戦国小十佐

□柳煤竹の追憶。
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※ 柳煤竹→日本の伝統色。
(作者は佐助の顔塗料のイメージ色だと思っております。)



「・・・・・・・・・郎」

声が、聞こえる・・・。

「・・・十、郎」
若い男の・・・声?
「小十郎!!」
夢現のまま、うっすら目を開くと、眩しい光が目に入った。


 ≪柳煤竹の追憶≫


「おい、聞こえてるか!? 小十郎!!」
「ここは・・・」
次に目に入ったのは、年若い・・・片目の青年・・・?

誰だ?

ここは何処だ?
そして・・・何故自分は布団に寝かされているのか。
ゆっくりと身体を起こそうとすれば、鋭い痛みが背中にはしる。
「っ・・・!!」
「馬鹿、無理すんな!」
再び布団に横にならせ、泣きそうな顔でこちらを覗き込む隻眼の青年に、小十郎はとりあえず緊張を解いた。


「あんたが・・・俺を助けてくれたのか?」


   * * * 


片倉小十郎。

どうやら・・・それが自分の名前らしい。

泣きそうな顔で小十郎の覚醒を待ち受けたのが、この奥州を束ねる一国の主、伊達政宗。
片目の青年は、そう教えてくれた。
自分はこの政宗を庇い、竹中半兵衛という人間に斬られたらしい。
背中の傷はそういう事だそうだ。

「記憶、か・・・」

周りの騒然たる空気の中、いまいち当事者にその自覚がないのは、仕方ない事なのかもしれない。
医者の見解では、一時的な記憶障害だろうという事らしいが。
だがそう言われた所で、感情に暮れない自分が居る。
何も覚えてないのだから。
「無くしたものはしょうがねえ」
また新たに築けばいい。
一時的なものだろうが何だろうが、必要な事なら、必要な人間なら、また新たにその関係を築けばいいだけの話だ。
突然降りかかった災難だったが、意外にこの頭は冷静だった。

傷が癒えるのは思いの外、早かったが、記憶はまだ戻らない。

だが、そんな事も気にさせない位、日々は目まぐるしく、今日も小十郎は、政宗の供をし、信州は上田へと馬を進めていた。


「お預けを食らった真剣勝負だ」
そう言って政宗は笑った。

小十郎が倒れた時、政宗は好敵手との手合わせという、最高の時間を楽しんでいたらしい。
それを不可抗力とはいえ、中断させてしまったのは自分だ。
政務はたまっていたけれど、さすがに文句も言えず、黙ってついて行った。

ふいに政宗が馬を止めた。
生い茂る木々の、上の方を見上げる視線の先に、小十郎も顔を向ける。
「政宗様!!」
空気が動いたのを感じ、小十郎が政宗を庇うように立ちはだかる。
突きつけた刃の先に、それは姿を現した。

「あらら〜・・・本当に記憶なくなっちゃったんだねー、右目の旦那」

あまりにもへらへらと間延びした声に、小十郎の眉間に一気に皺がよる。
「誰だてめぇ・・・」
「stop、小十郎」
小十郎が剣の構えを変えたところで、政宗が短く制止の声を発した。
「政宗様・・・」
こいつの事も覚えてねぇのか。
そう呆れたように呟いてから、政宗は地に降り立った忍びを気の毒そうに見やった。
「よぉ、元気そうだな・・・猿」
「あんたもね」
一瞬。
その蜂蜜色の瞳に釘付けになって居た事に気付いて、慌てて小十郎は視線を逸らした。
「あんまり遅いから、どっかでへばってんじゃないかと思ってね〜」
「Ha、そりゃ有り得ねぇな」
毒を吐き合うふたりに、こいつが例の好敵手なのかと一瞬思いかけた・・・が。
話に聞いていた者とは随分と異なっている。
「政宗様・・・この者は・・・」
「ああ・・・こいつはお前の・・・
「茶飲み友達」
やんわりと佐助が政宗の言葉の後を取った。
「!?」
「ってとこかな・・・いつも、旦那達が手合わせしてる時、一緒に縁側で眺めてんだよ」
にこりと笑って自己紹介した佐助に、小十郎は妙な胸のざわつきを感じていた。
顔は笑っているのに、目が笑ってない。
何故か心の臓が・・・ずきりと酷く痛んだ。
その忍びの表情は微塵にも窺えず、何故か突然自分を襲った心の痛みが、自己嫌悪の念をかき立てる。
こいつは一体なんなんだ・・・。
何かを訴えかけてくるかのような痛みに耐えながら、佐助を見つめれば、その瞳は交えることなくふいと視線を外された。
「真田の旦那が待ちくたびれてるよ、」
そう言って、現れた時同様に颯爽と佐助が姿を消すと、何とも後味の悪い心苦しさが小十郎を支配していった。


   * * *


「Hey、猿!」
「なんか用?」

あの人が自ら来る事はもうないとわかっていた。
だが、彼が右目を担うその本体が来るとも思っていなかった。

「あんたが用があるのは俺様じゃないでしょ」
念願の手合わせはどうやら無事に果たせたらしい。
湯浴み後のさっぱりしたその姿に、ニヒルな笑みが嫌に目に付いた。
「なんであんな事言ったんだよ」
「あんたこそ・・・さっきなんて言おうとしたんだよ」

あの時。

政宗が何を言うつもりだったのか、気にならなかったわけではない。
だが佐助にとっても、周知の通り、小十郎が記憶を亡くしている事実は変わらない。
自分に向かってこいつは誰だと言われたこと、それだけが真実だった。


『こいつはお前の・・・』


続きを聞きたくなかった。
否・・・、
それを聞いた後の、小十郎の反応が怖かったのだ。
「・・・黙ってればいいじゃん、あんただって願ったりだろ」
自分達の、この背徳的な関係をよく思ってなかった事くらい・・・知ってる。
政宗が小十郎に、見合い話をいくつも持ちかけている事だって知ってるんだ。
ならば黙っているのが得策な筈なのに。
「もともとうまくいくわけがなかったんだしさ」
丁度良い、
彼は元の生活に戻り、自分もまた武器に戻るだけだ。
悲しくなんかないし、たいした事じゃない。
いい機会だと笑う佐助の、自分では気付いてない悲壮な表情に、政宗は眉をひそめた。



半ば逃げるように政宗の元を離れると、佐助は川のほとりまで一気に駆け抜け、四肢を放り出した。

正直、今は誰とも会いたくなかった。

奥州からの来客は、おそらく数日ほど滞在するだろう。
「仕事でも・・・貰いに行くかな・・・。」
いつも「休みをくれ」としか言っていないから、槍でも降るんじゃないかって言われちゃうかな。
総大将 武田信玄の顔を思い浮かべて、佐助はくすりと笑った。
それでも上田に居るよりはずっといい・・・。
佐助が重い腰を上げた時、遠くに気配を感じた。
心底嫌そうに、佐助が眉を顰める。
「何でだよ・・・」
確実に自分に近付いてくるその気配に、大きなため息をついた。




逃げようと思えば、身を隠す事など容易だった。

だけど。

それが出来なかったのは・・・少しだけ、本当に少しだけ、期待してしまった、からなのかもしれない。

小十郎が、記憶を取り戻して自分を探しに来た。

そんな事、あるわけがなかったのに。

真田の忍び、
そう声をかけてきた小十郎に、佐助はへらりと笑いかけた。
「どうしたの、旦那」
探しに来た、と普通じゃあり得ない素直な返答が、小十郎の口から返された。
「お二人の手合わせを・・・いつも一緒に見てるんだろう、俺達は」
「ああ・・・・・・」
その話か。
旦那達の手合わせに姿を見せない佐助を心配したと、そういう事か。
「すみませんね、お茶も出さずにこんな所で油売ってて」
「そうじゃねぇ」
「ちょっと・・・ひとりになりたくてね」
「他国の殿様が来訪している時にか」
心なしか、眉間の皺を深めて追及してくる小十郎に、佐助は肩をすくめてみせた。
「忍びは自分の主以外は、例えお殿様でも遜る理由がないんでね」
だから、あんたもその主も関係ない。
あんたに会いたくないんだよ・・・。
とはさすがに言えないので遠回しにそう伝えれば、佐助の意図するところを理解したのか、諦めたように小十郎が押し黙った。
「・・・俺の、せいか・・・?」
「え・・・?」
佐助の心を乱しているのは、小十郎が記憶を無くしたからなのかと。
ふいに告げられた一言に、佐助が反射的に小十郎の瞳を見つめてしまう。

やばい・・・。

あんたのその表情は、反則だ・・・。
心配そうに佐助を見つめるその眼差しに、ふいに佐助の視界が歪んだ。
「おい・・・」
耐えきれずに瞳から涙が一筋零れ落ちると、慌てて佐助は顔を隠した。
そのまま消えてしまおうと佐助が立ち上がった時、強い力で腕を引かれた。
「っ・・・!!」
よろける身体に覆い被さるように、小十郎が佐助を背中から強く抱き締めた。
「すまねぇ・・・」
「ちょっ、離してよ・・・」
「てめぇだったんだな・・・」
耳元に囁かれた低い声。
「何が・・・・・・」
「俺が惚れた相手、なんだな・・・」
一瞬、身体を強張らせてしまったその隙を逃さず、小十郎は佐助の身体を反転させた。
抵抗する隙を与えないまま、佐助の唇を自分のそれで塞いだ。
「んっ、・・・・・・ゃっ」
佐助の口腔深く、舌を絡ませながら、その華奢な身体を押し倒し、そのまま佐助の装束をはだけさせていく。
「ゃめっ・・・!!」

何故こんなに夢中になるのか、自分にもわからなかった。

相手は同じ、男なのに。
なのに何故・・・。

必死で抵抗を見せ、佐助が睨み付けてくるが、それにすら興奮を覚え、小十郎は手の動きを止める事が出来なかった。
本能が覚えているのか。
丸みも肉もない男の身体に、夢中になっていく。
「ぃや・・・嫌っ、だ・・・っ」
力では叶わない。
そんな事も今更わかっていたが、それでも佐助は必死に抵抗を続けた。
だって、この人は自分の事を思い出したんじゃない。
誰か・・・おそらく政宗か幸村から「恋仲の相手が佐助だ」と、そう聞かされたのだろう。
その事実を確かめる為だけに、身体をひらくのは絶対に嫌だ。
「他の女を抱いた手で・・・俺様に・・・触んないで・・・っ!!」
とっさに洩らした佐助の言葉に、ぎくりと小十郎が身体を強ばらせた。

「毎日、遊郭に通ってたの・・・知ってるんだよ・・・。」

まるで夫の浮気を指摘されたかのように、小十郎の動きがぴたりと止まる。
その顔は・・・何故知ってるんだ、とでも言いたげな驚愕の表情を称えていた。

知らないわけないじゃん。

だって心配、したんだ。
すごくすごく・・・心配したんだ。

小十郎が記憶を失ったと聞かされ、佐助は暇を見つけては、白石城へ足を運んだ。
ただ小十郎の無事を祈っていた。
元気でいる姿を見られれば、それでいいと思っていた。
だが、そんな佐助を待ち受けていたのは、およそ想像だにしていなかった、とんでもない仕打ちだった。

夜な夜な・・・遊女で遊ぶ小十郎を見たかったんじゃない。

「あんたはいいよな・・・」
小十郎の体躯から抜け出し、肌蹴られた衣服の前を掻き合わせた。
「・・・・・・。」
「出来る事なら、俺様も忘ちまいたいよ」
あの時の光景と、切り裂かれたような胸の痛みを思い出し、佐助は苦痛に顔を歪ませた。
「あんたは卑怯だよ・・・っ」
一度殺した人の感情を蘇らせておいて。
人の温もりを与えて、素直に感情を出す事を思い出させたくせに。
それで、再び放り出されるなんて。
誰が想像するだろう、
・・・想像・・・するわけないじゃないか。
「頼むから消えてよ、俺様の前に姿を見せないで」

死別なら耐えられたのに・・・。

それならば、仕方なかったとまだ割り切れたのに。
小十郎の姿が視界に入ると、寂しさと孤独感に苛まれる。
心が破裂しそうで、耐えられなくなりそうで。
その胸にすがりつきたくなる。
その腕に抱き締めて貰いたくなる。
またあの熱っぽい声で、名前を呼んで貰いたくなる・・・。
どれも、もう叶わないのはわかってるのに。
「辛いんだよっ・・・」
心なんてもんがあるから・・・っ・・・!
痛い・・・
痛いよ、苦しいよ・・・。
佐助の物言いを黙って聞いていた小十郎が、静かにため息をついた。
「・・・・・・抱いてねぇ、一度たりともだ」
激昂と共に零れ落ちた佐助の涙を唇で拭い取ると、佐助の両頬を包み込んで、鼻の上の緑の塗料に口付けをおとした。
「てめぇを、探してたんだ・・・」

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