現代小十佐

□サマーナイトタウン
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あんたには叶わない。

どんな笑顔を見せても、心の中が読まれてそうでさ。
大人ぶった下手な笑顔じゃ・・・この心は、隠せない。
あんたのその、大人な余裕が気に入らないんだ。
あんたなんか嫌いだ。
大嫌い、大嫌い、大嫌い・・・・・・嘘、

・・・・・・大好き。



≪サマーナイトタウン≫




「真夏のバレンタイン、か・・・」

付き合ってから改めてわかった事なのだが。
猿飛佐助の恋人、片倉小十郎は。
・・・完全なる仕事人間だった。
佐助が密かに期待していた、恋人らしいイベントは、悉く反故にされてきた。
去年のクリスマス、年越し、そして年明けの初詣。

普通でない、男同士という背徳的な関係。
それでも、普通の恋人らしい事に少しだけ憧れていただけに、佐助の心は卑屈になりかけていた。

小十郎から一通のメールが届いたのは、その矢先の事だった。

ようやく冬休みが取れた、と。
どこか出掛けるかと問われ、
『寒いから家を出たくない』
そう返信したのは、ちょっとだけ意固地になり、拗ねた自分のつまらない負の感情から、だった。

・・・・・・が。

「まさかこんな事になるなんて・・・さ」

佐助は今、何故か真夏のオーストラリアに居た。
『じゃあ寒くない所にでも行くか』
まさか、小十郎が佐助の嫌味を真に受けるなんて、思ってもいなかったのだ。

小十郎が取れた冬休みは、僅か5日間。
往復に2日費やし、残りの3日はここでバカンスだ。
「びっくり・・・だよ、ね」
サンセットビーチに灯りの映えるオペラハウス。
海岸線で、佐助はひとり、その景色を眺めていた。
小十郎は・・・きっと今頃、夢の中だ。
やはりまとまった休みを得るのに、そうとう無理をしたのだろう。
旅行前夜すら会社に泊まり込みで、今日も空港の出立ターミナルで待ち合わせだったのだ。
そして、着いたら着いたで、今日はかなりのハードスケジュールだったから。
ホテルにチェックインした後、ゆっくり休む間もなく周辺観光へと繰り出した。
たくさん歩いて、いろんな箇所を周って。
そうしてホテルに戻った後は、さすがに疲れたのだろう、佐助でさえも軽く疲れたのだ。
だから、ソファにゆったりと腰掛けた小十郎から規則正しい寝息が聞こえ始めるのに、そう時間は掛からなかった。
「馬鹿だよ・・・あの人、・・・」

ただ、一緒に居たかっただけだった。

毎日毎日遅くまで働き詰めで、せっかく取れたまとまった休みなのに。
小十郎は佐助の想いを見透かした上で、佐助の為にと行動をとってくれたのだろう。
・・・そりゃ嬉しいけれど。

でもこんなのは、決して望んでいなかった。

我が儘なんか、言ってないと・・・自分では、思っていた。
けれど。
卑屈な自分の一言が、今回の旅行を招いてしまった。
あの時、
小十郎の家に泊まりに行きたいと、テレビを見たり、ゲームしたり・・・5日間ごろごろしてさ、まったり過ごそうよ、と。

何故素直に言えなかったのだろう。

付き合って、もうじき一年になる。
佐助にとっては初めてのバレンタインであり、そして生まれて初の海外旅行でもあった。

なのに、こんなにも気が重い、心苦しい。
好きな人に無理をさせたいわけじゃなかったのに。

大切な人を気遣えないなんて・・・・・・最低、だ。



   * * *



「佐助」
「小十郎さん・・・」
どれぐらい、ここでぼうっとしていただろうか。
突然背後から掛けられた声に、佐助はゆっくりと振り向いた。
気が付けば、夕焼け掛かっていた空は闇に染まり、色とりどりのネオンが建物を包んでいた。
この人は・・・少しはゆっくり休めただろうか。
まだ、少しだけ目の下に隈を残す小十郎が心配になった。
「ひとりで出るな、危ねえだろうが」
「平気だよ、・・・女じゃないんだから」
「馬鹿野郎が。ここは日本じゃねえんだよ」
日本じゃなければなんなのだ、
そう言いたげな佐助に、小十郎はちっと舌打ちをした。
まだ、日本なら。
ひったくりや通り魔、そういった類の心配だけしていればいいかも知れない、命の危険だけ、念頭に置いておけばいいけれど。
この国は。
まだ法的にこそ認められていないが、パートナーシップ法は既に成立している。
同姓婚の合法化を求める声も高く、そういった意味ではこの国は、同性同士の恋愛に対して、かなり寛容なのだ。
そんな中で、佐助をひとりにさせるのは、かなり危険なのだ。
佐助に惚れこんでしまった自分の色眼鏡かもしれない。
だが、それでも・・・。
こいつは全然わかっちゃいねえ、そう思う。
自分がどれだけ魅力的なのか、少しもわかっていない。
命の危険だけでなく、身の危険も少しは考えてくれ。
思わずそう言いたくなる。
そんな小十郎を嘲笑うかのように、自分達とオペラハウスの間を通過していく船上レストランの豪華な姿に、その光景に、佐助は目を奪われていく。
「綺麗だね・・・」
「ああ、」
「テレビでしか見た事なかったからさ、やっぱ現実は圧巻・・・ってね」
気が付けば、佐助がひとりで佇んで居た筈のこの場所も、ちらほらと恋人達の姿が覗える。
きっとあの船の中も、きっと恋人達でいっぱいなんだろうと、安易に想像が出来た。
こんな、お約束通りの夜景の綺麗な場所。
そりゃあデートスポットにもなるよな。
「・・・じゃあ、明日は船上ディナーとでも洒落込むか?」
「いいよ、ホテルのルームサービスで・・・」
仁王立ちのまま、小十郎は佐助を見下ろし眉を顰めた。
・・・興味津々、そう佐助の顔に書いてあるのに。
何ともまあ色気のない発言だ。
「遠慮すんな。船で飯食った事なんてねえんだろう?」
「そりゃそうだけど。・・・・・・って、小十郎さんは、あるんだ」
「まあな」
「・・・そっか、」
去年は、いやそれ以前も。
小十郎は、その時付き合っていた恋人と、ここへ来たのだろうか。
その人と、どのような時間を共有し、どんなふうに過ごしたのだろう。
きっと、ネガティブ思考に陥っている自分と共有する時間とは違い、甘くて楽しい時間を過ごしていたんだろうな・・・。
そう思うと、何故か酷く胸が締め付けられた。
今、此処にこの人と居るのは自分で。
自分は彼の恋人、なのに。
「なんだjealousyか?」
そんな佐助の心境を見破るかのように、小十郎がにやりと笑う。
「違います・・・つか政宗みたいな喋り方やめろよ」
上から目線の笑顔に、佐助はハッと失言に気付く。
我ながら女々しい発言をしたと、後悔した。
政宗をだしに責任転嫁を試みるが、無駄に終わった。
小十郎の意味深な笑みは、更に深まるばかりで・・・。
「なんだ意外と可愛い事気にするんだな」
「だから違うってば・・・」
気にしてる・・・わけじゃない、
これは、ただのヤキモチで・・・って、あれ?
考えている事と希望的思考の矛盾に突き当たった。
何も言い返せなくなり俯いてしまった佐助に。
まったくしょうがねえな、
そう思いながらも、その仕草が可愛くて仕方ない。
その赤らめた顔の表情を見てやろうと、ゆっくりと小十郎が佐助の頬に手を伸ばすと、その身体が過敏に強張った。
そのまま俯いた顎を掬い上げようとして・・・
小十郎の手は、あっさり佐助に振り払われた。
ほんのりと目許を染め、それでも勝気に睨みを効かせようとする佐助は、壮絶に可愛くて。
思わずその場に押し倒してしまいたい衝動にかられた。
けれど、そうなってしまったら、この意地っ張りな男はてこでも動かない。
機嫌を損ねてしまったか・・・と苦笑しながら、人ひとり分の間を開けて、佐助の横に小十郎が腰を下ろした。
さて、どうやって機嫌を直すかな。
そう小十郎が考えていた時。
・・・佐助は佐助で、同じ事を考えていた。
どうやって、どのタイミングで、張った意地の鎖を解こうか、と。

「・・・・・・。」

さっき、素直になれなかった自分を悔いた筈なのに。
ああもう最悪だ。
この人を連日独占出来る事なんて。
年に何回あるかの奇跡を、自分は無駄にしている。


自分の中に、素直になれないもうひとりの自分が、居て。


可愛くなれない。
伸ばせば手の届く距離。
けれど、伸ばさなければ、決して届かない距離。

この人の腕に飛び込みたいのに、意地張って。
素直になれずに、どんどん泥沼にはまっていく。
悔しいのやら悲しいのやら・・・わけのわからない感情が湧き上がり、じわりと涙腺に熱いものが込み上げてくる。

「おい、」

その時だった。
突然肩に置かれた力強い腕に、佐助がハッとする。

さっきは振り払ってしまった、大好きな・・・温もり。

自分と小十郎との、人ひとり分の、距離。
手を・・・伸ばさなければ届かない距離。
それを、歩み寄ってくれたのは、この人だった。
ぎりぎりの所で零れ落ちずに留まった涙だったが、今にも頬を伝ってしまいそうになる。
「見んなよ・・・」
言葉を紡ぐ、その唇に熱い視線を感じる。

唇・・・見つめない、でよ。
心の中が読まれそうだ。
大人ぶった笑顔はもう作れない。
飄々とした顔をいくら作っても、もう心は隠せない。

そんな自分が大嫌いだ。
そして、そんな自分を何も言わずにただ見つめてくる小十郎も。
大嫌い、大嫌い、大嫌い、・・・・・・
「・・・大好き。」
虫の息ほどの小さな声で呟いた。
「え・・・・・・?」
聞き返す小十郎、だけどもう、同じ言葉は言えない。
いつも、素直になれなくて、ごめん。
素直に旅行に連れて来てくれた事を喜べない自分で・・・ごめん、
「無理させて・・・ごめん、ね・・・って言ったんだよ」
ありがとうが言えなくて。
好きだとも、言えなくて。
ごめんとしか言えなくて・・・ごめん。
「無理なんてしてねえよ」
てめえの為にする無理なんか、どこにもねえ。
そう付け足されて顔をあげれば、そこにあるのは優しい笑顔だった。
その顔がゆっくりと近づいてくる。
反射的に瞳を閉じる、キスされた。
それはとても甘くて。
感情的な部分だけでなく、味覚的にも酷く・・・甘い。
「何・・・食べてきたの」
唇から伝わった甘ったるい味にそう問えば、
「冷蔵庫に入ってたやつだな」
至極普通にそう答えが返される。
「え・・・・・・?」
冷蔵庫に入ってたやつって・・・。
「っ・・・!!」
バレンタインデーに、小十郎に渡すつもりで持ってきた・・・チョコレート。
だが、長時間もの間、鞄の中で温め続けられ、それに加えこの高温の国で、せっかく用意したチョコレートも、無残に変形してしまったのだ。
こんなの、とてもじゃないけど渡せない。
そう思いながら、かと言って常温で放置するのも憚られた為、とりあえず冷蔵庫に突っ込んでおいた。
帰る時に、人知れず捨てるつもりだった。
なのに・・・。
「旨かったぜ」
手作りか?
あまりにも普通に小十郎がそんな事を言うものだから。
次の瞬間、佐助は思わずしがみつくように小十郎に抱き付いていた。
「人の物・・・勝手に食うな、よ・・・」
「そりゃ悪かったな、てっきり俺の物だと思ってたんだがな」
「っ・・・。」
「有り難うな、」
勝気で、天邪鬼で、意地っ張りで。
けれど、そのくせ後になって自己嫌悪に陥る・・・素直になれない自分を悔いて。
でも、そんな佐助が何よりも愛しいと思う。
もう一度、佐助に触れるだけのキスを落とし、小十郎は自分の腕の中で力を抜いた佐助の身体を、強く抱き締めた。

「明日は・・・ドライブでもするか?」
「・・・国際免許持ってんの?」
「ああ」
「・・・・・・あ、そ。」
・・・今更何言われても驚かないけど、ね。
「どこか行きたい所とかあるか?」
「う〜ん、そうだなあ・・・」
小十郎の問いかけに、一応考えてみる素振りを見せる。
だが、ある意味サプライズだった今回の旅行に、事前にスポットチェックなどもしていなかった為、佐助はすぐに答える事が出来なかった。
というか。
何処でもいいんだ、本当に。
「行った事ないとこが、いい、かな・・・」
小十郎と一緒なら。
本当は、何処だっていいんだ。
「てめえ海外自体、初めてだろうが」
別に迷っても構わないし、・・・あんたが一緒なら。
むしろそれも面白い、だからあんたも知らない所がいい。

そう伝えれば。
「変な奴だな」
呆れたように、小十郎が笑った。



― End ―

バレンタイン企画、
【モー/ニン/グ娘・サマーナイトタウン】でした。
タイトルが夏だったんで南半球に飛ばしちまいましたが・・・(^_^;)

素敵なリクエストコメントを有難う御座いました♪


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