戦国政佐

□Misunderstanding-誤解-
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真田の旦那に呼ばれた。

「どしたの〜?」
いつものように、天井裏からふわりと姿を現して、猿飛佐助は主の違和感にふと首を傾げた。



≪Misunderstanding≫




佐助、奥州に遊びに行きたいか?

と。
真田幸村は座を正してそう言った。
「・・・え・・・・・・?」
余程の事がない限り。
真田幸村は普段、自室では座を崩し楽にしている。
そんな幸村が、自分の忍びである佐助の前で、正座までして言った言葉の内容に、佐助は正直 面食らった。
(つか、それって正座して言う程の事かよ)
思わずそうツッコミそうになったが、何故か酷く神妙な面持ちの幸村を前に、佐助は何とか言葉を留めた。
「何また手合わせ? 」
・・・全く、
どんな重大な密命が下されるのかと緊張しちまったよ、
そう心の中で呟きながら、佐助は大きく息を吐き出した。
「いつもの事じゃん、そんなのいちいち確認しなくてもちゃんとお供しま・・・
「そうではなくてっ!!」
「?」
突然ばんっと床板を叩き、幸村が佐助の言葉を遮る。
(え、何・・・・・・?)
この人なに苛々してんの?
俺様なんか怒らせるような事、言った・・・?

「いくら鈍い俺とて、それ位は解るのだぞっ!」

次の瞬間、佐助が不思議そうに見つめていた主の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
その感情推移の理由が、佐助には全くわからない。
でも、怒りの矛先はどうやら自分ではないようだ。
完全に赤面しちゃってるし・・・一体どうしちゃったんだよ、旦那。
「す、す、すっ・・・」
「す?」
「すっ、すすす好いておるのであろうっ!?」

「!!」

・・・およそ主の口から出る筈のない言葉を聞いた瞬間、思わず佐助は言葉を失った。
自分でも取り繕う事が出来ない程にその顔は、幸村とは対照的に青ざめていった
事に、佐助は全く気付いていなかった。



   * * *



「今日は片倉殿に・・・お話したい事があるで御座る」


幸村と佐助のそんなやり取りが合った翌日。


「俺に・・・?」
てっきりいつも通り、奥州の筆頭と手合わせに来たものだと思っていた片倉小十郎は、そんな幸村の一言に驚きを隠せないでいた。
「しかし・・・」
人払いをして話がしたいと言う幸村に、小十郎の表情は困惑から戸惑いに変わる。
「行けよ、小十郎」
そんな小十郎を後押ししたのは言わずもがな。
小十郎の主にして奥州を束ねる、伊達政宗その人だった。
その隻眼には、明らかに「面白そう」な色が浮かんでいるのは明白で。
「・・・では」
諦めたように溜め息をついて、小十郎は立ち上がった。
「猿飛、政宗様を頼む」
「はいは〜い、」
そう言いおいて、幸村を促して二人は主の部屋から姿を消していった。



・・・・・・・・・。



「・・・・・・、」
「・・・・・・。」

そもそも主に恵まれたなあ、と。
そう自覚した時に、一生分の幸せと運を使い切ったのだと佐助は思っていた。

だから。

想い人とふたりきりになる、
こんな日が来るって事もあるのだと、そうわかっていたら。
もうちょっと対人処世術でも学んだのに。
「・・・何か喋れよ」
「あんたが喋れば?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
・・・保たない。
とにかくこの間が気まずいのだ。
(参ったなあ・・・)
嬉しくない事はない。
だが実際こうなると、何を話したらいいのかわからない。
(そりゃそうか・・・)
顔を合わせれば喧嘩しかしてこなかった、そんな自分達だ。
政宗との数少ない会話らしいものを思い出そうとしてみても、本当に笑っちゃう位に政宗の偉そうなしかめっ面しか出てこないのだ。

それにしても。
相当鈍感だと思っていた真田幸村が、佐助の内に秘める心情を敏感に感じ取っていた事には、改めて驚かざるを得ない。
「おい、」
「ん〜?」
「真田の話って何だよ」
「さぁ・・・俺様が知るわけないだろ」
真田の旦那が、政宗と自分を二人きりになれるよう膳立てしてくれたんだぜ、などとは口が裂けても・・・言えない。
「・・・・・・、」
「・・・・・・。」
大体なんで、こんな偉そうな奴が気になって仕方なくなっちゃったんだか。
元来、自分はいつも、ただ真田の旦那にくっついていただけ・・・なのに。

わからない。

旦那達の手合わせだって、ひいては武田軍の技術向上の為と思いながら、真田の旦那を見てた。
真田の旦那だけを見ていた・・・筈、だったんだ。
なのに。
いつから自分の視線の先は変わったのだろう。
二双の槍を振るう旦那じゃなく、六爪を翳す隻眼の竜を、いつしか眼差しは追うようになっていた。

わからない、

だって、気が付いたらそうだったんだ。

ともあれそれを自覚した瞬間、佐助の中で何かが壊れたのだ。
そして、あの幸村にすら見切られるような態度を、自分はとっていたのか?
そう思うと、焦りも出てくる。

実際、今がそうなのだ。
今、自分は自分らしく居られているだろうか。
不自然な感じはないだろうか。
そんな事ばかりが、気になって仕方ない。
「・・・・・・、」
「・・・・・・。」
だって、どうしたらいいかわからないんだ。

政宗を前にすると、うまく立ち回れない。

まさかそんな感情が自分に芽生えると思わなかったんだから、仕方ないじゃん。
などと開き直ってみせようにも、結局の所、この気まずい状況は全く変わらないのだ。
「ま、これはchanceってヤツだよな」
「ちゃんす?」
沈黙という重圧に押し潰されそうになった時、
「いい機会だっつったんだよ、猿・・・・・・はっきりさせようぜ?」
ようやく会話の糸口を見つけたのか、政宗が静かに口を開いた。
「アンタ、何で俺の事が嫌いなんだ?」
「え・・・・・・?」
「理由もわからず嫌われて、こっちはずっと、むしゃくしゃしてんだ」
そう言われて佐助の思考が一瞬真っ白になった。
嫌いって・・・
「誰がそんな事・・・」
この男は、一体何を、言ってるんだろう。
こっちは今、あんたとふたりきりで、心臓がバクバクしてんだよ、
それを隠そうと必死になっているというのに。
嫌い・・・?
なんでそんな、真逆の感情を持っていると思われてるんだろう。
「Ha、アンタが言ったんだろ」
「そんな事言ってな・・・
「言っただろ、川中島で」

「あ・・・・・・」

川中島。
その地名を聞いた時、佐助は僅かに身体を強ばらせた。

「俺のどこが嫌いなのか言ってみな」

・・・思い出した。

あれは武田と上杉がやり合ってた時のことだった。
突然乱入してきた伊達軍を食い止める為に、佐助は幸村から離れ、・・・政宗と対峙したのだ。
きっと、その時の事だ。
俺様あんたが嫌いだよ、と。
そう言ったのを、確かに思い出した。

「あれは・・・・・・っ、」
誤解だ、
そんな意味で言ったんじゃない、
幸村とはフェアな勝負を楽しむくせに、武田と上杉の楽しみはぶち壊すのかよ、と。
そりゃ野暮だろ、と。
そう言いたかった、だけだったのだ。
だが投げかけようとした反論は、言葉になる事はなかった。
「?」
突然口を閉ざした佐助を、政宗は不思議そうに見つめる。

誤解。
誤解、だけど。

誤解を解く?
解いて・・・どうする?
そもそも、自分は何を望んでいるのだろう。

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