現代小十佐

□最愛
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夢のような人だから。
夢のように消えるのです・・・。



≪最愛≫




「おぬしを・・・解雇しようと思う」

「え・・・・・・。」

ぽつりとそう告げた主の言葉に、猿飛佐助は一瞬言葉を失った。

次に、
「またまたぁ〜、旦那ったら驚かさないでよ」
と即座に切り返せなかった自分の余裕の無さを、後悔した。
だが目の前の主、真田幸村の顔は真剣そのもので。
当然冗談など言えるような表情ではなかったのだ。

「関ヶ原に、・・・出陣する」

とにかく理由を・・・、
そう思った佐助だったが、幸村が発したその一言で、佐助は幸村の言わんとする事を全て理解したのだ。
「旦那・・・」
「・・・おぬしは今この時より、自由の身だ・・・何処へなりと行かれよ」
今まで本当に世話になったと。
言葉では表せない程、感謝していると。
幸村は俯いたまま、そう告げた。
「旦那、」
「退職給は望むままを与えよう、功労品は何を望む?」
「旦那・・・顔、あげろよ」
「遠慮はいらぬ、好きな額を申せ、佐・・・
「旦那!」
幸村の言葉を遮るように、佐助は畳をばんっと叩いた。
「人の話、聞けって」
「・・・・・・。」

戦の最中で大将、武田信玄が病に倒れた。

悲しみに暮れる間も与えられず、幸村は武田軍の新たな大将に祀り上げられた。
その主からの突然の解雇宣言を、佐助はただ冷静に聞いていた。
「・・・今まで散々、安い給金でこき使われて? 文句も言わず仕えてきた従順な俺様を解雇するって?」
「・・・・・・っ、」
「笑えない冗談だっての」
幸村の事だ、きっと彼なりに考えて下した決断なのだ、それはわかる。
ただ・・・。
「おぬしこそ人の話を聞いておったのか!?」
それが冷静な頭で考えた末の判断かどうかは、佐助にはわからなかった。
「俺は、・・・俺は、・・・」
「?」
「関ヶ原に出る、・・・そう・・・言ったの、だぞ・・・」
悲しい顔、
その理由が、佐助には手にとるようにわかる。
「うん、聞いてましたよ」
「ならば・・・っ!」
「嫌だね、」
「佐助!」
「何度も言わせるなよ」
わかってる、
旦那の言いたい事、その覚悟も何もかも・・・全部。
わかってる・・・つもりだ。
「・・・自分が何を言ってるのか、わかっているのか」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」

関ヶ原。

重たい言葉だね、旦那。
西軍、東軍・・・身が引き裂かれるような響きだね・・・。
その旦那が覚悟を決めた。
関ヶ原に出る、ということは。

最愛の人が倒すべき敵になる、ということ。

「俺は・・・武田の為、民の為・・・戦わねばならぬ」
幸村にとっての最高のライバルであり、最愛の人。
西軍である幸村と、東軍である政宗。
幸村は、伊達政宗に・・・刃を向ける事を選ぶしか、出来なかったのだ。

幸村が背負っているものは、『武田』の軍大将という肩書きは、重くて重くて。

重圧に押しつぶされそうな今の幸村の状態は、佐助は誰よりもわかっているつもりだ。
なのに。
「片倉殿の所へ行け、佐助」
「は・・・・・・?」
そんな、予想だにしない言葉が幸村から零れたものだから、思わず佐助は言い返す言葉を失った。
「おぬしまで戦の犠牲になる事はない・・・」
「戦の犠牲・・・って」

忍びとしての佐助ではなく、ただの猿飛佐助として。

「・・・忍び相手に随分、面白い事言うね」

ただひとりの人として。
佐助に幸せになって欲しいと、そう幸村は思ってくれていたのだ。
「お馬鹿さん・・・」
誰でもない、
今、一番辛い立場に居るのは幸村なのに。
「・・・仮に俺様が小十郎さんの所へ行ったとして、」
それでも佐助を思い、佐助の幸せを考えての解雇宣言だったのだ。
「もしも・・・伊達軍の忍びとしてあんたの前に現れたら・・・あんた、俺様の事、殺せるのか?」
「っ・・・・・・!」
正直、今の武田軍は弱小の一途を辿っている。
見限った方が賢明だって、わかっちゃいるのだ。
自分は忍びだから。
裏切る事に躊躇はない。
ないけれど・・・。
「俺様とあんたは一蓮托生だ・・・俺様がそう決めた」
この人は、この人だけは、別なのだ。

奥州のあの人が敵になる。

いつか、そんな日が来る事なんて。
わかりきっていた、事だから。
それでも。
その運命を知りながら捲られて来た季節の頁が。
「あんたが生涯最後の主になる・・・って、俺様そう言わなかったっけ?」
今まさに、落ちては溶ける粉雪みたいにふわりと消えてゆくのがわかった。
「佐助・・・」
「だから、あんたからは、離れないよ」
だから頼むぜ、大将。
そう言い残して佐助はその場を後にした。
これ以上この場に居たら、泣いてしまいそうな気が、した。



   * * *



別れは突然、
そして。

あっけないほど簡単に幕を閉じた。

幸村が政宗に宛てた書簡を佐助は奥州に届けた。
それで何もかもが、終わったのだった。

書簡に目を通す政宗の顔は、終始変わらず反応は見られない。
不思議と、その表情に驚きや落胆はなかった。
自分達がわかっていたように、政宗もまた、この幸せが永遠でない事をわかっていたのだ。
「・・・小十郎には?」
書簡に目を通した政宗が発した第一声が、それだった。
「・・・あんたから伝えといて」

もし今、会ったら。

どんな感情が巡り、どんな行動をとってしまうか。
全く予想出来なくて怖かった。
「会ったって・・・辛くなるだけ、じゃん」
「Ha、違いねぇ」
それに、次会えば討つべき対象者なのだ。
「・・・真田に返事を書く。部屋を用意させるから、今夜は泊まってけよ」
「・・・・・・了解、」
そんな政宗の申し出に、しぶしぶと佐助は承諾の返事をした。
本当はこんな所、一分一秒たりとも長く居たくはなかったが、直ぐに返事を書くと言い切れなかった政宗を思えば、そんな反論は到底出来るわけもなかった。


幸村と政宗、佐助と小十郎。
敵対したり、共闘したり。
いろいろな紆余曲折を経て、想いが通じ合った二組の恋路は。
まるで夢幻だったのかと思わせる程に潔くて、儚くて。
(さようならすら言えなかった・・・な、)
大きなため息をついて、佐助は窓の外を見上げた。
よく晴れた夜空は、こちらの心境などお構いなしで。
政宗の兜の装飾のような綺麗な三日月に、否応もなく切なくなる。
「小十、郎さん・・・」
声に出したら、ふいに視界がぼやけた。
頬を静かに伝う涙を拭いもせずに、佐助は夜空を見つめ続けた。
幸村に「小十郎の元へ行け」と言われた時、本当は。

・・・心が、揺れた。

昔の自分だったら、感情を持たない忍びの自分のままだったら。
迷わず、あっさりと幸村を見限っていた。
けれどそれが出来なかったのは、佐助に心が芽生えていたからだ。
愛情、友情、義理、人情。
忍びの道に入った時に捨てた感情を、佐助に取り戻させたのは小十郎だ。
「は、・・・ははっ」
そうか、そういう事か。
愛情、それは小十郎への想いの丈で。
友情、真田の十勇士や忍隊の仲間達。
義理・・・武田軍の同志達。
そして、主・・・真田幸村に対する、語り尽くせないほどの人情が、今の自分には・・・ある。
これらの感情に雁字搦めになって、だからこんなにも苦しいんだ。
「絶対に忘れないさ・・・」
楽しかった日々も、今の辛い想いも何もかも。
あの人に関する記憶は、忘れない。

好きだった、
本当に、大好きだったんだ。
好きで好きで、もうどうしようもない位に。
「大好き・・・、だ・・・よ」
ずっと。
ずっと愛してる、から。

空に浮かぶ三日月にそう言葉を乗せた時、

ことんと小さな音を立てて、背後の襖が動いた。
「!!」
頭の中が飽和状態だった為に反応が遅れた、佐助の視界に飛び込んできたのは。
「何で・・・・・・?」
会いたくて、会いたくて。
でも、今は一番会いたくなかった最愛の・・・
「小十郎、さん・・・」
何で、この人が、此処に・・・そう考える暇もなかった。
真っ直ぐに佐助の方へと歩み寄ってきた小十郎に、強く抱き締められる。
「っ・・・・・・」
遠慮も容赦もない、小十郎の腕の力に、佐助はゆっくりと瞳を閉じた。
大好きな匂い、暖かい胸の中、心地良く響く鼓動。
この先、もうこれ以上の幸せなんか、訪れる事は・・・絶対、ない。
いっそこのまま、この胸の中で死ねたら。
最愛の人のこの腕に絞め殺して貰えたら、今の幸せな自分は永遠になる。

そんな叶わない願いが頭をよぎった時、まるで佐助の考えが読まれたのかと思う程のタイミングで、現実に戻されるように、小十郎の腕から力が抜けた。
「・・・んっ・・・・・・ぅ、」
と同時に顎を掬い上げられ、唇を塞がれた。
いつも佐助がムカつく位の余裕を見せるその表情は、今日は欠片ほどもない。
「・・・んぅ・・・っ、は・・・」
言葉に出来ない憤りを全てぶつけるように、小十郎が荒々しく口腔深く舌を絡めてくる。
その獣じみた吐息に触発されるように、その背に腕を回した。
乱暴に押し倒され、強引に寝着を剥がれる。
「っ、あ・・・あっ」
性急に佐助の身体を弄る大きな手のひらも、胸にむしゃぶりつくその唇も、まるで余裕がない。
それでも。
教え込まれた身体は従順に快楽を感受する。
何度、こうして肌を重ね合っただろう。
「ぅあ・・・あ、んっ」
小十郎に全てを暴かれ、小十郎に全てを晒した。
時に甘く、時には乱暴に。
それでもいつも、そこには優しさがあった。
「っ、ゃああっ・・・」
必死に抵抗しようと頭をかき抱くも、逞しい体躯はびくともしない。
「ぅあっ・・・・・・あ・・・」
舌先の愛撫が胸から下腹部に移り、強い快感に目許が潤んでいくのがわかった。
遠慮も配慮も何もなく、小十郎の指が佐助の中に入ってくる。
「痛っ、・・・苦しっ・・・」
苦しそうに言葉を漏らす佐助の言葉には耳も貸さず、強引にそこを犯していく小十郎に、僅かな恐怖が芽生えた。
「んっ、あっ・・・ゃあ・・・」
有無を言わさず佐助を征服し、体内には指が増やされていく。
怖い、
苦しい・・・・・・でも、たまらなく、胸が締め付けられた。
ああ、そっか。
辛くて・・・いい、んだ。
もう、今の自分達に甘さは・・・いら、ない。
虚偽の優しさも、互いを思いやる快楽も、いらないんだ。
ただ本能のままに、獣の如く、貪り合って、いいんだ。
「んあああっ・・・」
一気に佐助から指を引き抜くと、小十郎は獰猛な先端を容赦なく突き入れた。
体内を抉られる痛みに、佐助が苦しそうに顔を歪める。
それを、苦しそうに見つめながらも、容赦なく小十郎は腰を強く打ち付けた。
「あっ、あっ、ぃやあっ、・・・んっ」
がくがくと揺さぶられる動きに翻弄されながらも、佐助は必死に涙で視界を遮られながらも、小十郎を見つめる。
「こじゅ、ろ・・・さん・・・っ」
「っ・・・・・・」
涙と汗でぐしゃぐしゃな顔で、必死に縋り付いてくる佐助の姿は、小十郎の僅かに残された理性を奪っていく。
「何か、喋っ・・・て、よ・・・っ・・・」
耳元に聞こえるのは愛しい人の声音ではなく、荒々しい息遣いだけ。

そんな、無言で辛そうな顔、しないでよ・・・。

ますます激しくなる律動に、再び佐助の意識は襲いくる快楽に持っていかれる。
痛かった・・・のは、身体だけではなかったのかもしれない。
佐助の身体を気遣うことすら出来なかった小十郎。
痛みも快楽も喜びも悲しみも、やるせない怒りも切なさも。
その身体を纏うありとあらゆる感情が、走馬灯のように駆け巡った。
これが最後なら。
お互いの身体を、想いを確かめる事しか出来なかったのだ。

そうか、
これで、最後・・・なんだ。

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