戦国政佐

□三日月が溶けたら。
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嫌い嫌いも好きのうち。

そんな言葉が巷じゃあるとかないとか言うけれど。

・・・正直、意味がわからない。

だって。
嫌いなものは嫌いだろう・・・?


≪三日月が溶けたら≫




奥州青葉城。

澄み渡る空と、嬉々として雄叫びを上げながら手合わせを楽しむ蒼紅主を横目に、猿飛佐助は大きなため息をついた。

此処にはよく、武田の遣いで訪れていた。

だが、こうも頻繁に来るようになったのは、つい最近の事だった。

佐助の主である真田幸村が、この奥州の君主、伊達政宗と知り合ってから。
ことここにくるまでは、敵同士だった筈の二人だ。
だが、織田軍討伐という大きな目的の為に仮初めの同盟を結んだ時、その均衡が崩れた。

元来、幸村にとって伊達政宗は…好敵手であると同時に、ある種の崇拝対象なのだろうと佐助はそう思っている。
歳が近いのに、一国の殿様であり、武田信玄と対等に話が出来るこの男に、幸村は憧れと羨望、そして少しの嫉妬を持っているのだ・・・と、佐助は思うのだ。
とは言え、甲斐から奥州への道のりは遠い。

正直めんどくさい、だるい、かったるい・・・。

率直にそうは思いつつも、楽しそうに手合わせに没頭する幸村を見ていると、まあいっか〜・・・などと思ってしまうあたり、自分も大概過保護だなぁと佐助は思うのだった。



・・・・・・・・・。



奥州に訪れる時は、必ずその日は宿の世話になる。

今宵も二人は宴の席で、盛大なる歓迎ともてなしを受けていた。

毎回毎回鬱陶しいんだよな、

本心では・・・そう思う。
こちとら遠路はるばる遠乗りして来て、更には旦那は政宗と手合わせなんてして、限界まで体力使ってさ。
夜くらい、ゆっくり休ませてやってよ。

・・・つか自分らが騒ぎたいだけじゃん。
口実にうちの旦那使わないでくれる?

つい、そう言いたくもなる・・・のだが、いかんせん当の幸村は『自分の為に開かれる宴、歓迎される事への喜び』に、当然の如く毎度はしゃいでいるわけで。

あんた、利用されてんだぜ・・・?

と。
教えてやりたいところではあるが、凄く楽しそうな幸村を見ていると、それを言うのも本意でないな、と佐助はそう思うのだった。
幸村に気付かれないよう、静かに部屋を後にする。
目の前の縁側に腰掛け、そこでようやく一息ついた。


人前は苦手だ。


というより、佐助は忍びなのだから、人前になど姿を見せる方がおかしいのだ。
そもそも自分の本当の姿を知っているのは、主たる幸村ただひとりでいい。
なのに、幸村は常に佐助を日の目に晒そうとする。
ひとりの人間として扱い、衣食住を共にしようとする。

いつしか奥州のこの毎度の宴会ですら、自分の為の席まで設けられるようになり、佐助は心底.忍びたる自分の在り方に嫌気がさしていた。

幸村と居ると、自分が忍びで在る事を忘れてしまいそうになる時がある。

それでも、自分ですらうっかり忘れてしまいそうになっても、佐助は忍びなのだ。
「あんまり・・・関係の垣根を曖昧にしないでくれよ、な・・・」
ぼんやりと、空に浮かぶ三日月を眺めながら、佐助はそう呟いた。



・・・・・・・・・。



どの位の時間、ぼんやりとそうして居ただろうか。

それほど長い時間ではないと思う。
宴の最中に席を外した佐助が、そうそう長くひとりの時間を楽しめるわけもないのだ。
何故ならそれは、いつもの事だから。
そしてそれは、かたんと音をたてて背後の襖が開かれた時、終わりを告げるのだ。
背後からした聞き慣れた音に、小さく息を吐いて佐助は立ち上がる。
「もう御開きかい?」
ゆっくりと振り返れば、そこには政宗の側近、片倉小十郎が、
「ああ、てめえの主が・・・な」
そう言って、ニヤリと笑った。
促されるように佐助が部屋へと入れば、そこには予想通りの主の姿。
「あらら・・・本当に容赦ねぇな〜・・・」
泥酔し、床にぐったりと横たわる幸村に歩み寄りながら、佐助はその隣りに居る人物を軽く睨み付けた。
「は、飲み比べ勝負挑んで来たのは真田だぜ?」
「そんなの断ってくれよ・・・」
旦那が下戸なのは、あんただって重々承知だろ。
そう文句を付ければ、政宗はご機嫌に笑う。
その顔は、ほんのりと色付いている。
今日も平和に一日が終わり、愛すべき部下達に囲まれながら、好敵手と酒を酌み交わす。
そんな些細な幸せが政宗を上機嫌にさせるのだ。
「じゃあ・・・俺様達はおいとまするよ」
衰える事無く飲み食いを続ける奥州の強者達に見つからないよう、佐助は小声で政宗に告げた。
がさつそうに見えても、しっかり教育されている政宗の部下達は仁義と礼に厚い。
幸村がどんな状態であれ、部屋を後にしようとすれば、間違いなく宴を中断させ見送ってくれる連中だから。
お楽しみの邪魔をするのは本意でない、
それは、きっと幸村とてそう考える筈だから・・・。
「それじゃ、またね〜っと」
幸村を背負い、佐助が部屋を後にしようとした時、
「後で来い」
そう、小声で政宗が呟いた。



・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。



つまらない事を、考えた。

幸村を部屋まで運び、布団に寝かしつけてから、佐助は先程の政宗の言葉を頭の中で反芻させていた。

『後で来い、』

そう言われても。
・・・どうやって行けばいいのだろうか、なんて初歩的な事を。

いつも、任務で政宗の部屋を訪れる時、佐助は屋根裏や窓から忍び込む。
今日みたいな、幸村の護衛の時に、政宗の部屋を訪れた事は・・・ない。
「・・・・・・。」
さて、どうするべきか。

なんて。
そんなくだらない事を真剣に考えている自分にふと気付き、佐助は失笑した。
本当にどうでもいい事だ。
別に、任務だとか護衛だとかは関係なく・・・その時、一番早くて楽な手段を。
ただそれだけの事だ。
佐助は幸村の居る部屋を後にし、廊下を辿り、正攻法で政宗の部屋を訪れた。

「・・・来たけど」
入出許可もそこそこに、襖を勝手に開くと、佐助は政宗の前へと歩み寄った。
目の前には、此の地のほろ酔い領主が相も変わらず杯を傾けている。
「何なのさ、」
まぁ座れよ、
そう視線で命令してくるその隻眼を無視し、佐助は政宗を一瞥した。
対になっている空の杯に酒を注ぐと、政宗はそれを佐助の方に差し出した。
「・・・用がないなら戻るぜ」
差し出された酒を受け取りもせず、仁王立ちしたまま、佐助は不機嫌に眉を顰めた。
「大衆の前じゃ呑めねぇんだろ? 労ってやってんだ、素直に受け取りな」
「はぁ? 冗談」
「なら・・・真田を叩き起こしてきな」
「ふざけんな」
「じゃあ、てめぇが相手しろよ」
何その横柄な態度、
労ってやってるだ?
笑わせんな、
自分の主ならともかく、何で赤の他人のこの男に労われなければならないのだ。
しかも威圧的に・・・だ。
「・・・相手が必要なら、右目の旦那にしてもらえばいいじゃん」
そりゃあ、真田の旦那の歓迎の宴で、主賓がいち早く潰れて離脱したわけだから、政宗の言い分もあながち無茶苦茶な口上ではない。
とはいえ、サシで誰かと飲み明かすつもりなら、佐助や幸村なんかより、奥州の荒くれ達、・・・そしてそれを統括する小十郎の方が、此処の誰よりよっぽど酒に強そうなのに。
先程、
大衆の前では佐助は呑めないだろう、と政宗はそう言った。
その言い方は気に食わなかったが、政宗は佐助を幸村の付き人ではなく『客』だと思ってくれているのだろうか。
立場上、もてなされる事を定石外とわかっていて、政宗の自室に招いたのだろうか。
だとしたら・・・。
いち忍びなんざに気を遣わせてしまって申し訳ない、
そう言おうとした佐助の言葉は、政宗の横柄な物言いに、またしても息を顰めた。

「てめぇは主の代理すら出来ねぇのかよ」

人が、
せっかく、
素直に礼を尽くそうとしたのに。
(可愛くね〜・・・)
有り得ない程の俺様気質、
そりゃあ佐助とて自分の事を俺様と呼ぶ。
けれども、それは決して自我を貫こうとするものではない。
「・・・・・・わかったよ」
かと言って、これ以上この目の前の男と俺様談義をするつもりもない。
ふぅ、と大きく息を吐き出した佐助に、再び政宗が杯を差し出した。
・・・・・・が。
「What?」
佐助の仕草に、政宗はようやく観念したと思ったが、それは違った。
不思議そうに佐助を見つめる視線を無言で睨み付けると、佐助は抑揚の感じさせない声音で、一言告げた。
「・・・起こしてくればいいんだろ、」
「え・・・・・・?」
「ちょっと待ってなよ」
「え、あ・・・おい、」
政宗の制止も無視し、佐助は部屋を出て行った。
そして・・・。



「失礼致します・・・政宗殿、」



少しの間ののち、現れたのは。
「・・・・・・真田・・・?」
先ほど自分が酔い潰した筈の、真田幸村だった。
「先程はお見苦しい所をお見せしたで御座る」
恥ずかしそうに少しだけ顔を赤らめながら、幸村は笑う。
さっきまで泥酔していたとは思えない程の爽やかさだ。
「Jesus・・・」
「今夜は飲み明かしましょうぞ、政宗殿!!」
そう言って、幸村は政宗が佐助の為へと用意した杯を一気に飲み干した。
「・・・・・・・・・。」
何かが矛盾している。
と、政宗はそう思った。
宴の時とは違い、政宗と対等に酒を交わし続ける幸村に、体調を問えば、
「佐助の気付け薬はたいしたもので御座る」
そう幸村は受け答える。
だったらいつも、そうすりゃ潰れねぇじゃねぇか。
そうツッコミを入れたいのを、何とか政宗は留めた。

何かおかしいのは確かなのに、何がおかしいのかが政宗にはわからない。
だが、素直に楽しい一時、はずむ会話。
(・・・・・・やめた、)
余計な事を考えるのはやめだ、
飲み明かそう、そう言ってきたのは幸村の挑戦だ。
忍びの薬だか漢方だか知らないけれど、こうして復活してきたのならば、再び潰すまでだ。
ニヤリと笑って政宗もまた、煽るように一気に酒を喉に流し込んだ。

そうしてどれくらい時間が経過しただろうか。

「おい真田・・・もう潰れたか?」
「まだまだ序の口で御座るよ」
「good、give upなんて言うんじゃねぇぜ・・・?」
「政宗殿・・・言葉が変で御座るよ、まさか呂律が・・・」
「Ha、違ぇよ・・・・・・・・・あ、」
「?」
「ところで真田、この間の件、どうなった?」
「え・・・・・・?」

ヤバい、

政宗が思い出したように話を振った瞬間、幸村はギクリと身体を強ばらせた。

ヤバい・・・。

これは。
政宗が問いかけてきた内容は、自分にはわからない話だ。

何故なら幸村は、今ここに居るこの『幸村』は・・・。

佐助が変化した幸村、・・・『猿田幸村』なのだ。
「え〜と? 何の話だったで・・・御座ろうか」
内心の焦りを隠しつつ、佐助は政宗に確信を促す。

酔ったふりをして、曖昧にしてしまえば良かったのかもしれない。
だが、その直後、自分がそうしなかった事に、話の確信を興味本位で探ろうとした事に。

「猿を奥州に・・・って話だよ」

佐助は激しく後悔するのだった。


「・・・・・・え?」


今・・・何て・・・?
誰を、
何処にやるって・・・?

「急かすつもりはねぇけどな、猿と相談するっつったきり音沙汰ねぇからよ、ちょいと経過が気になってな」

何だよ、それ・・・。
知らないよ、聞いてないよ。
旦那・・・、
相談する、なんて言ったのかよ。
佐助は真田の忍びだと、だから無理だと・・・即答してくれなかったのかよ・・・。
「すみませぬ・・・」
「?」
だが、今の佐助は幸村なのだ。
旦那の政宗に対する返答に、支障をきたさない言葉を選ぶよりほか・・・今はなかった。
「その・・・佐助には、まだ、打診しておらぬ故、今しばらくお待ち頂けませぬか」
「あぁ、OK OK、別に急いじゃいねぇからな」

そう言って陽気に笑う政宗を余所に、佐助の心は重く沈んでいった。



   * * *



あれから数日が経った。

何も変わる事のない、普通の日常。

いつもなら。
この穏やかで平凡な日常に、佐助ものほほんとしているのだが、今回は事情が違う。
あの日、あんな事を聞かされてしまったから。

佐助を奥州へ。

(人身御供か人質か?)
幸村が直接言ってこないから、その真意はわからない。
だが、今、結んでいる同盟に何やら関わっている気はしているのだ。

何故、旦那は何も言ってこないのだろう・・・。

自分がいつも「竜の旦那は気に食わない」などと言っていたから、話を切り出しにくいのだろうか。
自分からいい返事が貰えない事を想定して、どう説得しようか考えているのだろうか。

それとも。

少しは悩んで、くれているのだろうか。

どちらにせよ、このままじゃ佐助が気が気でない。


その日の夜、とうとう佐助は自分から・・・幸村に話を切り出したのだった。

「旦那、俺様に何か隠し事・・・してない?」
主に向かってそんな事を言うのは、本来おかしいのだ。
でも、忍びのくせに未熟だと思うけれど。
気になるものは気になるんだから、仕方ない。
「隠し事? そんなのしてないで御座るよ」
そして。
当の幸村はというと。
突拍子もない佐助の言葉に、ただ不思議そうに目をしぱつかせる。
どうやら本当に何の事かわかっていないようだ。
諦めたように佐助は小さくため息をついた。
「・・・俺様、奥州に行くんだろ」
「おお! すっかり忘れてたで御座るよ!」

「え・・・・・・。」
「佐助が知っているなら話は早いで御座る!」
そう言って、にこにこと笑う幸村に、佐助は絶句せざるを得なかった。

おいおい・・・、
何だよそれ、
忘れてた、・・・って・・・。

だったら一生忘れたままで居てくれ、

そう言いたい個人的意見はさておき、これって普通に考えたら・・・結構重要な事なんじゃないか!?
と佐助は思う。
でも、そんな大事な事をあっさり忘れるなんて。
幸村にとってはたいした問題ではないのかも、知れない。

・・・佐助を手放す事など。

「っ・・・・・・、」
そんな負の感情が佐助の心に芽生えた時、

「して、いつから行ってくれるか? 佐助、」

屈託のない笑みを浮かべたまま。
幸村がいとも簡単に、佐助を奈落の底に突き落とした。

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