その他CP

□Ambivalent
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汗に濡れた睫が艶めいて妙に綺麗だ。

その目尻に口付けると、伊達政宗は愛しい存在を優しく抱きしめた。
「政宗、殿・・・?」
「ああ、悪ぃ起こしちまったか」



   ≪Ambivalent≫



情事後の火照った身体に、自分を抱き寄せる政宗の腕が心地良い。

いつも冷静でニヒルな雰囲気を持つこの男の瞳が、心配そうに自分だけを映すこの時間が、真田幸村は好きだった。
自分が人より体温が高いので、政宗のそれは少しだけひんやりと感じる。
その胸に寄り添いながら、幸村は大きく深呼吸した。

人には言えないような事をしていたというのに、不思議とそこにあるのは安心と安らぎで。
「政宗殿はずるいです・・・」
くすくすと笑う幸村に、政宗は不思議そうに視線だけで問い返す。
一糸纏わぬ姿。
「某は全て剥ぎ取られてしまったのに・・・」
衣装も身も心も、何もかも。
なのに政宗の眼帯は、元の場所に当然のように納まっている。
その右目に宿る眼帯にも、幸村の全てを刻み付けたのだろうか。
そう思うと薄っぺらな黒い塊すら愛しく思えた。

「っ・・・!!」

その瞬間、右目に手を伸ばした幸村の手を、政宗は思いきりはたいていた。

「あ・・・・・・」
突然の事に幸村が呆然とする。
はたかれた手が、行き場をなくし虚しく宙に彷徨う。
その時ふいに気付いてしまった。
政宗の、心の禁忌に触れてしまった事に。
「申し訳・・・ございませぬ」
小さく呟き、幸村は俯いた。
重く、暗い沈黙が二人を包んだ。
悲しそうな顔をして唇を噛み締める幸村に、政宗はチッと舌打ちした。
そんな顔をさせたいわけじゃないのに・・・。
「違う・・・違うんだ、そうじゃねぇ」
幸村は悪くない、そう悪くないんだ。
お前のせいじゃねぇ、そう呟くと、悲しげな瞳がゆっくりと政宗を見上げた。
「少しだけ・・・」
「?」
かつて右目が存在していた、今はただ穢らわしいだけのこの箇所を見ても、こいつはきっと何も変わらない。
「もう少しだけ・・・待ってくれねぇか」
そうわかっては居るのに。
「いつか・・・きっと」
ちゃんと見せるから。
苦しそうに呟いた政宗に、幸村はゆっくりと首を横に振った。
「先程の無礼はお忘れ下さい、ただの戯れでござる」
そう言って幸村は笑った。
笑った顔を、作った。
表情を作るのが苦手な幸村が、悲しそうな瞳を湛えたまま作った無理矢理の笑顔。
そんな幸村に、また政宗の胸がちくりと痛んだ。
「人間誰しも隠しておきたい事はございます。隠す事で、その者がその者らしくあれるのならば、それは必要な事だと・・・・・・佐助の受け売りですが」
まるで自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりと幸村が言葉を紡いだ。
「某はその右目を彩るその眼帯が好きです」
「幸村・・・」
「それもそなたの一部ですから」
にっこりと笑ってそう告げた幸村に、いいようもない感情が胸の奥底から這い上がってきて、思わず政宗は幸村の手首をぐいと掴み上げていた。
小さく上げた呻き声を無視し、その手をゆっくりと自分の右目に押し当てた。
「え・・・・・・」
びくんと反応し、慌てて眼帯から離そうとする幸村の手を、その上から政宗が握り込んだ。
「違うんだよ、隠したいんじゃねぇ・・・」

全てを知って貰いたいと思ってる。

「隠したい、わけじゃねぇんだ・・・」
知ってほしいと思う。
自分の忌まわしい過去も、そのせいで自分が犯した罪も、何もかも・・・。

だがその反面、本当は怖くて仕方ないのだ。
自分の全てを理解しようとしてくれるこの愛しい人に。
無理を強いず、ただ辛抱強く待ち続けてくれる優しい気持ちに、どうしても一歩が踏み出せない。
えもいわれぬ恐怖がこの身を包む・・・なんて、らしくないけれど。
「でも今は駄目だ・・・頼む、待ってて・・・くれねぇか?」
「はい。そう仰って下さるのであれば、その時をお待ちしておりまする、ただ・・・」
誓うように、強い光を宿す左目で幸村を見つめると、その瞳が一瞬切なげに揺らいだ。
「某、政宗殿の過去には一切興味はございませぬ」
「?」
「今の政宗殿が、某の全てでござる」
そしてふわりと笑うと、幸村は優しく政宗の眼帯からやんわりと手を離した。
「幸、村・・・」
「誰よりも・・・お慕いしております」
恥ずかしそうに幸村が小声で告げた途端、政宗は強く幸村を抱き締めていた。
締め殺されるのかと思う程の抱擁に、苦しそうに息を吐き出しながらも、幸村もその背中に腕を回した。
耳元で呟くように「Thank you・・・」と告げられた異国語の意味はわからなかった。
だが、何故か目頭が熱くなっていくのを幸村は感じていた。



   * * *



「なあ小十郎」

甲斐へと戻っていく愛しい馬の背を見つめながら、政宗は呟いた。
「はい」
「俺の右目は・・・お前、だよな」
「当然です、何を今更仰います」


謝らなければいけないことが沢山ある。
幸村にも、小十郎にも。


自分が弱いから。
いつまでもあの時から立ち止まって、一歩を踏み出せない。
そんな臆病な部分を知って居るくせに、見て見ぬふりをしてくれる。
強い人間だと、立派な主だと言ってくれる。
それは同情や虚偽なんかじゃなく、本心からの優しさで。

謝らなければならないと同じ位、いやそれ以上に、本当は感謝の気持ちを伝えたいのに。

「てめぇにも、いつか・・・」
「え・・・?」

今は、まだ一歩前に進み出す勇気が出ないけれど。

でも、きっといつかは。

「なんでもねぇよ」
にやりと笑う政宗に、小十郎は不思議そうに視線を向ける。
「いつか、俺の右目から解放してやるって言ったんだよ」
「何を・・・」
「あー・・・強くなりてぇなあ」
うーん、と両手を空にあげ一つ伸びをする。
「真田に何か言われましたか」
既に姿を消した、東への道を小十郎が見つめる。
「いや・・・あいつの馬鹿正直で真っ直ぐな目ぇ見てると、くだらない柵に縛られてる自分が小さく見えんだよ」
恥ずかしい事言わせんじゃねぇよ、
そう言いながらひらひらと手を振り、政宗は自室へと戻っていく。
そんな背中を、ぎりと拳を握り締めたまま、小十郎は呆然と立ち尽くしていた。



「政宗様・・・」
誰よりも傍にいた。
その右目を担ったのは、その痛みを、その辛さを分かち合いたかったから。
これからも傍にいる。
当たり前の事だと思っていた。
何故なら自分は身体の一部、その右目なのだから。
幼かった主を守ってやりたかった。
元服し、戦場に出るようになれば、今度はその背を守りたいと思った。

ただの主じゃない、もうずっと想っていた。
いつの間にか、ただの従者関係じゃ満足出来ない程に。


真田幸村。


てめぇは一体、どれだけ俺からあの人を奪えば気が済むんだ・・・。
あの人が穏やかな瞳で甲州を仰ぎ見る度、
幸せそうに幸村を語る度、
自分の中の『右目』が本体から離れていくのを感じる。

あの人のあんな幸せそうな笑顔は、自分には決して向けられない。
それは酷く切なく、とても苦しい胸の痛みを伴った。

だが。
政宗様の今が幸せならば、こんなちっぽけな自分の痛みなど耐えてみせる。

いくらでも耐えるから・・・だから真田幸村、

「俺から『右目』の立ち位置だけは奪うな・・・」

自嘲気味にそう呟くと、小十郎も青葉城へとゆっくり踵を返した。



→おまけ。
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