戦国小十佐

□夢の後先
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かたんと扉の方で物音がした。

また、今宵の悪夢の始まりだ・・・。


  《夢の後先》


自分が松永久秀の『宝』となってから、もう何回陽が昇り、沈んだのか。
最初のうちは気にしていた。
だが、諦めてからは、もうどうでも良くなった。
自害も許されず、逃げる事も叶わないなら・・・と心を殺した。
言葉通り、『玩具』と成り果てた。

・・・・・・筈だった。

次の瞬間、扉を破壊するように部屋に入ってきた大柄な影の存在に、薄く瞳を見開いた佐助は愕然としたのだった。


・・・嘘・・・・・・だろ?


「・・・・・・佐、助・・・!?」

その、無惨に吊り上げられた一糸纏わぬ姿を黙視した途端、片倉小十郎は絶句した。

足早に佐助に近寄ると、両手足の拘束を解いた。
久しぶりの手足の自由、開放感。
だが、体力も気力も既に尽きてるし、両足の骨を折られていたため、一歩を踏み出す事すら出来ない。
「おいっ!!」
そのままぐらりと床に倒れ込んだ佐助を、寸前で抱き止めると、小十郎はチッと舌打ちした。
大丈夫だと表情で訴え、佐助は後方を指差した。
「竜の旦那の、刀・・・早く持って帰ってあげなよ」
弱々しく言葉にする。
「黙ってろ」
心なしか怒ったような表情を浮かべ、小十郎は自分の着衣で佐助の体を包み、肩へと抱え上げた。
そしてもう片方の手にしっかりと六爪を掴むと、外へ出た。



赤黒い炎が辺りを包んでいた。

少し離れた木陰で、佐助は今まで自分が囚われていた場所をぼうっと見つめていた。

自分にとって、苦痛でしかなかったあの場所が燃えている。

全てを無に還す炎が、六爪を取り戻しに来た伊達軍の勝利を物語っていた。

「痛っ・・・・・・ぅ・・・」
突然、焼け付くような痛みが身体にはしる。
あの部屋から解放され、不死香炉の効果が切れたようだ。
全身に、今まで麻痺していた痛みが戻ってきた。

松永に囚えられた時、まず最初に忍術を封じられた。
印を結べないようにと、両手10本の指と手首の骨を折られた。
次に、逃げられないようにと、両足の骨も砕かれた。

四肢がバラバラに引き裂かれるような感覚。
「っ・・・・・・ァ、・・・ハ」
痛みに必死で耐えようと、思わず何かに縋るように腕を伸ばしたが、その手は力なく、空をきる。

何もない、
誰もいない。

ここまで自分を連れ出してくれた小十郎は、佐助をそっとここに横たわらせると、無言で去って行った。
考えてもみれば当然の話だ。
小十郎がここに来たのは、あくまで『政宗様の宝』の奪還の為であって、佐助を助けたのも『たまたま自分がそこに居た』からなのだから。

心配して欲しかったわけじゃない。
優しい言葉をかけて欲しかったわけでもない。
むしろ・・・・・・こんな惨めな姿で会いたくなかった。

散々陵辱された・・・情痕が色濃く残る、佐助と対面した時の、小十郎の表情が頭から離れない。
ただ唖然としていた。
何故お前がここに居るのかと、その瞳は驚愕の色を浮かべていた。
次にその瞳は、確かな怒りをたたえた。
もともと深い眉間の皺が、これ以上ないくらい険しく寄って。
噛みしめられた唇は終始沈黙を保ち、きつく閉ざされたままだった。

ついででも嬉しかったよ、
それは嘘じゃない。
あの地獄から連れ出してくれて、感謝してるんだ、本当に。

でも辛かった。

こんな・・・・・・穢れてしまった自分を、見られたくなんかなかったよ。

傷だらけの身体。
あんたが初めての相手にはなれなかったこの身体を、あんたは綺麗だと言ってくれた。
心から愛してくれた。
だから、もうこの人以外に身体は開かないと、約束したのに・・・・・・それも反故にした。

そんな自分など、見放されて当然なんだ。

「・・・・・・帰らなきゃ」

まだ、ひとつだけ守らないといけない事がある。
生きて、主の元へ戻る事。
とりあえず、鴉を呼んで・・・忍隊に連絡しよう。
そう思ったが、折れた指では笛の音が思うように響かない。
ならば、鴉が潜んでいるだろう森の中で、再度試みるしかない。
唯一支えの効く肘と膝だけで、佐助は獣のようにずりずりと前進し始めた。


   * * *


「てめぇは・・・・・・じっと待ってもられねぇのか」
森に入って徘徊を続けている時だった。
突然、目の前に鋭い刃がざくっと落とされた。
「ぁ・・・右目の、旦那・・・」
目線だけを上に向けると、小十郎の一際険しい表情が視界に入った。
・・・・・・やはり怒っている。
「・・・上田に帰ろうと思ってねー」
その表情に気付かないふりをして、へらっと佐助は笑いかけた。
「馬鹿が・・・そんな怪我で、無事帰れるわけがねぇだろうが」
「平気、平気、鳥さん見つければ問題ないから」
「・・・・・・コイツの事か?」
小十郎が見上げた視線の先を目で追うと、その先の木枝に佐助の鴉が止まっていた。
「あ・・・・・・」
いつの間に居たのか。
「利口な鳥だな、てめぇが脱走したと伝えに来やがったぜ」
「・・・・・・。」
そしていつの間に、鴉は小十郎になついたのか・・・。
そう訝しげに、小十郎と鴉を交互に見つめる佐助を余所に、小十郎が懐から紙を取り出した。
素早く何かをしたためると、鴉に持たせる。
「ちょっ、待・・・・・・っ!!」
小十郎の命を受けた鴉は、高く飛び立って行った。
お前さんの飼い主は俺様でしょうが・・・!
そう反射的に伸ばした腕は、ぐいっと小十郎に掴まれた。
「てめぇはこっちだ」
「ちょっと・・・触らないでくれる?」
「そいつぁきけねぇ相談だ」
佐助が自力で歩けるのか・・・聞こうとも思ったが、先程の移動の仕方といい、自分の鳥を追いかけようとすらしなかった事から考えて、四肢を潰されたか・・・と想像するのは容易な事だった。
「やめっ、離せよっ・・・」
佐助の腹に腕を回し、そのまま抱えると、激しく佐助が抵抗した。
「なら自力で逃げてみろや」
「っ・・・・・・」
もともとの体格差もあるが、体力が皆無な今の佐助に、小十郎は到底かなう相手ではなく。
諦めたように、佐助は全身の力を抜いた。



馬を走らせ、小十郎は居城へと急いていた。
「・・・・・・ぁっ・・・」
傷が痛むのだろう。
馬が振動を伝える度に、佐助の口からうめき声が漏れる。
「ぅあっ、ん・・・っ」
身体を気遣い、ゆっくりと移動する事も考えたが、こんな山道で振動を抑えるなど、所詮は無理な話だ。
「んっ、ぅ・・・っ」
ならば少しでも早く帰路に・・・・・・と小十郎がとった選択だった。
が。
「どうした?」
その声に、どこか艶めかしさを感じる・・・気が、した。
妙な違和感を感じ、小十郎が問いかけてみれば、消え入りそうな小さな声で、馬から降ろせと佐助が訴える。
「どこか痛むのか」
「違っ・・・けど、お願・・・いっ、んああっ」
小十郎の腕の中で、強く身悶える。
「ぃやっ、だっ・・・ぅ、んぁああっ!!」
何が起こっているのかわからないと、少し困ったような表情を浮かべる小十郎の前で、一層艶めいた嬌声が上がると、ぐったりと佐助の身体が弛緩した。
「佐助?」
小十郎が馬を停める。
「・・・・・・!!」
次の瞬間 小十郎は、佐助の腹部から欲望の熱が、滴り落ちているのに視界を奪われた。
ぐいと佐助の股を抱え上げてみれば、その秘部に、太い張形が突き刺さっていた。
なんで最初に気付いてやれなかった・・・・・・。
「・・・すまねぇ」
そんな状態で馬に揺られるのは、さぞや苦痛だっただろう・・・と鈍い自分に不甲斐なくなる。
「や・・・抜かな、いで」
「?」
こんなに辛そうなのに、拒む理由がわからない。
とは言え、このままにしておけるわけもない。
嫌がる佐助を完全無視し、小十郎は無理矢理そこから張形を抜き取った。
「ぁ、あっ・・・ゃめっ、ぃゃだああっ!!」
抜かれる時の感覚に、佐助の身体がびくんと反り返る。
そして張形を抜くと、そこからどろりとした白濁が、佐助の太ももを伝い落ちてきた。
「ゃ、ぅ・・・見、ない・・・・・・で」
消え入りそうな小さな声で訴え、佐助がうなだれるように俯いた。
松永が佐助を辱めた証、なのだとすぐにわかった。


この人にだけは、絶対に見られたくなかったのに・・・。

ふいに佐助の視界がぼやける。
もう、勘弁してくれ・・・。
これ以上、あんたの前で醜態を晒したくないんだよ。
悲しくて、やるせなくて。
あまりにも自分が惨めで。
「も・・・・・・やだ・・・」
ずっと我慢していた涙が、とうとう佐助の頬を濡らした。
「何で、ほっといてくれないんだよ・・・」
こんな・・・穢れた自分を見られただけでも、十分いたたまれないのに。
「さっさと帰れよ!! あんたの目的は竜の旦那の六・・・・・・っん・・・っ!!」
突然唇を塞がれた。
小十郎の唇から、割って入ってくる舌の熱に、止められた呼吸に、我を忘れて激昂しかけた佐助の感情が、かき消されていく。
「・・・ん・・・・・・っ」
ゆっくりと離された唇、
うっすら目を開けると、眼下に広がったのは鬼の形相。
「てめぇは・・・俺を何だと思ってんだ!!」
頭から怒鳴りつけられ、びくんと佐助の肩がすくんだ。
「さっきから・・・黙って聞いてりゃ、勝手にひとりで自己完結させようとしやがって」
忌々しそうに佐助を睨み付けたまま、小十郎はぎりっと歯を噛み締めた。
「俺はてめぇの何だ、言ってみろ」
「・・・・・・何怒ってんの旦那・・・」
小十郎の剣幕が、逆に佐助の平常心を取り戻させた。
「・・・・・・そっちこそ。いい加減偽善者ぶるの・・・やめなよ」
いつもの飄々とした表情で、静かに佐助が口を開いた。
「何だと?」
「あんたの任務は六爪の奪還、俺様の任務は偵察・・・・・・ヘマしちゃったけどさ」
でも。
「あんたも俺様もお仕事中、今はただそれだけだ」
「てめぇ・・・」
「俺様を助けてくれた事には感謝してる。でも、ここから先は不可侵だよ、旦那」
「・・・本気で言ってんのか」
当然でしょ、とへらりと笑う。
「もう終わったんだよ、俺様のこの失態は自業自得。あんたが怒る理由なんてどこにもな・・・
「怒るに決まってんだろうが!!」
てめぇの言葉など聞く耳は持たない、
とでも言うように、静まり返ったこの空間に怒号が響いた。
「てめぇがこんな酷い目に合わされて、それでも冷静でいられるほど俺は出来た人間じゃねぇ・・・・・・っ!!」
真っ直ぐに見据えられ、佐助の瞳がわずかに動揺を見せた。
「てめぇこそ、平気なふりをするのはやめろ」
痛かったんだろう、
辛かったんだろう、
苦しかったんだろう・・・?
「っ・・・・・・。」
「俺の前で自分を偽るなと言っただろうが」
身体を引き寄せられ、小十郎の胸に押し付けられるように抱き締められる。
「ほうっておけるわけ・・・ねぇだろうが・・・」
佐助の耳元にダイレクトに聞こえてくる、いつもより早いその心音が、小十郎の怒りを現しているようで、佐助は思わずその胸にそっと手をあてた。
「小、十郎さ・・・ん」
佐助の声が上擦った。
二人で居る時にだけ呼ぶ小十郎の名を、ようやく佐助が口にした。
そんな華奢な身体を小十郎はもう一度、力一杯抱きしめた。
政宗の六爪と共に、佐助が『飾られていた』のを見た時、心臓が一瞬にして凍りついたのだから。
「てめぇが無事で・・・・・・良かった・・・」
掠れた声が佐助の耳元に触れた途端、一度は止まった涙が佐助の頬を再び伝った。

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