの唇。
なのにその瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいて。

笑え、

(笑えってば・・・)

鏡に向かって笑顔の練習。
あの頃は、彼に会う前には必ずしていた事だった。
だって。
上手く笑わないと、落ち込むのは自分自身。

笑顔、なんて。

練習して作るものじゃ、なかったのに。

セフレ相手に本気で恋してしまった自分の、感情を隠す為のただひとつの術だったから。
そうしなければ、傍に居られなかったんだ・・・。



「佐助、元気がないぞ。何かあったのか?」

佐助が、変だ。

昼御飯を買いに、佐助が職場を離れたのは、つい先程の事。
それまでは、何も感じなかったのに・・・。
「うん・・・ちょっと、ね」
そう受け答えを寄越した佐助に、真田幸村は小さくため息をついた。
「悩み事か? 俺で良ければ相談にのるぞ」
人より鈍いと言われる自分だけど、佐助の異変に気付いてしまった。
それ程までに、佐助の表情が両極端だったから、かも知れない。
「・・・旦那の言うところの『破廉恥』な話だよ? それでも聞きたい?」
ニヤリと笑ってそう告げた佐助に、
「なっ・・・昼間っから破廉恥で御座るっっ」
「まだ何も言ってないんだけど・・・」
誤魔化そうと、話題をはぐらかそうとしているのだと、わかっていても、顔が真っ赤になってしまう。

「さっき・・・すれ違ったんだよね、昔の男と」

そんな幸村の様子に、少しだけ癒された気分になりながら、佐助はぽつりと呟いた。

昔の男、じゃなくて・・・セフレなんだけど、ね本当は。
だが、正直に伝えた日には、その後の幸村の様子が手に取るように想像出来た為、詳細は濁すことにした。

嘘は言ってない、よね・・・だって『彼氏』じゃないもの。

あの人と、何度も何度も身体を重ねた。
その吐息も、熱い眼差しも、偽りの快楽も全て共有して。

寝たら夢の中であれもこれも見て。
目が覚めたら恋に堕ちてる事も・・・ある、んだよ。


ねぇ、
目を見て、口を見て。
抱き合って、キスをして、身体を開いて。
全てを受け入れて、静かでスロウな真っ白い光と、一緒になって・・・快楽に溶けたよね。

そんな、あんたの全てを知っている俺様が。

心だけは、手に入れられなかった。

「だけど声はかけられなかったんだ」

あんたの気持ちを自分に向けて欲しい、そう思ってしまった昔の切ない恋心を。
今更、思い出しちゃったんだよ・・・。

大人っぽく、なっていた。
格好良く、なってた・・・な。

「・・・つか、別にいいんだけどね、もう関係ないし」

そう言って笑った佐助を、幸村は複雑に見つめていた。



   * * *



一瞬、佐助は自分の目を疑った。

伊達政宗。

携帯のディスプレイにふいに写し出されたのは、昔は何度も何度も見た名前。
そして。
「・・・・・・もしもし」
この前、見かけた男の名前・・・、だった。
『久しぶりだな、番号変わってると思ってたぜ』
・・・なんで?
どうしてこの人から、今更連絡が来るのだろう。
佐助の頭は混乱していた。
とりあえず何か言わなきゃ、
そう思いながら、焦って紡ぎ出した言葉は、かなり挑発的になってしまう。
「・・・何の用」
『Ha,久々に連絡してやったのに御挨拶じゃねぇか』
「別に頼んでないし、…」
つい反射的にそう言い返してしまった佐助に、特別機嫌を悪くした様子もなく、携帯越しに政宗が笑った。
『この前アンタを見かけたぜ、駅前の大通りで』
「!!」
思いもよらなかった政宗の言葉に、絶句したまま、頭の中が真っ白になった。
相手の存在に気付いたのは自分だけじゃ、なかった・・・。
目こそ合わなかったけれど。
政宗は、佐助の姿をきちんと認識していたのだ。
『猿も少しは女らしくなったんじゃねぇの?』
「っ・・・・・・」
余計なお世話だよ、
いつもならそう言い返してやるのに、言葉にならなかった。
本当・・・余計な御世話だよ。
今更そんな事、言われたって嬉しくも何ともない。
曖昧なお世辞は逆に嫌・・・だ。
『そしたら昔を思い出して、なんか懐かしいと思ってよ・・・試しに携帯繋がるかやってみたんだよ』
どうせ繋がらないだろうと思って、本当にノリだけでかけた電話だったが。
『まっさか繋がるとはな・・・』
「・・・自分だって番号変わってないじゃん」
暗闇で携帯のライトがきらきらと照らし出した、・・・あんたの名前を見た瞬間、確かに心が振るえたんだ。
『へぇ・・・』
「何さ」
通話の向こう、意味深に相槌を打つ政宗のその声音は。
覚えがある。
自分にとって、良くない方向が待っている時、だ。
政宗が通話の向こうで笑っているのがわかった。
そして。

『俺の番号、携帯に残ってたわけか』

「っ・・・・・・!!」
想いが、知られてしまったかと・・・思った。
政宗の事が忘れられないのだと。
携帯の番号すら消せず、未練がましい自分の存在を。
自分が暴露してしまった決定的な証拠を、指摘された瞬間だった。
『とっくに消されてると思ってたけどな』

・・・大丈夫、気付かれてない、大丈夫。


ねぇ、目を見て、口を見て・・・あんたに、声じゃなくて、会いたいよ。
言ってしまおうか、久しぶりに・・・会わない?・・・って。

『なぁ猿、久しぶりに・・・会わねぇか?』

「!!」
びっくりした。
あんた、心読めんの?
思わずそう言い返しそうになって、思わず言葉を飲み込んだ。
「・・・・・・ヤりたいの」
驚きの隙間で、未来が変わる・・・気がした。
『馬〜鹿、もう見境なく盛るほど餓鬼じゃねぇよ』
「そっか」
ずきんと心に痛みが走る。
見境なく盛る・・・相手のひとりだったのは、自分だ。
『来週の日曜とかどうだ?』
「うん・・・わかった」
『金ねぇからファミレスな』
「ははっ・・・甲斐性ないねぇ」
『うるせぇよ』


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