戦国小十佐

□反論さえも呑み込んで
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俺様は悪くない、
あの人も悪くない。
互いにそれぞれ別の生き方があり、仕事がある。
互いに思うところがあって、主張するところがある、ただそれだけだ・・・。



《反論さえ呑み込んで》



最近、戦況がせわしくなってきた。
つまり、忍びである猿飛佐助にとっても、それは例外じゃない。
情報収集の為の偵察に、日夜多忙な日を過ごしていた。
流石に西方への任務の時は無理だが、北方への任務の時なら、愛しい人の元へ訪れる事が出来る。
彼の人、片倉小十郎。
どんなに疲れていても、傷だらけでいても、それでも必ず小十郎に会いたい。
それが佐助のささやかな願いであり、幸せだった。


「・・・・・・え・・・今、なんて・・・?」


それ、を言われた時、佐助の中で時間が止まった。


「だから、暫く此処には来るな、と言った」


そう言って、小十郎は手元の書類から目を離した。
「各国が動き出した。これから忙しくなるからな」
そりゃてめぇが身を持って知ってるな、と小十郎は笑った。
「そりゃあ・・・」
当然、知ってるよ。
忍び使いが荒すぎる武田の大将に、自分とこの・・・武田の忍びを使いなさいよとか、文句の一つも言いたくなるよ。
毎日が忙しすぎて、そこらで野垂れ死ぬかもなんて思ったりするよ。
だけど、あんたと語らうこの一時が、ひとりの人間で居られるこの時が、なによりも至福の時間なのに。
「そんな疲れ切ったぼろぼろの身体、引っさげて来られても嬉しくねえんだよ」
「っ・・・・・・。」



この人は、間違った事は言ってない、何一つ。


お互い戦国乱世を生き抜く身。
仕える主も違えば、その仕事や役割だって当然違う。

そんなのわかってる。
わかってるけど・・・。

それでも会いたい、
そう言いたいのに。
言われてしまった、此処へは来るなと。
相談や問い掛けではなく一方的に。
そう言い切られてしまえば、そこにもう反論の余地はない。
「何か言いたそうだな」
表情に出ていたのか、小十郎がこちらに視線を動かした。

言いたい事が言えない。

佐助はきゅっと唇を固く結んだ。
長く喋っていたら泣いてしまいそうだった。
「別に。」
そう一言返すのが精一杯だった。


ねぇ。


なんであんたはいつも普通なんだろうね。
そんな余裕しゃくしゃくでさ。



「・・・わかった、暫く会わない」
「ああ」
言いたくない言葉を、血を吐くような思いで口から紡ぎ出す。
「じゃあ、またね」
以心伝心、そんなの嘘だ。
言いたい事、伝えたい事、わかって欲しい事・・・あんたには伝わらない。
あんたがさらっと言ってのけた言葉、
自分が同じ言葉を言うのに、どれだけの感情を殺したのか、なんて。
あんたには絶対わからない。

「佐助」

ひらりと窓枠を飛び越えようとすると、短く呼び止められた。
「何?」
「・・・死ぬなよ」
「ははっ、誰に向かって言ってんの」
・・・切り捨てた人間にそんな事言うなんて。
あんた本当に残酷な人だよ。
「・・・あんたもね」
「誰に向かって口利いてやがる」

笑みを含んだその言葉に、佐助も少しだけ口元を緩めた。



   * * *



「佐助」
ふいに呼ばれた自分の名前にびくりとする。
息を潜め、佐助はぎゅっと身体を強張らせた。

「居るんだろう?」

追い討ちをかけるように、もう一度、声が自分を導く。


小十郎に半離別宣言をされてから、早三月。
佐助は私情を忘れようと、我武者羅に仕事をこなした。
主、真田幸村に驚かれるほど、すすんで依頼を受けては、今まで以上に全国を奔走した。

全ては小十郎を忘れる為に。

そんな自分が今、彼の人の部屋の天井裏に居て。
更にはその存在を本人に暴かれてしまった。
これほど気まずい間はない。
諦めたように佐助はため息をつき、ことんと小さな音を立て、天井板を少しだけ動かした。
そこには、驚いた様子もなく、いつも通りの顔で佐助を見上げる小十郎の姿があった。
「ごめん・・・もう帰るから」
「構わねえ」
入ってこい、
そう返してくれた言葉に感情はない。

迷惑だったのか、それとも少しは歓迎してくれたのか・・・。

遠慮がちに佐助は部屋へと舞い降りた。
「何かあったか?」
そう問われ、佐助はやはり前者だったな、と悟った。
何かないと、やっぱり此処には来ちゃ駄目だった。
ただ顔が見たかったと。
そう伝える事すら出来ない。
「っ・・・・・・。」
胸の中から負の感情と切なさが、一緒になって込み上げてくる。
小十郎の問い掛けに答えず、俯いてしまった佐助を小十郎は不思議そうに見つめた。
「佐助・・・?」
指先が白くなる程に握り締めた拳は、心なしか震えている気がした。
「ごめん・・・来ちゃって・・・」
「そういう意味じゃねえ」
「つい、癖で・・・ね」
顔を上げて佐助が笑った。
いや、笑った気になっているのは佐助だけだった。
今にも泣きそうな表情で、必死に笑顔を作る佐助がとても痛々しかった。
「北方に来たから、つい寄っちゃったんだよね・・・習慣って怖いよね」



「佐助!」
次の瞬間、身を翻そうとしたその腕を、小十郎はとっさに掴んだ。
「変だぞ、お前・・・」
「何でもないよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「そんな顔して何もないわけねえだろうが」
反論の余地さえ与えなかったのは、あんたじゃないか。
「何もないって、ば・・・」
とうとう零れ落ちた涙に、佐助は小刻みに肩を震わせる。
「佐助」
ゆっくりと掴んだままの腕を引き、優しく小十郎が抱き締めた。

そんな事されたら、もう感情が抑えられないよ・・・!

「何度か来てただろう」
「!!」
耳元で囁かれた言葉に佐助が絶句する。
「・・・知ってたの・・・」
「何で声をかけなかった?」
「だって・・・暫く会わないって・・・」
ただ顔が見たかっただけだった。
暫く会わない、そう同意した以上、簡単に反故なんか出来ないし、無理矢理押しかけても迷惑がられるだけだ。
そうわかってはいたが、北方にくればどうしても会いたくなる、誘惑に勝てなくなる、せめてその姿だけでも・・・目に焼き付けたくなる。
だから数回ほど、それこそお忍びで小十郎の様子を見に来ていたのだ。
でも、それすらばれていたなんて・・・。
「・・・あんたが忙しいのはわかってる、あんたの仕事の邪魔をする気も勿論ない・・・」
恋人としてだけではなく、忍びとしても失格じゃんか、と佐助は項垂れた。
「ただ顔が見たかっただけ、・・・」
あんたに見つかってるなんて思わなかったんだ・・・迷惑かけてごめん・・・。
そう蚊のなくような声で呟いた途端、怒号と共に一層強く抱き締められた。
「馬鹿かてめえは!」
強く、骨が軋むほどにその大きな身体に包まれて、佐助は息をするのも忘れるほど驚愕した。
「てめえのせいだよ」
態度とは裏腹に紡がれる言葉の意味が、理解出来ない。
「いつも忙しかったのは、てめえの方だろうが」
「?」
「此処へ来てもゆっくりする間もなく、上田にも戻らず、そのまま次の任務に向かってたじゃねえか」
「?・・・・・・うん」
「疲れ切ったてめえをゆっくり休ませてやりてえ、そういつだって思ってはいるが・・・」
小十郎が何を言いたいのかわからず、身体を反転させて真正面から対峙すると、だんだん語尾を小さくしていった小十郎の顔は心なしか赤く染まっていた。
「実際てめえを前にすると、なんだ、その・・・」
「?」
「・・・駄目なんだ」
理性が負けちまう、
そう言って小十郎は少しバツが悪そうに視線を逸らした。


たまにしか会えないから。
だからこそ、会ったら手酷く抱いてしまう。
鳴かせて、泣かせて。
足腰立たなくなる程に、身も心も求めてしまう。
それが佐助の負担になってない筈はない。
だから決断した。
理性が抑えられないなら、その元を絶つしかないと。
だから此処には来るなと言ったのに。
「てめえは何もわかってねえ・・・」
なのに、夜な夜なここ白石城に立ち寄ったら、意味がないのだ。
そのまま上田に戻っていれば、その分ゆっくり休めるだろうに。
「あんたこそ何もわかってない」
ふわりと佐助が笑った。
「ありがと、気遣ってくれて」
眉間に皺を寄せながら、苦しそうに暴露した小十郎に「俺様大感激〜、ってね」と、その優しさに泣きそうになる自分を、誤魔化すように佐助がおちゃらける。
自分の身体の事は、自分が一番よくわかっている。
「俺様はそんなにヤワじゃないよ、」
俺の前では表情は作るな、と。
そう言ってくれた愛しい人に、時には疲れた顔も見せていたかも知れない。
でも・・・。
恋人に会えば、その腕に抱き締められたら、その声に名前を呼ばれたら。
疲れなんて、痛みなんて忘れちまう。
「だから・・・来るな、なんて言わないでよ・・・」
俺様から心の拠り所まで消さないで・・・。
そう俯きながら告げた言葉はあまりにも脆くて、儚くて。
今まで抑えていた感情が一気に溢れ出す。
たまらず小十郎は、その顎をくいと掴むと強引に佐助に口付けていた。
「んっ・・・ふ、ぁ・・・」
一瞬、驚いたように身体を強張らせた佐助の、そのか細い指先が、寂しさからだんだん優しさに溶けてゆく。
ゆっくりとその広い背に腕を回すと、倍の強さで抱き締め返された。
ほどなくして唇が離されると、とても幸せそうな佐助の笑顔が、小十郎の眼下に映し出された。

ねぇ、
我慢・・・しなくて、いいんだね。
あんたの前で、言いたい事・・・言っていいんだよね。
俺様、もう絶対に自分を隠さないからね。
あんたが嫌だと言っても、俺様はあんたに会いに来るよ、これからも。

そう宣言しながら、飛びつくように小十郎に抱きついた。
そのあまりの勢いのよさに、よろけて小十郎が倒れると、そのまま佐助が覆いかぶさるように、小十郎に寄り添った。


部屋の空気が甘さを纏うのは、それから間もなくしての事だった。


― End ―

★熱く甘いキスで・2/5題★
お題提供:確かに恋だった
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