戦国小十佐

□嘘つきな唇
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「ッッ!!」
ドンっと背中に喰らった凄まじい衝撃、血が飛び散る、生暖かい感触、鉄の匂い・・・
「佐助ッッ!!」
「あんた・・・甘い、って・・・」
言ってんじゃん・・・。
そう言おうとした佐助の言葉は途中で途切れた。
地面に叩き付けられると思った身体は、力強い腕に抱きとめられた。
ここで佐助の意識は闇に飲まれていった。



  ≪嘘つきな唇≫



氷水に浸した手ぬぐいを軽く絞る。
それを佐助の額にのせてやると、佐助の瞼がぴくりと動いた。
「よぉ、気付いたか」
「あれ・・・俺様ってば・・・」
ゆっくり瞳をあける佐助の顔に、表情はない。


えーと。
何があったんだっけ・・・と、回らない頭で佐助は記憶の糸を手繰り寄せる。
武田の大将からの密命のついでに、恋人、片倉小十郎を訪ねたら不在で。
北の一揆の鎮圧に向かったと聞いたから、追いかけてみたのだ。
そうしたら佐助の目の前で。
小十郎の背後に迫った農民が、鍬を振り上げているのを見たから・・・。
事の顛末を思いだした。
うわあ・・・と呻き、佐助が自分の不甲斐なさに顔を赤らめた。
「誰が庇えと言った」
明らかに不機嫌な小十郎の低音。
聞くまでもなく、相当怒っている。
鍬やら鋤やらを手にした一揆衆を相手に、防御だけで対峙していた小十郎。
そのがら空きになった背中に攻撃が及んだ時、思わず佐助は小十郎の背を庇うように、飛び出していたのだ。
「痛・・・・・・」
思い出した途端、背中に走った鋭い痛みに気付いてしまう。
どうやらざっくり切られたようだ。
真田忍隊の長とも言われる自分が、意識をとばしてしまうなど、なんたる不覚。
・・・そう後味の悪い気分に苛まれながらも、ゆっくりと布団から上半身を起こした。
「余計な事してんじゃねぇ」
「何怒ってんの・・・?」
いつにも増して、眉間の皺が深く寄る恋人の表情に、佐助も自然と気持ちが沈んでいく。
怒られる理由がわからない。
「礼でも言うと思ったか?」
「そんなのどうだっていい」
俺様が庇わなかったら・・・なんて恩着せがましい事、言うつもりはないのだから。
だけど・・・あんた死んでた。
俺様が身代わりにならなかったら、あんたが切られてた。
だから、感謝されこそすれども、不機嫌がられる理由に心当たりはなかっただけに、この気まずい雰囲気にどう対処していいのかわからない。
「関係ない戦にしゃしゃり出た罰だな」
「何だよそれ・・・」
関係ない。
確かに関係はない。
ただ小十郎に会いに来ただけなのだから。
真田・・・いや、武田軍としては、確かに関係はない。
だけど。
恋人が戦っているのに、ただ傍観しているなんて・・・普通は出来ないと思う。
「それとも、俺に助太刀するよう真田に命令でもされたか?」
「っ・・・・・・!」
思わず佐助は小十郎を睨み付けていた。
さっきから、何故こんなにこの人は尖っているのだろう。
一体何なんだよ、と思わず言い返したくなる。
大体どうして彼にここまで言われなければならないのだろう。
「うっとおしいんだよてめぇは。頼んでもねぇのに出しゃばりやがって!」
流石に反論しようと拳を握り締めるが、肝心の言葉が出てこず、佐助はぎりっと歯を噛み締め俯いた。
そして。

「・・・頼まれたからとか命令とか、そんな理由で俺様は動かない」

ようやく今まで黙っていた佐助の口から、言葉が紡がれた。
「傷ついて欲しくない人が居る、守りたい人が居る・・・そう思った時に、自然と身体って動くものなんじゃないのか!?」
「・・・それが俺だってのか?」
「・・・・・・いけない?」
「迷惑だ」
間髪入れずに返された、いっそ冷酷とも言える返答。
一瞬、頭をがつんと殴られたような衝撃が佐助を襲った。
そして、頭が一気に真っ白になっていくような浮遊感。


「本気で俺が、忍びなんかに熱を上げるとでも思ったか?」


佐助が息をのんだのがわかった。
違う、
こんな事を言いたいんじゃない。
「遊びだよ、てめぇなんか」
嘘、
遊びだなんて思った事は一度もない。
「てめぇだってそうだろうが」
心にもない言葉が、次々と小十郎の口から零れ落ちていく。
いい加減にしろ、
そう頭の奥底で訴えるも、一度開いてしまった口は閉じることを知らなかった。


「そ・・・う、だよ・・・」


そして。
静かに佐助が呟いた。
俯いたままの顔からは、その表情は窺えない。
大きくひとつ、ため息をついてから佐助は顔をあげた。
「うん、確かに遊びだった」
そこにあったのは、佐助がいつも浮かべる飄々とした笑みだった。
鮮やかで綺麗だけど、作り物の・・・薄っぺらい、笑顔。
「忍びには心なんてもん、ないからね。所詮、男同士で睦み合うとか不毛だし」
だから、あんたに本気になるわけない。
そう言い切った佐助は、小十郎の前では最近では見せる事のなかった、光を抑えた無表情な瞳でゆっくり空を仰いだ。
思わず小十郎は、その瞳の奥の冷酷な光に息をのんだ。
「・・・帰るよ、傷の手当て、有難う・・・」
僅かに痛みに顔をしかめつつ立ち上がると、佐助は小十郎が止める間もなく、窓から部屋を飛び出して行った。


「っ・・・・・・!」
がんっと小十郎は窓枠を殴りつけた。
急いで外を見やるが、既に忍びの姿は視界にはない。


なんであんな事を言ってしまったのだろう・・・。
お前など遊びだと。
忍び相手に、本気になるわけがないなどと。
それを言った時・・・佐助が酷く傷ついたように見えた。

傷つけるつもりなんて、さらさらなかった。

ただ・・・佐助に庇われた自分が、許せなかっただけだ。
あまりにも不甲斐ない自分に腹が立って仕方なかっただけなのだ。

こちらのなわばりでの一揆の騒動で、関係のない佐助に怪我を負わせてしまった。
・・・普通なら、佐助が一揆衆などにやられるわけがないのだ。
目にもの見えぬ速さで、鮮やかに敵を倒していくあの忍びが、こうも簡単に傷を負ったのは他でもない、自分等のせいだ。


一揆衆は農民であって、武士じゃない。
だから攻撃するな、殺すな。


そう命じていた奥州筆頭の言葉を、佐助はどこかで聞いていたのだろう。
『甘いよ旦那・・・甘過ぎる。相手が何者だろうが、自分に敵意を持っている時点でそれはただの敵だ』
いつもそう言っている佐助が、一揆衆を攻撃しなかった。
小十郎を庇って、攻撃を甘んじて受けた佐助。
『たとえ農民だって人を傷つけるなら、それはもう農民じゃない。その鍬で人を攻撃するなら、それだって立派な武器でしかない』
そう呟きながらも、農民の命を守ってくれた。
人を殺す術しか持ち合わせない忍びにそれを禁じた時、ただの人形と成り下がるしかない。
そんな佐助に気付いてやれなかった。
守ってやらなければならなかったのに、守られてしまった。
そんな自分に憤っていただけだ。


あの時の沈んだ佐助の表情が・・・頭から離れない。


泣きそうに見えたあの顔で。
深手を負った背の傷を庇いながら、窓枠を飛び越え上田に戻って行く佐助を、すぐにでも追いかければ良かった。
呼び止めて、一言詫びればよかったのに。
なのに、追いかけた所で忍びに追いつけるわけがないなどと、現実的な事を考えてしまった。
そして小十郎は、結局部屋を動く事すら出来なかったのだ。

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