戦国小十佐

□一人二役の攻防戦
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★外伝・小十郎物語より妄想です★
☆ダテサナ『想いの行方』の、小十佐サイドです(これ単品で読めます)☆


≪一人二役の攻防戦≫


「すまねぇ・・・!」

片倉小十郎が去ってゆくと、その場に我が主、真田幸村は崩れ落ちるように蹲った。
見た限りでは、幸村に大きな怪我はない。

だが心に重傷を追っていた。

・・・恐れていた、今まで考えようとしなかった最悪のビジョンが、主の心に深く突き刺さったのだ。

旦那・・・・・・。

声をかけようかとも思った、が。
あまりにも打ちひしがれたその背中に、猿飛佐助が掛けてやれる言葉は何もなかった。
そして。
ひとつ、大きく深呼吸すると、佐助は主の側を音もなく離れた。



「ねぇ・・・その旦那、死ぬの・・・?」


ふいに頭上からかけられた間延びする声に、小十郎はぎくりと身を強ばらせた。
「猿飛!!」
そうそう、この反応・・・。
これが普通の反応。
いくら身を隠そうとも、普通は声で判るはずなのだ。
今、佐助は天狐の仮面で顔を隠し、竜の右目と対峙していた。
幸村に正体がばれる前に、人知れず捨ててしまおうと持ち出した面を、まさかこんな所で使うことになろうとは。
「・・・真田に許可は得た、それでも立ちふさがるなら容赦はしねぇぜ・・・」
刃を佐助に向ける。
「あ、違う違う」
小十郎の言葉を即座に否定する。
「俺様、真田の忍びじゃないから」
「は・・・・・・?」
何を意味不明な事を抜かしてるんだ?
とでも言いたそうなその顔に、佐助はくすりと笑った。

「ハジメマシテ。俺様・・・天狐っていいます」

その人を助けてあげるよ・・・。
そう言って、「天狐」は、ふわりと木から降り立った。


   * * *


「てめぇの主は馬鹿だろう」
「・・・言わないでよ、右目の旦那」
小十郎のいわんとするところを瞬時に理解して、かあっと佐助は顔を赤らめた。

その日、

戦国最強クラスの男が3人、顔を揃えた。
あの時の怪我から回復したので、奥州筆頭自ら、小十郎を引き連れ、礼という名目で上田に訪れていた。
そんな強者達が会する場で、いつものように屋根裏で護衛をするのも、はっきり言って野暮だろう。
そう考え、佐助は早々に退却を決め込んだ。

そして、恋仲同士の2人が城を出たところで、小十郎は佐助の部屋へと訪ねて来たのだ。
「来ると思ってた」
佐助は笑顔を向けて、小十郎を部屋に招き入れた。
そして、先の会話に至るのだった。


あの時は助かった。
開口一番に、小十郎は佐助にそう告げた。
政宗様が一命を取り留めたのは、佐助が施した応急処置のお陰であることに違いない。
頭を深く下げる小十郎に、佐助は慌てて「やめてよ」と言って恥ずかしそうに笑った。
それにしても。
「なんであんな面つけてたんだよ」
「そりゃ旦那、」
呆れたように佐助が苦笑する。
真田の忍びが敵を助けちゃまずいからじゃないの〜?
そうへらっと笑う忍びの意見は、至極尤もだ。
「てめぇの主は堂々と道を開けたがな」
大きくため息をついて、どうしようもない大馬鹿野郎だと小十郎は再度呟いた。
「そこが旦那のいいところなの!」
あまりにも馬鹿だ馬鹿だと連呼するものだから、思わず佐助はムッとして小十郎を睨み付けた。
「馬鹿はどっちだよ・・・何にも知らないくせに」
「・・・・・・?」
敬愛する武田信玄と恋人・・・伊達政宗との間で、板挟みになった幸村がどんな気持ちであの時、小十郎と対峙したのか。
そして瀕死の状態の政宗を見て、どれだけショックを受けたのか。
どれだけの覚悟を決めて、街道をあけ渡したのか。

出来ることなら、その場で手当てをしたかったと、そう佐助だけに告げた横顔は本当に悲しそうで、辛そうで・・・。

政宗の意識が戻り、無事を知らせる書簡が幸村の元に届くまで。
毎日のように幸村は、あの時の自分の行動を悔いていた。
死なせてしまったらそれは自分のせいだ、とまで言い切った。

確かにあの人は馬鹿だよ、甘いしすぐ情に流される。
でもそれは・・・優しすぎる、だけなのに。

そして恋人を。
伊達政宗の事を、純粋に愛しているだけなのに・・・。

黙り込んで俯いてしまった佐助に、こころなしか慌てた様子で小十郎は「すまねぇ」と素直に自分の失言を認め謝った。

気にしてないよと首を横に振って見せるも、俯いたままのその顔から表情は見えない。
「・・・・・・佐助」
「ゃだっ、見んなっ・・・・・・」
すっと伸ばされた両手に頬を包まれ、顔を上げさせられると、びっくりしたように佐助が視線を逸らした。
その瞳にうっすらと涙を浮かべているのを見た途端、たまらず小十郎は佐助の額に唇を押し当てた。
「てめぇこそ何もわかってねぇ・・・」
そのまま強く佐助を抱き寄せると、その腕に力を込めた。
「俺はてめぇに刃を向けた」
「!!」
思わず小十郎の顔を凝視する。
そして、その一言で佐助は全てを悟った。

ああ、そうか。

この人もまた、板挟みの中心で苦しみ、葛藤していたのだ。
辛かったんだな・・・と。
そう思うと、やるせなくて切なくなって、その広い胸に顔を押し付けた。
板挟み・・・・・・敬愛する伊達政宗と、自分との間で。
静かに佐助は小十郎の背に腕を回した。
「真田にも・・・政宗様にも刃を向けた、てめぇにも合わす顔がねぇ」
「旦那・・・」
不謹慎なのは重々承知だが、佐助は自分が小十郎の板挟みの片方であった事が嬉しかった。
・・・こんな事、本人には死んでも言えないけれど。
「なのに、のこのこ会いに来ちまった」
自分の主のように、感情を表には出さない。
だけど。
この目の前の愛しい人は、本当に素直な人なのだ・・・ただ人一倍不器用なだけで。
佐助が触れるだけの口付けを送り、今度は真っ正面から小十郎を見つめた。
「・・・ごめん、あんたの気持ち考えずに酷い事言った」
「そんな事は気にしちゃいねぇ」
じゃあ何に?
問いかけた言葉を塞ぐように、深く口付けられた。
「嫉妬するくらいに・・・・・・」
てめぇに想われてる真田を、だよ。
語尾に近づくにつれ声が小さくなったが、それでも佐助はしっかり聞き取った。
「馬鹿・・・・・・」
胸がつまった。
自分なんかに嫉妬してくれるなんて・・・。
俺様は確かに真田の旦那の『物』だけど、『人』でいられるのは・・・あんたのおかげなんだよ。
そう耳元で囁くと、少し乱暴に床に押し倒された。
のしかかってくる小十郎から伝わる確かな体温、大好きなその匂い。
これから始まるであろう行為に、自然と期待が高まり、佐助の鼓動がどくんと脈打った。


   * * *


今日はなんだか慌ただしい日だったな、と思う。

でも、旦那が元気になって良かった。

帰り際に、竜の旦那に公衆の面前で口付けられ、真っ赤になっていた幸村を思い出して、佐助はくすりと笑った。
「はっ・・・破廉恥でござるぅう〜ッッ!!」
と動揺を見せる幸村を可笑しそうに見つめ、去っていった奥州の双竜達。
・・・・・・というか。

さっきまで外でもっと破廉恥な事してたくせに。

いまいち旦那の破廉恥の境界線て、わかんないんだよね・・・。
青姦は破廉恥にならないのかね、
と、呆れたように幸村を眺めながら、佐助もまた、先程の小十郎との事を思い出し、少しだけ頬を染めた。

「佐助」
「ん?」
ふと何かを思い出したかのように、幸村が見つめてくる。
何やら真剣な表情に、佐助もへらりとした笑みを引っ込めた。
「・・・・・・頼みがある」
「いいよ、何?」
「うむ・・・」
自分から言い出したのに、急に幸村が言葉を濁して黙り込んでしまった。
もしかして、何かとてつもなく難しい仕事でも与えようとしてるのか・・・?
そう思った瞬間、強く、縋るように、幸村が佐助を抱き締めた。
「ちょっ、旦っ・・・」
いつも力は強いのだが、何か違和感を感じた。
「佐助は俺の忍びだ、絶対に誰にも渡さないからな・・・!」
「旦那・・・・・・?」
やんわりと腕をほどいて幸村を見つめる。
「なんだか愛の告白みたいだよ?」
こんなん竜の旦那に見られたら、俺様殺されちまうって。
まあ・・・確かに自分はずっと旦那の忍びだけどさ。
「で、頼みって何なのさ?」
「あ、うむ・・・・・・」
再び、気まずそうに黙り込む。
「旦那?」
どんな頼みでも遂行するから、さっさと言いなよ。
そう促すと、決意したように幸村が口を開いた。
「佐助、天狐殿に会わせて欲しい」
「へっ!?」
鳩が豆鉄砲を食らう、とはまさにこのような事態を指すのだろう・・・。
旦那の願いならなんでもきいてやりたい・・・が。
「旦那・・・そりゃ無茶だ」
それだけは無理だ、
どうしても無理だ。
絶対に・・・無理だ。
「何故だ」
「どこに居るか知らないし。俺様みたいなお家付き忍びじゃないからねーアイツは」
いや、まさに今あんたの目の前に居るんだけど。
「それでもだ、必ず探し出せ」
「だから・・・・・・」
「佐助は絶対に渡さぬ!!」
「・・・・・・・・・ん?」
話が戻ったぞ?
「・・・・・・旦那、どういう事?」
戻された話と共に、再び強く抱き締めてきたその強い腕から逃れ、佐助は幸村を落ち着かせるように、両肩をぽんぽんと叩いた。
「天狐殿を雇いたいと、政宗殿が申したのだ」
「へっ?」
「無理なら、今の給金の倍額で佐助でも構わないと・・・これは片倉殿だが・・・」

佐助の幸せを誰よりも願っている。

佐助をひとりの人間として、心から大切に想ってくれている片倉小十郎なれば、喜んで佐助を手離そう・・・と、思わなくもない、

・・・・・・が。

やはり駄目だ、無理だ・・・・・・嫌だ。
「佐助は、その・・・・・・某より片倉殿の方が、やはり、その・・・」
「馬鹿な事言わない旦那」
ぴしゃりと否定する。
「ずっと旦那の側に居る、一生仕えるって言っただろ」
「佐助えぇぇ〜・・・」
「はいはい、わかった、わかったから、泣くなって旦那ぁ・・・」
必死な表情で縋り付いてくる、自分より大きな主を宥めながら、佐助は鋭く北方を睨みつけた。

あんの男はぁ〜ッッ!!

最大級の爆弾を投与していった男に、佐助は恨みがましくため息をついた。
今頃、小十郎はこの事態を想定して、さぞや可笑しそうに笑っている事だろう・・・。
そう考えると、なんだか無性に腹が立ってきた。

次会ったら覚えてろよ、

そう心に決意しつつ、とりあえずは眼前にある問題の打破だ・・・・・・と、佐助は大きなため息をついた。



― End ―
 

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