現代小十佐

□盗み見に御用心。
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「終わったで御座るぅううあっ!!」

終令のチャイムと共に、真田幸村は雄叫びを上げ、机に突っ伏した。



≪盗み見にご用心≫




「・・・ってまだ初日じゃねェか」

根っからの体育会系であるこの男、授業中はいつも襲い来る睡魔に必死で立ち向かっている。
だがそんな幸村も、今日から始まった中間テストという大敵を前にして、さすがにいつも通りとはいかなかった。
人一倍熱を入れている部活動も出来ず。
「明日もテスト、明後日もテスト。あー・・・だりィ、肩こるっつの」
「うぅ・・・テストなんて大嫌いで御座る・・・」
「腐んなよ、真田。テストが嫌いなのはオメェだけじゃねェよ」
そんな、不完全燃焼感丸出しの幸村を呆れたように見やり、長曾我部元親は大きなため息をついた。
泣いても笑ってもあと数日、
たった数日の辛抱なのだ。
「・・・そうで御座るな」
「今日も行くだろ、勉強会」
「無論!・・・今日は慶次殿のクラスで御座ったな」
元親の言葉に、力強く幸村は頷いた。



最初は幼なじみの同級生、猿飛佐助に勉強を教えて貰っているだけだった。
だが、気付いたらいつの間にか、一緒に勉強する仲間が増えていて、いつの間にか「勉強会」と名の付く・・・試験前には恒例行事となっていたのだ。
それは、嬉しい誤算だったと佐助は言う。
ただ机に向かい勉強するだけの、苦痛とも言える試験勉強期間。
仲間達と一緒に楽しく勉強する事で、勉強の大嫌いな幸村が、この勉強会を楽しむようになっていたからだ。
「んじゃ行っか、」
「はい!」
元親に促され、幸村が荷物をまとめて立ち上がる。
その時だった。


「幸村っ!」


酷く慌てたような声音が、人気もまばらな教室に響き渡った。
「慶次殿、丁度良かった、今そちらに向かおうと思っていた所で御座る」
息せきって姿を現した前田慶次に、幸村はのほほんと笑いかける。
(ったく空気読めよ、オメェの頭ン中はお花畑か)
そう心の中だけで突っ込みを入れつつ、元親は慶次を見上げた。
「・・・なんかあったのかよ?」
いつもお気楽な雰囲気を纏わせている慶次の表情が、いつになく強ばっているのだ。
その緊張がまるで伝わるかのように、元親も背筋を伸ばした。
「佐っちゃんが・・・」
「佐助が?」

次の慶次の言葉に、幸村と元親はその場に凍りついた。



   * * *



「カンニング?」
「佐助が・・・マジ?」


・・・所変わって慶次の教室。

慶次は勉強会へと集まってきた面々に、先ほど幸村達に伝えた内容を復唱していた。

「さっきさ、試験中に外がざわついた時あったじゃんか、」
同意を得る意を持ち、慶次が同じクラスの伊達政宗を見やった。

試験中だというのに、隣りのクラスが騒々しくどよめいたあの一瞬。
政宗のクラスの試験官までもが様子見に教室から出て行った時には、「何があったんだろうな」と、慶次は政宗とアイコンタクトをとっていたのだ。
「あれ・・・佐っちゃんがカンニング見つかって、職員室に連れてかれてたんだって」
そう説明を続ける慶次に政宗は、
「寝言は寝てから言えよ」
と頭から取り合わない。
そうすれば、普段の慶次からは想像も付かない眼光が政宗を捉えた。
そんな視線を回避するように、政宗が元親に振るように話し掛ける。
「・・・あの猿がそんな事するわけねぇよな」
「ああ、あいつ答案用紙に名前書き忘れて0点とった時だって、へらへら笑ってるような奴だぜ」
それに元親も同意するように声を発した。
「そんなのわかってるって・・・」
好戦的に慶次に向けられた二つの隻眼に、慌てて慶次は言葉を取り繕う。
「別に俺だって佐っちゃんを疑ってるわけじゃあないよ」
もちろん慶次だって、はなっから信じちゃあいないのだ。
だが、周囲の語る事実だけが、慶次の知る今の真実なわけで。
その真意を確かめたくとも、今の段階では何もわからない。
行き詰まり、悶々としたところで、ふと政宗が我に返った。
この息が詰まりそうな沈黙に、どうも違和感を覚えたのだ。

こんな、政宗達にとっても一大事なこの状況下で。

もっとも取り乱すべく筈の男の声が、一言も聞こえてこないのだ。

そうだ、幸村が騒いでいないのだ。
佐助を家族同様に慕っている幸村の事だ。
そんな有り得ないであろう事実を突きつけられて、心中穏やかなわけはないのに。
そう思い、政宗は周りを見回した。
・・・が。
そこに、幸村の姿はなかった。
「・・・真田はどうしたよ?」
幸村と同じクラスの元親は、政宗の隣りに居るというのに。
「職員室に講義に行った」
「行動早ぇな・・・」
間髪入れずに返答をよこす元親に、苦笑しながら政宗は肩をすくめた。
噂や証拠のない現実には惑わされない、気になる事があれば即行動へ移す。
「アイツらしいぜ・・・」
どうやら自分の心配は余計だったようだ。
そう思い、まだ誰も知らぬその事実を、幸村が持って帰って来るのを待つ事にしよう。
そう政宗が結論付けた、その時だった。
「無駄な事を・・・」
と。
冷たいともとれる呆れたような呟きが、背後からした。
「元就!」
それにいち早く元親が反応する。
いつから皆の話を聞いていたのか。
そこに居たのは。
佐助と同じクラスの毛利元就。

今、この面子の中で唯一、正確な情報を持っている人間だった。

「・・・仕方あるまい、」
「何があったんだよ、何だよ仕方ないって・・・」
「・・・あの状況では、な」
周りの視線を一手に引き受け、機嫌が悪そうに元就が席に着く。
「ワケわかんねェよ、佐助はシロだろ・・・」
「だから言っておるだろう! 仕方がないと・・・」
「何でだよ」
「何でも何も、あやつが・・・・・・」



・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。



「片倉殿ぉぉおぅあ!!」


その頃。
慶次から告げられた衝撃的な発言に、弾かれるように走り出した幸村は、職員室へと猪突猛進していた。
「『片倉先生』だ・・・うるせえ・・・」
ノックもせずに職員室のドアを乱暴に開け放った幸村に、片倉小十郎は激しく眉をひそめた。
「片倉殿おぉ〜っっ!!」
「だからうるせえっつってんだろうが!!」
周囲には目もくれず突進してくる幸村に、慌てて小十郎は立ち上がる。
幸村を職員室から追い出しつつ、小十郎はまた自分も周囲の視線から逃げるようにして、幸村を屋上へと連れ出した。



「佐助はっ、佐助は無実で御座るぅ・・・」


開口一番、幸村は小十郎にそう訴えた。
「ぁあ? 何だその事か・・・」
情報早えな、と小十郎は苦笑した。
幸村が口にした話題の人物 猿飛佐助は、小十郎が副担任を受け持つ生徒だ。
そして公には言えないが、・・・恋人でもある。
教師と生徒・・・もとより同性同士という背徳的な、この関係。
学校側に知られればいろいろと事だ。
二人は秘密に、その関係を育んでいた。

だが、佐助の幼なじみである幸村に知られた時に、小十郎の穏やかな生活は一変した。

佐助との仲が学校に知れる時は、幸村がうっかり粗相をした時だと、心からそう思っている。

腹は括った、クビになる覚悟はもとより出来ている。

だが。

今、身近に起こっている出来事は。

自分のクビ以前に、佐助の今後の高校生活、強いては恋人の将来に影響を及ぼすかも知れない一大事なのだ。
「・・・わかってんだよそんな事は」
二本目の煙草に火を付け紫煙をくゆらせながら、小十郎は無表情に大気に溶けていくそれを目で追う。
「だったら・・・っ!!」
「仕方ねえだろうが」
食い下がる幸村を、口早に制する。

試験の途中だというのに、佐助が試験監の教師にしょっぴかれて来た。
担任に引き渡され、そして生活指導の教師と共に、別室へと姿を消した。

佐助がカンニング?
そんな事、する筈ない。
佐助は無実、だ?
そんな事、今更 幸村に・・・いや、誰に言われなくてもわかっている。

けれど。

今回ばかりはどうしようもない、
「仕方ないとはどういう事で御座るかっ!?」
いくら副担任といえ、今回ばかりはどう頑張っても…佐助を庇ってはやれないのだ。

仕方ない、

何故なら・・・
「・・・自分で認めちまったんだから」



・・・・・・・・・。



「んで、佐助が彼女の答案用紙見てたら目があって、大声を上げられてカンニングがバレた、と・・・そういう事かよ」

とぼとぼと力無く戻ってきた幸村に、教室で待機していた面々は、一瞬言葉を失った。
「そう・・・佐助が言った、らしくて」
そう力なく告げる幸村の口調は、普段の彼からは想像もつかない程に暗い。
「マジかよ・・・」
「だから、先程から我がそう言っておるだろうが」
先程。
「仕方ない」と言い捨ててため息をついた元就から、聞かされた理由と同じ言葉を幸村が持って帰って来た事に。
ようやく元親の頭が、受け入れがたいこの事実を処理し始めたのだ。

頭に浮かぶのは、想像の光景。


『ちょっと! 何見てるのよ!!』

あの試験中の教室で。

『あ〜・・・やっば、見つかっちゃった〜』
そう言って、へらへらと笑う佐助。
そして、教室を出て行く姿。


(やべ・・・想像つくわ・・・)
元親はがりがりと頭を掻き毟った。
だが、あくまで想像がつくのは佐助が言いそうな言動だけ。
しつこいようだが、佐助がカンニング・・・なんて、はなっから信じちゃいないのだ。
そうなると、佐助がカンニングを認めた理由がわからない。
だが・・・
「Ha、だったらその、隣りの席の女が真犯人だな」
その時。
元親が思った事を、政宗がすんなりと言葉に出した。
「何故で御座るか」
「はぁ? そんなの決まってんじゃねェの・・・なぁ、」
何でおめェにゃわかんねーんだよ、
そう言いながら、元親は政宗を見た。
それに強く頷くと、政宗はニヤリと笑った。
「相手も佐助を見ていた、だから窓の外をちらっと見ただけの佐助と目が合った。そういう事だろ」
「なるほど!!・・・ならば直ぐに先生に・・・っっ」
瞬時に立ち上がり、身を翻しかけた幸村の腕を、政宗が強く掴んだ。
「まぁ待てよ」
「何故で御座るかっ!?」
「先公には言うなよ」
「だから何故っ・・・」
「理由があんだろ」
必死に政宗の腕を振り解こうとする幸村を、落ち着かせるように政宗が告げた。

「猿が、濡れ衣被った理由が・・・だよ、」



   * * *



「理由? そんなんないけど・・・」


その夜。
その日、校内を騒がせた話題の人物は。
仕事を終え、帰宅した小十郎を「おかえり、」と招き入れた。

言いたい事も、聞きたい事も、問いただしたい事もたくさんあった。
なのに、佐助はそれを「理由なんかない」の一言で片付けた。
せっかくの恋人同士の時間を、そんな昼間のネタなんかで雰囲気をぶち壊したくはない。
それは小十郎とて同じ気持ちではあった。
が。
流石に今日は、流されてやるほど小十郎は寛容な人間ではなかった。
「・・・てめえはいつから殉教者になったんだ?」
素直に心を開かない佐助に、その心情にどこか仄暗い気分になりながら、小十郎は眉を顰めた。
「てめえはやってねえんだろ、なのに何故否定しなかった」
「え〜? だってめんどくさいし」
「・・・・・・。」
「旦那達は信じてくれてんだろ? だったら・・・それでいいじゃんって思ったんだよね」
それに。
「別室でだけど、明日から試験も受けられるし、さ」
その後は自宅謹慎で、三日間学校行かなくていいし〜♪
って、なんか得した感じじゃない?
などと楽観的に呟く佐助に、小十郎は大きくため息をついた。
「俺にも言えねえのは・・・俺が教師だからか?」
と問えば、びっくりしたように佐助が即座に「そうじゃない」と否定する。
「本当に理由なんかないんだ・・・・・・ただ、」
「?」
「強いて言えば、必死だったから・・・かな」
佐助をカンニング犯だと、声を上げた隣の席の女子が。
「あの子、いつも頑張ってるんだよね」
休み時間も勉強している姿しか知らない。
友達と語らっている姿とかを、佐助は見た事がなかった。
どうしても行きたい大学があるのだとか、奨学金優待枠にかかりたいのだとか、そんな噂はちらりと耳にしていたけれど。
「神は二物を与えない・・・って言うじゃん?」
「は?」
「なのに俺様ってば顔良いし、頭も良いじゃん?」
にっと笑って同意を求める佐助に、小十郎は思わず「自分で言ってんじゃねえ、」と突っ込みそうになって、何とかそれを心の内に留める。
「・・・彼女、さ・・・どんなに頑張っても、試験順位で俺様に勝った事なくてさ」
そんな冗談を遮断するかのように、小十郎の眉間の皺が深くなったのを黙視し、佐助が苦笑しながら小さく息を吐き出した。
「俺様嫌われてんだよ、きっと」
「つまらねえ僻みだな」

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