幸♀佐

□忍草、桜色。
1ページ/2ページ



 ≪忍草、桜色≫



「ちょっ・・・やめろよッッ!!」

雲ひとつない、よく澄みきった青空が晴れわたっている。
優しい春の風に、桜の花びらもひらひらと舞い落ちた。
そんな気持ちのいい、のどかな昼下がりに。

「嫌だああああっっ!!」

佐助の絶叫が響き渡った。



「あら〜・・・可愛いじゃないの、佐っちゃん」
「あらほんと、随分と見違えちゃったわねぇ・・・」
厨房で、女中達に囲まれて顔を真っ赤にしているのは、武田軍が誇る最強忍隊、真田十勇士が長、猿飛佐助。
・・・の筈なのだが。
そこに居るのはどう見ても、少し毛色の違う、町娘だった。
「あんたら・・・殺すよ」
わかってんの?
忍隊の長である俺様にこんな事して・・・。
そう羞恥に拳を握り締めながら呟いてみても、女中達は一向に動じない。
顔色ひとつ変えず、にこにこと佐助を見つめて居る。
「そんなに凄まないの、可愛い顔が台無しよ」
「そうそう、似合ってるんだから怒らない怒らない」
「・・・・・・。」


事の始まりは、一反の女物の着物だった。
娘の為に仕立て上げた着物が、出来上がる頃には、予想外の我が子の成長により、寸法が合わなくなったという。
そこで女中は「小柄な佐助に着せてみよう」と、なんともはた迷惑な行動に出たのだ。
「忍隊の長であっても、佐っちゃんは可愛い女の子じゃない」
「たまには可愛い格好を幸村様に見せてあげなさいよ」
幸村様もきっと喜ばれるわよ、
の物言いに、即座に佐助は否定する。
「無理、無理無理絶対無理ッッ!!」
そんな、旦那にこんな格好見せるなんて・・・絶対にあり得ない。
うん、無理だ。
確実に恥ずかしくて死ねる、絶対だ。
「第一、こんな格好してる時に敵襲にあったらどうすんの、もう脱ぐからね!!」
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかり、恥ずかしさに思わず声が裏返ってしまう。
「えぇ〜・・・可愛いのに」
「忍びに可愛い可愛い言うな!」
完全に面白がっている女中達を鋭く睨みつけながら、佐助が着物の帯に手をかけた。
が。
それは勢いよく厨房の扉を開けた音に、手を止めてしまった。

「如何したっっ!?」

そう二双の槍を携え、現れたのは他でもない、真田幸村その人だった。
「あら幸村様」
役者は揃った、とでも言うように、女中はにっこりと微笑んだ。
「何か凄い悲鳴が聞こえたが・・・」
思いの外、和やかな雰囲気に包まれた厨房に、幸村はぽかんと口を開けて立ち尽くした。
「いい所にいらっしゃいました、ほら見て下さいよ」
「ちょっ、やめ・・・」
必死に抵抗する佐助を余所に、女中が無理矢理、佐助を幸村の前へと押し出した。


「・・・佐助・・・か?」


ぽかんと口を半開きにし、その場で立ち尽くす幸村。
そんな幸村の表情に、羞恥にいたたまれなくなり、佐助は俯いた。
「・・・・・・ごめん・・・すぐ、着替える、から・・・」
「可愛いでしょう?」
そう言いながら笑っている女中達と、目の前で佐助を見つめたまま動きを止めてしまった幸村に、佐助は羞恥に耐えられず俯いた。
「佐っちゃん、素材がいいから似合う事・・・幸村様もそう思いません?」
「・・・・・・で、・・・る・・・」
「え・・・?」
次の瞬間、見に纏う深紅の装束に、勝るとも劣らず程に顔を真っ赤にした幸村が、はっと我に返ったように仰け反った。
「破廉恥でござるううぅぅ・・・ッッ!!」
ばたばたと大きな音を立て、先程の佐助の絶叫を遥かに超える大声をあげながら、その場から逃げるように走り去った。
「旦那ッッ・・・」
その後姿を慌てて佐助が追いかける。
「あんたらのせいだからな!!」
相も変わらず楽しそうにその光景を見つめている女中達に毒づきながら・・・。


   * * *


「佐助」
「なぁに?」
いつものように、主の呼び付けに佐助はひらりと屋根裏から舞い降りた。
用があるから呼んだのには間違いなさそうなのだが、声をかけたきり、幸村は顔を赤く染め、俯いてしまった。
「どうしたの、旦那?」
そんな幸村の前にすとんと腰を下ろし、佐助が不思議そうに幸村を見つめる。
「あの、その・・・だな、」
「うん、」
「つまり、えと・・・」
「?」
「これを、おぬしに・・・」
俯きながら、佐助に差し出したのは、綺麗な着物。


「俺様、に・・・?」


無言で幸村は、ずいと反物を佐助の方へと押し出す。
女中連中に町娘の格好をさせられた、あの恥辱から約数日後の事だった。
「何言ってんの、こんなの貰えないよ!」
目の前に差し出された反物の美しい色合いに、一瞬目が釘付けになった。
が、ふと我に返って、佐助は慌てて反物を幸村へと押し戻す。
先日の羞恥を思い出し、顔を染めた。
全く何考えてるんだよ、この人は・・・。
忍びなんかに何やっちゃってんだよ、この馬鹿主・・・。
「おぬしは、その・・・おなご、なのに、その・・・」
相も変わらず、幸村は俯いたまま、もごもごと何かを口ごもっている。
その時、幸村の頭の中では、女中の言葉が頭の中でぐるぐると繰り返されていた。

『佐っちゃんは照れてるだけなのよ、
いくら強くても女の子ですもの、興味がないわけないでしょう』

「・・・日頃の感謝の気持ちだ」

言いたい言葉が喉を通らず、結局こんな物言いになってしまった。
佐助以上に真っ赤になって、どもりながらも必死で言葉を紡ぎ出そうとする幸村が、だんだん気の毒になってきて、佐助は苦笑した。
「ありがと旦那、でも」
いいんだよ、俺様は。
そう言って佐助は笑った。
「お礼なら、他のみんなにしてやってよ。俺様は休みくれるか給金上げてくれるか・・・が一番嬉しいんだからさ」
「違うっ、そうではなくて・・・」
幸村が佐助の両肩をがしっと掴んだ。
「何故わからぬのだ馬鹿者!!」
突然怒鳴り付けられ、一瞬佐助の瞳が驚きに見開かれた。
なんでいきなり怒られんのか、こっちこそわかんないよ!
佐助の方こそがそう思いながら、かすかな痛みに顔を顰める。
だが痛いと言い返すのも憚るほど、目の前で佐助を見つめる主の顔は真剣そのものだった。
さっきまでの挙動不審さが一点し、思わず佐助はその顔に見入ってしまった。
「俺が、佐助にこれを贈りたいのだ!」
強く、懇願するようにその肩を揺さぶられる。
先日、厨房で見た佐助の姿が忘れられない。
町娘の格好をしている佐助もそうだが、それだけではなかった。

佐助は、いつも女中達には、あんなに喜怒哀楽を表に出して接しているのだろうか。

あんなに顔を真っ赤にして、女中に食ってかかる佐助の姿など、幸村は見たことがなかった。
自分の知らない厨房で。「佐っちゃん」などと呼ばれ、どのように可愛がられ、どんな時間を過ごしているのか、何を語らいあっているのか。
考えれば考えるほど、負の感情が表だってくる、無性に苛々する。
そして、あの女中の着物は、照れながらも裾を通していたじゃないか。
「あの着物は着れて何故、俺からのは駄目なのだ!?」
「そういう問題じゃない!!」
「どういう問題だ」
幸村に問い返されて、佐助の顔がふいに歪む。
「こんなの着せて・・・俺様に何させようってのさ・・・」
きつく拳を握り締めて、悔しそうに佐助が唇を噛んだ。
「佐助・・・?」
「そんなの着たら旦那を守れないじゃん・・・」
いや、旦那は強い。
だからもう、自分など・・・必要ないのかも、知れない・・・。
「・・・それって忍び失格って事、じゃないか・・・」
いや、女物の着物を贈られるという事は。
佐助にとってはもう用済み、と言い渡されたに等しかった。
「だったらはっきりそう言えばいいんだよ・・・」
お前などもういらないと。
遠回しにこんな事するなんて、あまりにも残酷過ぎる。
「旦那の馬鹿ッッ!!」
感情に任せて叫んだ途端、佐助の瞳から大粒の涙が零れた。
「っ・・・!!」
慌ててその顔を隠すかのように、目の前の反物を幸村の顔へと投げつける。
そしてそのまま佐助は外へと飛び出した。
「佐助!!」
幸村の声が背後から聞こえたが、振り返る気など毛頭なかった。

.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ