幸♀佐

□いにしえの願いA〜英雄外伝〜
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遠距離恋愛、というのは。

どこまでをそういうのだろうか・・・。
夜中に電話をかけて「淋しい」と言った時、「逢いたい」と言われた時に、すぐとんで行ける距離?
同都道府県内?
自分が「遠いなぁ、寂しいなぁ・・・」と、そう感じた時?
そもそも遠距離恋愛の『遠距離』って何の距離さ、
単純に、直線距離の長さなのだろうか、
それとも。
自分が感じる心の距離、なのだろうか・・・。



≪いにしえの願いA 〜英雄外伝〜≫



上田で生まれ、孤児として育ち、自立して社会へ出て。
他人から見れば、猿飛佐助の人生は、同情されるものなのかも知れない。
だが、それでも佐助にとっては平々凡々な日常だった。
前世の、戦国乱世では忍びとして暗躍していた時代の事を思えば、本当に反吐が出る位、退屈な日常。
誰にどう思われようとも、自分はそう感じていた。
特別幸せなわけでもないけど、それでも不幸ではない、と。
そんな佐助に非日常的な、それこそ自分の中では大事件となり得る出来事が起こったのは、ほんの半年程前の事だ。

真田幸村。

前世で、命懸けで貫いた恋。
数え切れない程の幸せを、佐助に与えてくれた、ただひとりの男。

その幸村が、無くした前世の記憶を取り戻し、再び佐助を愛してくれた。
佐助は上田で。
幸村はかつての大将 武田信玄と共に甲府で暮らしているが、いつか一緒になろうとそう言ってくれた。
上田と甲府、
・・・長野県と山梨県。

この距離は。
電車で約三時間半の、この距離は。
・・・遠距離恋愛に入るのだろうか。

だが何百年もの間、心の距離で迷い続けていた今の自分に、目に見える距離など、何の距離も感じない、それが事実だった。
「遠距離、ねぇ・・・」
上田の町並みをのんびり歩きながら、佐助はそう呟いた。
たとえ誰かに「それは遠距離じゃん、」と言われても。
いまいち実感がわかないのだ。
実際この半年、幸村は自分が今まで失っていた前世の記憶を、佐助への愛情を、取り戻すかのように・・・それはそれは現代でいう『マメな男』だった。
一日に数回のメールと、寝る前に必ず電話で話す。
毎日それが続けば、それこそ本当に距離感なんて感じている隙はない。
それに。
幸村の大学進学が決まった今、これからが本当の『遠距離恋愛』になるのだろうから。
上田と東京。
でも、新幹線を使えば、かかる距離は二時間強。
はっきり言って、今より短時間で幸村に会えるようになるという事で・・・。
(やっぱ・・・全然、遠くないじゃん)
考えれば考えるほど、わけがわからなくなる。
そういえば朝、テレビの星占いで言ってたっけ。
『遠距離恋愛中のアナタ、今日は素直に甘えてあげて!!』
とか何とか言うから、ちょっと真剣に考えちゃったじゃん。
・・・でも。
それを言い訳に、甘えてみるのも・・・たまにはいいかも、知れない。
今日は、久しぶりのデートで。
真田の旦那が上田まで来る。
一足先に到着した佐助は、そんな事を考えながら城門をゆっくりと潜り抜けた。

「なんか、いいなあ・・・」
上田城本丸跡地の前を通り過ぎながら、佐助は呟いた。
ここは、昔の面影は跡形もなく、今は老夫婦の散歩コースだったり、恋人達のデートスポットだったり。
昔、ここで浸入して来る敵を待ち受けていたのが、まるで嘘のようで。
いろんな事が、あったなあと。
気がつけばいつだって昔を思い、感慨にふけってしまうのだ。
そんな自分が無性に可笑しくなる。
くすくすと笑いながら、佐助は目的地を目指し足を進める。

上田城西の櫓。
いつも。
幸村との待ち合わせの場所はここだった。

別に。
一緒に上田城を訪れるのなら上田駅の改札でもいいのに、そう佐助は幸村に問いかけた事があった。
だが、その時の幸村は。
「なっ、ならぬっ!!」
そう言って、顔を真っ赤に染めた。
昔、
戦国時代の真田幸村は、想いが通じるずっと前から。
この西の櫓の屋根上で、夜空を眺める佐助を見つめていたのだと。
恥ずかしそうに伝えてくれた。
そして、何の運命の悪戯か・・・今生でも、二人が結ばれたのは、この櫓の前だった。
だから特別な思い入れがあるのだ、
なんて・・・
(意外とロマンチストなんだよな・・・旦那ってば。)
手すりにもたれながら、眼下に広がる上田の町並み、そして城跡の一角になっている高校からの活気ある学生の声に、佐助は幸せそうに微笑んだ。

その時だった。

「よぉ!」
背後から、男の声が、した。
反射的に振り返るも、次の瞬間、佐助はこの声は自分にかけられたものじゃないと判断する。
大柄な、童顔の青年だ。
こんな男は自分は知らないし。
知らない・・・・・・、筈、だ・・・。
だが。
(何だよ、この妙な感覚・・・)
そう、
自分は。
この男を。

知って、いる・・・?

ふいに胸いっぱいに張り詰めた緊張感を隠すように、佐助は目の前の男をじっと直視する。
そして。
「あんた、真田の忍び、だろ?」

男が、核心に・・・触れた。

「っ・・・・・・!!」
びくん、と佐助の身体が、頭で考えるより先に反射し、目の前の男を身構える。
なんで、それを・・・。
「やっぱそうか・・・」
「あんた・・・」
誰? こいつは誰だ、誰だっけ。
知ってる、気が、するのに。
敵の顔なら忘れない。
真田の旦那に仇名す者は、見忘れる筈がない。
ならばこいつは・・・?
「上田城に殴り込み〜ってね、懐かしい?」
大柄な体躯、童顔、人懐っこいずうずうしさ。
まさか、
まさかまさかまさか・・・
「前田の・・・風来、坊・・・?」
思わず零した佐助の言葉に。
「当たり。お久しぶり・・・でいいのかな」
にっと笑って、前田慶次はそう言った。
「あ、うん・・・」
必死で無表情を装いながらも、佐助は動転する頭の中を処理しきれないで居た。
聞きたい事はいろいろあった。
いちいち顔を覚えている程、交流があったわけではない。
特に佐助は、幸村の半分も、この姿を慶次には晒していない筈だ。
なのに、あっさり佐助の正体を見破った事も。
この男が今、ここに居る事も。
だが。
「それにしても驚いたよ、あんた女に転生してたなんてな」
「は?」
慶次のこの一言に、佐助の懸念が一気に吹き飛んだ。
瞬時に佐助の脳内が、疑問から怒りの、負の感情へと摩り替わった。
女に転生?
そりゃ、あんな体系誤魔化すような、迷彩の装束なんて着てたよ、
髪の毛だってばさばさだったし、視界さえ良好ならそれでいいって前髪も鉢金で上げてたし?
女を捨てて仕事に生きるって最初は決めてたから?
名前だって男性のものだし、色気も味気も何もなかったけどさ。
「誰が、昔は男だったって?」
キッと慶次を睨み付ける。
すると、
「え、嘘・・・マジで!?」
やばい、と。
うろたえたように、慶次が佐助から視線を外す。
「真田忍隊長はくのいち、今も女の猿飛佐助ですけどそれが何か?」
「あー・・・ごめんごめん、」
いや〜参ったね、と慶次は誤魔化すように苦笑する。
「まんまと騙されたよ」
俺の女の子センサーは、正確な筈だったんだけどなあ・・・。
そうぶつぶつと呟いている慶次を呆れたように見つめ、佐助は小さくため息をついた。
「それで?」
「え?」
「なんであんたが、旦那の領地に居るのさ」
「え、いや・・・」
話の核心に佐助が迫ろうとすれば、ふいに慶次が口ごもり、気まずそうに佐助から視線を外した。
「?」
「・・・あんたの恋が、気になったんだよ」
「・・・・・・え、・・・?」
昔を想い、切なくなった時。
悲しくて、泣きたくなった時。
伝えられない恋心に打ちのめされた時。
「あんた、いっつもここで泣いてただろ」
確かに佐助はいつも此処へ来ていた。
ここが、心の拠り所だったからだ。
「何でそれ・・・って、あんたはいつから上田に居たんだよっ!?」
だが、それを慶次に知られていたなんて・・・!
「いやあ、さ・・・」

前田の風来坊は、今生でも風来坊だった。

昔の、戦国時代の縁の地を巡って、旅行に出ていたのだという。
いつき衆や、政宗の居た奥州、そして世話になった上杉の縁の地から、南下して来て、上田に辿り付いた。
その時、慶次の視線を一気に惹きつけたのは。
上田城の西の櫓の前で、風に茜色の髪を靡かせる佐助だったのだと、慶次はそう言った。
「あんたの珍しい髪の色は、一度見たら忘れないからね」

真田の忍びの茜色の髪。

それと同じ色の髪の女が、いつも悲しそうな顔して上田の町並みを見下ろしていたから。
慶次は、何となく気になってしまったのだ。
他人の空似だと、すぐに上田を後にして次の旅路へと向かえば良かったのかも知れない。
だが、どうしても胸に引っかかるものが、その胸のつかえが取れず、慶次は上田に暫く留まったのだ。
慶次に観察されている事も知らずに、佐助は毎日上田城を訪れていた。
(あの頃は・・・)
真田の旦那が、大学に行かずに就職すると言い出したり、伊達政宗が突然 佐助の前に現れ、幸村の邪魔をするなとか言って来たり。
旦那の無邪気な好意と、その笑顔が苦しくて苦しくて仕方なかった・・・丁度、その頃だ。
「あんたって・・・最低」
ぎり、と悔しそうに佐助が唇を噛み締める。
だが、全て過去の事。
「怒るなって、これでも気にしてたんだからさ」
「余計なお世話だよ・・・」
「・・・・・・でも、」
「?」
「俺さ、あの後、一旦 京都に戻ったんだけど・・・」
ぐいっと佐助の腕を引き、その顔を間近で見つめた。
「うまくいったのかい?」
今のあんた、幸せそうだ。
そう言って笑う慶次に、佐助は思わず顔を赤らめた。
「お。当たり? 良かったねぇ・・・」
「っ・・・あんたには、関係、ない・・・」
「照れるなって、恋はいいよ・・・うん」
久しぶりに上田を訪れたのは、正解だったようだ。
まだ、あの佐助かも知れない女は、悲しそうな顔で上田の町並みを眺めているのかと思うと、何故か慶次の心も少しだけ陰りを帯びたから。
だから、何となく、他人事だけど嬉しかったのだ。
再び彼女に逢えた事、
憂い顔しか見た事のなかった彼女が、凄く幸せそうな顔で上田の町並みを眺めていたから。
声を、掛けたくなったのだ。
いきなり知らない男に「前世、忍びだったろ?」などと声を掛けられたら、きちがいだと思われるかも知れない。
でも。
もし真田の忍び、だったら。
きっと食いついてくるはずだと。
そう、慶次は一か八かの大博打に打って出たのだ。
そして、その博打は大当たりだった。
まるっきり敵だったわけではないが、味方だったわけでもない。
だが、強いて言えば、昔の知人が健勝で嬉しかったというところか。
とにかく慶次は、幸せそうな佐助を見て、心から良かったと思っていたのだ。
「俺はあんた達が羨ましいよ、佐っちゃん」


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