戦国小十佐

□不協和音
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・・・・・・。

気に入らない。

「・・・何しに来た」
「真田の旦那の書簡を届けに、ね」

気に入らない。

「・・・また来たのか」
「偵察任務のついでにちょっと、ね」

気に入らない。

ついで、ついで・・・また「ついで」だ。

なあ佐助、
・・・俺は一体、てめえの何なんだ・・・?




  ≪不協和音≫




「・・・・・・。」
チッと片倉小十郎は舌打ちをした。

朝、目覚めると、その忍びは隣にいない。
いつもそうだ。
散々啼かせて、泣かせて。
確かに足腰立たない程に、激しく抱いてやったのに。
腕に抱き締めて眠った筈の忍びと、共に朝を迎える事は絶対にないのだ。



秘密の恋愛をしている。



それが『秘密』である事は、勿論小十郎が誰にも悟られまいとしているからだ。


その『秘密』が一部の間で秘密でなくなってると知った時、いわれもない焦りが小十郎を襲った。

「忍びのくせに、てめえは随分と口が軽いんだな」

恋人、猿飛佐助の主である真田幸村が、佐助と自分との仲を知って居る。
そう聞かされた時、本気で小十郎は憤りを感じた。
そんな小十郎を、更に不機嫌そうな顔で佐助は睨みつけた。
「じゃあ聞くけど、なんであんたは隠してるんだ?」
それを『秘密』にしたいのは、男として、奥州筆頭の右目としての矜持を守りたいからなんじゃないの、と。
佐助にそう指摘された時に、初めて認識したのかもしれない。
そんな他愛もない喧嘩で、それを自覚した。

確かにそうかも知れない。

だけど、てめえは全くわかってねえ。
大体考えてもみろ、
あの奥州の荒くれ者達を、自分は更に上ゆく迫力を出して、まとめ上げなければならない。
戦の時には指示を出し、常に威厳を保ち、竜の右目と称えられ、時には畏れられていなければならない。
自分にはそういう立場があるのだ、と。
そう言えば、佐助は深いため息をつき、呆れたように小十郎を見つめた。
「あんたは結局、自分が可愛いだけじゃん」
「なんだと・・・」
「何か理由をつけて、自分の性癖を隠したいだけなんだよ」
他国の忍び、しかも男なんかに現を抜かしているなんて知られたら。
威厳がなくなる、とか。
秩序が崩壊する、とか。
そんなのは結局、自分の在り方次第じゃないか。
「あんたは、俺様があんたの相手だと・・・人に知られるのが恥ずかしいんだよ」
それか俺様があんたにとって、都合のいい遊び相手だからかな?
忍びが、しかも他国の人間なんて後腐れない、いいカモだしね。
へらへらと笑いながらたたみかけてくる佐助に、思わず小十郎はその腕をぐいっと掴み上げた。
「痛っ・・・」
「だったら・・・てめぇは、ただ自分の欲求不満を解消したいだけだろうが」
いつだって真田の遣いで奥州に来た時に、ついでに寄ったからと言う。
それは裏を返せば。
主の命令さえなければ、奥州に来る事はない、そういう事だ。

「てめえにとって俺は、随分と都合のいい休憩所なんだろうな」

「何、言って・・・」
「奥州では俺、他国では別の誰かが居るんじゃねえのか?」
挑発にのるなと頭が訴えてくるが、一度開いてしまった口は、言葉を押し留める術を知らない。
「日本中どこでもお盛んなこって、羨ましい限りだな」
見下したような、意地の悪い笑顔を浮かべて、小十郎が暴言を吐くと、次の瞬間、パシンと乾いた音が小十郎の頬で響いた。
「てめえ・・・っ!」
佐助に平手打ちされたのだ、
そう気付いた瞬間、小十郎は掴んでいた佐助の腕を捻り上げていた。
痛みに一瞬顔を歪ませた佐助だったが、すぐに無表情な「作り物の忍びの顔」に戻る。
「・・・・・・か、」
「ぁあ?」
「あんたの方こそ、俺様をただの性欲の捌け口にしてるだけじゃないのか?」



   * * *



我ながら大人げ無い態度を取ってしまった。
上田への帰路へつきながら、佐助は大きなため息をついた。
後悔先に立たず、とは本当にこの事だ。
しかも内容が内容だ。
あんなのは、まるで子供の喧嘩だ。


確かに幸村の遣いで奥州に来る事が多い。
だが、本当に使命を果たす為だけなら、小十郎の元など訪れずにさっさと上田に戻っている。


あんたに会いたいから、顔を出すんだ。
そんなの決まってんじゃん。
言わなくても、わかるだろ・・・。


互いがそれぞれ別の主に仕える立場だ。
自由が利かないのはわかっている。
当然、全国を跳び周り、比較的時間に余裕のある佐助が、小十郎を訪ねるのが日常になっている事だってわかっている。
だから本人に伝えた事は勿論一度もない。
だけど本当は。
たまには会いに来て欲しいのだと、思っているのだ。

小十郎に「全国に相手が居るんだろう」と言われて、酷く傷ついた。
自分だって、小十郎が自分と離れて居る間の、小十郎の私生活を知らない。
何をやっているのか、他に相手が居るのではないか・・・そんな事を考えた事がないわけではなかったから。

離れているからこそ、不安になる。

いつもいつも自分から会いにいくだけで。
本当に思われているのなら。
一度くらいは、来てくれるものなのではないのかな、とか。
もしかしたら、自分は遊ばれてるだけなのかもしれない・・・とか。

負の感情が自分を雁字搦めにし、どうにもこうにも動けなくなる。
こんな事考えたくないのに。
たまにしかない逢瀬で喧嘩なんかしたくないのに。


なのに。


なんだよあの態度。

何しに来たとか、何の用だとか、また来たのか、とか。
毎回毎回・・・来られて迷惑なのか、と思うような口調で迎えられると、こっちだって心が萎える。
そんな言い方されちゃ、理由をつけないと会いにきちゃいけないような気にさえなってくる。
だから何かのついでと、いつも返答するんだ。

遠い所大変だったな、などと労って貰いたくもないけれど。
せめて、少しは歓迎されてると思いたいのに。

「・・・やだやだ、」

今日は、顔を合わせた時から機嫌が悪いなあとは思ったけど。
尖った小十郎に、感情を露に出してしまった。
相手が不機嫌なのだから。
いつものように、へらへら笑ってやり過ごしてしまえば良かったのに。
おまけに売り言葉に買い言葉で、安っぽい挑発までしてしまった。
しかも手まで出してしまった・・・。

思い出せば出すほど、なんて幼稚な言い争い。
これはお互い、しばらく時間をおいた方が良さそうだ。
幸い自分は上田に戻れば、このまま次の任務へ赴く事になっている。
その間にでも頭を冷やそう。
そんな事を思いながら、佐助はひとまず今日の事を忘れようと頭を振った。



   * * *



「ほれ佐助」

任務を終え、佐助はいつも通り、幸村の元を訪れた。
「ん?」
幸村に促され佐助が手を出すと、鈍い金属音と共に、クナイが渡された。
「あれ、これ・・・わざわざ拾ってくれたの?」
クナイなんて消耗品なのに。
そう言えば、幸村は首を横に振った。
「片倉殿が、わざわざ届けに来てくれたのだぞ」


「え・・・」


クナイなんて消耗品だ・・・さっきも言ったけど。
いつどこで使い、なくなるかわからないような代物だ。
当然、上田の敷地内で落とした物だと思っていたので、幸村の言葉に思わず佐助は動きを止めた。
「なんで・・・」
なんで、あの人が此処へ来るんだ?
伊達政宗の遣いか?

いや・・・、
伊達軍にも伝達手段に適する輩はいる。
書簡や荷を届けるだけなら、忍びを使う筈。
なのにどうして。
まさか・・・。

俺様があんな事、言ったから・・・?

「それにしても、片倉殿はいつも間が悪いでござる」
「・・・え?」
どういう、事・・・?
わけがわからない、
そんな表情を浮かべる佐助に、幸村は穏やかに微笑んだ。
「いつも佐助が不在の時に、来るのでな」

え・・・・・・。

いつも、って何?
初めてじゃないのか?
「右目の旦那って・・・前にも来て、る・・・?」
「うむ。何度か来ておるぞ」
俺様があんな事言ったから来た、そうじゃない・・・!
「ちょっ・・・何で教えてくれないのさ」
思わず幸村に掴みかかりそうな勢いで歩み寄れば、幸村は困ったような笑みを浮かべ、佐助の肩を軽く撫でた。
「おぬしには言う必要もないと、そう言われておったのでな」
伝えなくていいと言われた事だ、
幸村も当然すぐに忘れてしまったと言う。
「一寸寄ってみただけだからと、いつもそう言うのでな」
「そんな・・・」


来てくれていた・・・。


伊達政宗が小十郎を遣いに出すとは考えられない。
となると。
自分の意思で、足を運んだ事になる・・・ここ上田に。
その理由は一つしか無い、そう考えていいのだろうか。
佐助に、会いに来たと。
何かの用事であれば「一寸寄ってみただけ」で、名のある武士が、自らこんな遠くに来る筈などないのだ。


俺様・・・最低だ。


「旦那・・・お暇、貰っていい、かな」

行かなきゃ、
その真意を、先日の喧嘩の意味を確かめないと・・・!

幸村の返事もそこそこに、佐助は窓から飛び出した。



   * * *



「こんばんは」

「・・・・・・おう」

「・・・。」
「・・・・・・。」


沈黙が闇と共に二人を包んだ。


突然現れた佐助に驚いたような表情も見せず、いつも通りに小十郎は佐助を迎え入れた。

最初の挨拶を最後に口を閉ざしてしまった小十郎に、佐助も焦点の合わない視線を部屋中に揺らした。
ただ、向かい合って座っているだけの、沈黙が痛い・・・。

自分から話しかけなくちゃ、
そう口を開こうとした佐助を遮り、先に沈黙を破ったのは小十郎だった。

「何しに来・・・
「あんたに会いに来た」
いつも必ず言われる言葉を、佐助は素早く遮る。
だって今日は。
「あんたに会いに、来たんだ・・・」
素直になりに来たんだよ。
あんたが理由もなく、上田まで会いに来てくれていたなんて知らなかったから。
しかも何度も。
俺様はいつだって、任務のついでにここに来る。
あんたの為だけに会いに来た事はなかった。
あんたに会いに此処に来た、そう言った事は一度もなかった。
いつも「ついでだから」と言われる小十郎の気持ちなんて、考えた事なかったのだ。
「・・・そうか」

ごめんね、
今更気付いて・・・ごめん。

「迷惑?」
「そう思うか?」
逆に聞き返されたその言葉の、真意は読めない。
「どうだろうね、何処に行っても忍びは常に厄介者だからね」
「馬鹿が」
いつになく素直な佐助に、少々違和感を感じながらも、その細い腕をぐいっと掴み、真正面から佐助を抱き締める。
「確かに厄介な事には違いねぇか・・・」
「え・・・?」
「何でもねえ」
誤魔化すように、その唇を塞いだ。
素直じゃねえ、
可愛げがねえ、
何考えてるのかわからねえ、
そんな厄介な忍びに惚れてしまったのだから、仕方が無い。

「好きだよ・・・いつだってあんたに会いたいから、ここに来るんだ・・・」

普段可愛げの無い奴に、そんな可愛い事を言われたらひとたまりもない。
「てめえ・・・気にいらねえんだよ・・・」
耳朶を甘噛みし、耳元でそう囁けば、敏感に佐助が反応した。
「いつもいつも・・・挨拶もなしに帰るんじゃねえ」
「ん・・・っ、あ・・・」
「聞いてるか? 佐助」
佐助をその場に押し倒し、小十郎はその華奢な身体に覆いかぶさった。
「う、ん・・・っ、あ」
「人が寝てる間に出て行くな」
徐々に佐助の顔に赤みが差していくのを視線の端で捉え、小十郎はせわしなくその肌に手を滑らせた。
「わかっ、た、から・・・んあっ、あ」
「わかったな」
佐助の返事に、満足そうに小十郎は笑った。
そして、少しだけ素直になった愛しい忍びに、小十郎はつぶやいた。

「朝起きてひとりは淋しいんだぜ」

次の瞬間、
佐助の顔が切なげに歪み、そしてなんとも鮮やかな笑みを浮かべた。
力の抜けた身体で、必死に小十郎の背中へ腕を回す。
そんな健気な行動が可愛くて、愛しくて。
「この前・・・叩いてごめんね・・・」
快楽に流されまいと、必死で紡いだ言葉の声音があまりにも煽情的で。
思わず小十郎は佐助の喉元に喰らいついた。


この熱が引いたら、夜が明けたら、伝えようか。


酷い言葉を吐いた、先日の喧嘩を詫びよう。
てめえはきっと「お馬鹿さん・・・」とか言いながら、笑って許してくれるんだろうな。

自分も素直になってみようか。
冷たい口調で迎え入れてしまうのは、照れくさいからなのだと。

この素直じゃない忍びが、素直に気持ちを伝えてくれた。
ただそれだけの事に感動したのだと。


そんな事を考えながら、小十郎は自分の下で咽び泣く誰よりも愛しい存在を強く抱き締めた。



― End ―


24000打感謝御礼、迥黎さまに捧げます。

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