戦国小十佐

□心の鍵
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   ≪心の鍵≫


「あ・・・・・・れ・・・?」
暖かい温もりにうっすら瞳を開くと、そこは見知らぬ天井、見知らぬ景色・・・・・・・・・と。
「目ェ覚めたか」
背後から聞こえる低い声、見知らぬ強面の男。
「ここは・・・・・・」
いや、見知らぬ事はなかった。
自分の勘違いでなければ、この男は奥州筆頭、伊達政宗の右目と呼ばれる男・・・片倉小十郎。
捕えられたのか・・・・・・と一瞬小さくため息をついた。
が。
衣服や忍具は全て剥がされているものの、寝着を着せられ、寝かされていた布団は上質で、それを否定させた。
「あんたが拾ってくれたの・・・」
「勘違いするな、てめェを助けたわけじゃねぇ」
視線を合わせる事なく、小十郎はそう言った。
「悪いが返答如何によっては、生きて帰す事は出来ねぇぜ?」
首筋にひやりと冷たい感触。
視線だけを送ると、鋭い切っ先が目に入った。
(なんでこんな事になったんだっけ・・・?)
確か偵察の命を受け、北国くんだりまで行った帰りだった。
そしたら、思わぬ吹雪にみまわれて・・・・・・

「あ!」

「なんだ?」
あてがわれた刃先に全く動じない事に些か不機嫌になりながら、小十郎が促した。
「ねぇ・・・鳥さん近くにいなかった?」
結構大きな鴉なんだけど・・・と告げるそれに、自分の立場がわかっているのかと、ますます眉間に皺がよる。
「・・・・・・こいつのことか・・・?」
空いている方の指で、布団の横を指し示す。
そこには藁で巣を作ってもらい、すやすや寝ている一羽の漆黒の鴉が居た。
よく見ると、羽に負った怪我も手当てされているみたいだ。
「良かったあ・・・ぃやさ、鳥さん寒さでダウンしちゃったんだよね。んで、暖めてあげてるうちに俺様もだんだん眠くなっちゃってね・・・・・・」
いやあ油断したぁ、東北の寒さって本当に厳しいんだねー、と、楽しそうに笑う。
そんな飄々とした表情をじっと斜め後ろから見つめながら、話を逸らされていると、今更ながらに小十郎は気づいて眉を顰めた。
「どこの密偵だ」
「・・・・・・やだなあ・・・忍びがそんな事答えると思う?」
「思わねぇな」
軽く切っ先に力を入れると、首筋に浅く一筋、赤いラインが浮き上がる。
だが、目の前の忍びは自分の首に血が滲もうが、全く動じる素振りはない。
「じゃあ質問を変える。ここに何の用で来た」
忍びは嫌いだ。
そもそも自軍の忍びですら扱い方がわからないのに、ましてや得体の知れない忍びなんて始末に困る。
「あ、違う違う」
葛藤する小十郎の気持ちなどつゆ知らず、忍びはにっこりと笑って小十郎の問いかけを否定した。
「ここに来たわけじゃないですよ、っと。お恥ずかしい話なんですけどね・・・・・・途中で力付尽きて足止めされたって感じー・・・ってさっき言ったでしょ?」
伊達政宗の暗殺目的でもないし、伊達軍の情報収集でもありません、ってね。
安心した?
そう問い返してくる嘘臭い笑顔に「信じると思うか?」と言葉に怒気を含める。
「・・・・・・だろうね」
予想通りの答えだ。
信じてもらえるとは思っちゃいない、というように忍びが苦笑した。
「わかってると思うけど。俺様を拷問しても何も吐かないよ・・・・・・武器に口無し、って言うでしょ? ここに用はないって言ったのは本当なんだけどねー」
「・・・・・・。」
「信じて貰えないなら仕方ない、・・・・・・さっさと殺せば?」
「!」
へらへらと笑う表情は全く変わらない。
それを一瞥し、小十郎はチッと舌打ちした。

だから忍びは嫌いなんだ。

死ぬ事を厭わないこの人種相手に拷問が成り立たないとなると、殺すしか道がない。
だが、こいつの言っている事が本当ならば、罪のない人間を殺める事になる。しかも無抵抗、
「捕まったら潔く死ね、か・・・・・・真田がそう言ったのか?」
「!!」
意地が悪かったかも知れない。
だが、この忍びの面の皮を剥いでやりたくて言った言葉に、まんまと目の前の忍びは引っ掛かった。
一瞬だったし、小十郎がその顔をまじまじと観察しないと気付かない位の変化だったが、それでも主の名前を出されて忍びは動揺を見せたのだ。
「なんだ知ってたんじゃん・・・竜の右目も趣味が悪いや」
そして。
ぺろりと舌を出して、忍び・・・猿飛佐助は肩をすくませた。
考えてみれば、自分は忍びらしからぬ派手な外見。
佐助はそれを自覚していた。
それに、忍びのくせに戦でも前線にも出るし、知られていても不思議じゃない。
やっぱ俺様、目立ち過ぎじゃね?
そう問いかけてくる蜂蜜色の瞳は、小十郎に流された。
「忍びは・・・金次第でいくらでも寝返ると聞いた事があるがな、俺に雇われ生き延びようとは考えねぇのか?」
「無理無理、それに・・・そんなん言ったら、この国の忍び全部、本願寺の筋肉馬鹿僧侶のモンになっちゃうでしょうが」
「違いねぇ」
「いろいろあんの、俺様達にも」
したり顔の佐助に、小十郎がにやりと意地の悪い笑みを向ける。
「真田幸村は特別、か?」
あてがっていた刃先を外すと、佐助は小十郎を振り返り「当たり前でしょ」と自由になった首の動きで、当然のように頷いた。
「あの人は俺様を使いこなせる唯一無二の使い手なの、だから持ち主がいなけりゃ・・・俺様なんて錆びて朽ちるだけさ」
「・・・・・・武器は凍えたりしねぇと思うがな」

忍びは嫌いだ。

何を考えているのかわからないから。

だが、何故か、この猿飛佐助という忍びの言葉は、小十郎の胸中をざわめかせた。
「旦、那・・・・・・?」
気がつくと、小十郎は無意識に佐助を引き寄せ、抱き締めていた。
「温けぇじゃねぇか・・・・・・」
小十郎の呟きに、佐助の身体が僅かに強張る。
温もり・・・その言葉は忍びにとっては禁句であり、決して求めてはいけないもので。
なのに、小十郎の腕の中で、自分は無機質じゃない、生身の身体だと自覚させられる。
嫌な筈なのに、その温もりが心地良いと感じてしまう。
「・・・無防備過ぎるよ右目の旦那、・・・・・・殺すよ?」
「命の恩人にやられちゃ助け損だな」
「言ったでしょ、全身武器だって・・・・・・感情も恩も何もないもんで」
されるがままに抱き締められながらも、心だけはこの温もりに流されないよう気を引き締める。
ふいに小十郎に首筋を強く吸われ、佐助の身体がぴくんと反応した。
「何、を・・・・・・」
佐助の首筋にうっすら浮かぶ情痕を小十郎が見つけ、吸い寄せられるようにそこに唇をよせていたのだ。
「主の伽の相手を務めるのも武器の仕事、か?」
耳元で囁く低い声に身体が粟立つ。
その隙を見逃さず、小十郎が簡単に佐助の身体を組み敷いた。
寝着の合わせ紐を解くと、色白の身体が露わになる。
「っ・・・・・・!」
ちょっとからかい程度に苛めてやるつもりだった小十郎は、その下腹部に目をやり言葉を失った。
先程、着替えさせてやった時には気づかなかったが。
首筋にひとつ見つけただけだと思っていたその鬱血痕は、そのまま道のように点々と続いていた。
そして胸の周りや足の付け根、性感帯と呼ばれる箇所に特に念入りにその痕は散らされていた。
誰がどう見たって火を見るより明らかな独占欲の現れ。
「・・・・・・悪ィ」
プライベートに踏み込み過ぎたとでも思ったのか。
明らかな動揺を見せ、視線を外した小十郎に、あんたって変わってる、と佐助が呟いた。
「好きにすればいいのに」
武器に感情はないのだから、と佐助は笑う。
「・・・・・・誰かがてめぇを武器だと言ったのか?」
低い声で問うてみれば、愚問だよ、とまた笑われる。
「言われるまでもない。存在を・・・力を買われた時点でそれは人間じゃないでしょーが」
この嘘の塊のような笑顔・・・・・・いい加減腹が立つ。
「真田もそう言ったか?」
「っ・・・・・・だから・・・」
「随分と御執着のように見えるがな」
情痕の散った下腹部を撫でられ、佐助の顔から一瞬笑顔が消えた。
それを見て、思わず口角が上がったのを自覚し、ふいに小十郎は佐助に対して感じた、他の忍びとの違和感の正体に気付いた。
この忍びの本心を引きずり出してやりたいのだ・・・・・・と。
下腹部の情痕をひとつひとつ指で辿ると、びくんと佐助の腰が跳ねた。
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