戦国政佐

□孤独が愛が天を射し
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『俺様たった今、あんたの事が嫌いになったよ』


そんな何気ない戦の中での一言に。

あの時。
あんなに心が沈んだのは、一体何だったのだろう・・・。




   ≪孤独が愛が天を射し≫




新月の夜は、何故かとても心細くなる。

月明かりの見えない真っ暗な夜。
その闇に、存在そのものを吸い込まれ、消し去られてしまいそうな錯覚に陥る。

夜に明かりなどいらない、暗闇だけで十分だと。

無自覚のうちにざわめく心を鎮めるように、伊達政宗は大きく息を吐き出した。

月と自分を重ね合わせているつもりはない。
だが、まるでお前など必要ないと言われているかのように感じてしまう事がある。
否応なしに、背筋を冷たい汗が伝うのがわかった。

そんな暗闇を、その沈黙を破ったのはほんの一瞬だった。

「竜の首、頂きました・・・っと」

気配を察知した時には、時既に遅し。
政宗は、背後から首筋に冷たい切っ先を突き付けられていた。
構わずその正体に振り返ろうとすれば、
「ちょっ・・・危ないな、動かないでよ」
と焦ったようにクナイを床に落とす、鮮やかな髪色の忍びの姿が視界に入った。
猿飛佐助。
これから殺そうとする相手に向かって「危ない」とはまた酔狂だ。
政宗はくつくつと笑った。
「やっぱ俺様・・・あんたの事が嫌いだよ」
「てめぇに嫌われても痛くも痒くもねぇよ」
そう言いながらも、慈しむようにその茜色の髪に指を伸ばすと、ふてくされていた表情が、柔らかな笑みに変わる。
「くすぐったいって・・・・・・あ、これ。真田の旦那から果たし状ね」
「ha,またかよ・・・懲りねぇなアイツも」
「とか言って本当は乗り気なくせに」
「うるせぇな・・・洗脳されたくねぇんだよ」
「?」
「アイツと居ると馬鹿と熱血がうつる」
「ちょっと。それは聞き捨てならないな、旦那の悪口は許さないよ」
やっぱりあんたは嫌な奴だよ、
あんたなんか、旦那の槍にぶすっとひと思いに刺されちまえ。
そう毒づく佐助に、「それもいいかもな」と政宗は自嘲めいた笑みを浮かべた。

・・・・・・自分など。

殺された方が、この世にいない方がいいのかと、考えてしまう事がある。

今更、誰に嫌われたって構わない。
誰に憎まれたって怖くない。

「とうの昔に・・・愛情なんか捨てたからな」

少なくとも、実の母親に毒を盛られる・・・程に憎まれていた。

自ら産み落としたくせに。

それ以上に打ち拉がれる事なんて、後にも先にもきっと、それだけだ。

「ほんと・・・腹立つよ、孤独に慣れてますみたいな言い方とか、愛情は捨てたとかさっ」
やがて。
しばらく黙って政宗の物言いを聞いていた佐助が、不機嫌そうに口を開いた。
「・・・・・・。」
「自分見てるみたいで・・・・・・苛つくんだよ、ほんと・・・」
言葉とは裏腹に、胡座をかく政宗の正面に移動し、その両頬をむにっと抓った。
「っ・・・何すんだよ」
「孤独が寂しいくせに」
「!!」
「ほんとは誰よりも愛情に飢えてるくせに・・・・・・・・・っん」
言いかけた言葉は、政宗の唇に吸い込まれた。
「・・・・・・・・・は・・・ぁ、」
深く舌を絡めとり、口腔深く、佐助を味わう。
何度も何度も角度を変え、それを繰り返して、ようやく政宗は佐助から唇を離した。
ほんのり目許を染めて、とろんとした視線を湛えて俯く佐助に、たまらなく愛しさが込み上げてくる。
「寂しくなんかねぇよ」
「・・・嘘、意地張っちゃって・・・」
何を言われても、倍にして言い返してやる自信があったのに。
「嘘じゃねぇ、今はアンタが居るからな」
「っ・・・・・・」
予想だにしなかった政宗の直接的な感情表現に、佐助は思わず絶句する。
政宗の胸に顔をうずめ、そのまま動かなくなってしまったのは、照れた顔を隠す為か。
「ああ、でもアンタも俺の事が嫌いだったな」
からかうように毒づいてみせれば、顔を赤く染めたまま、佐助が上目遣いで睨んできた。
「お馬鹿さん・・・」

嘘に決まってんじゃん・・・。

そりゃまあ・・・政宗が川中島に乱入して来た時は。
同盟も結んでなかったし、上杉の大将との戦いの邪魔をさせないように、伊達軍を食い止める為に敵対したけど。
「嫉妬・・・したんだよ」
「What?」
「妬いたの、悪い?」

俺様が目の前に居るのに。

真田幸村を出せって、居場所を言えって連呼するあんたに腹立ったんだよ。
「馬鹿だな・・・アンタ」
いつになく素直な佐助に、政宗の心の奥底もじんわりと温かくなっていく。
「どっちがだよ」
相変わらず、可愛げのない物言いだけれど。
素直に自分の胸に体重を預ける佐助に、その重みが。
孤独などあっさりと払拭されてしまう。
「I’m not lonely・・・」

今、腕の中に居る愛しい人を強く抱き締めながら、政宗はその隻眼で月のない夜空を強く射抜いた。


― End ―

■ 2012/03 企画部屋より再掲。


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