現代幸佐

□さくらんぼ
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   * * *



貰ったものや、旦那の言葉、その仕草に、・・・いつも気付かないふりをしていたんだ。

旦那の気持ちは、知ってた。
昔、告白された時も、本当は凄く嬉しかった。
けれど、自分は男だ。
応えられないし、また、応えてはいけない気持ちだった。
だからせめて。
態度でだけは、全力で気持ちを伝えてたんだよ。
鈍感なあんたは全然、気付いていなかったけど・・・さ。
何年ぶりかに入った幸村の部屋で、佐助は小さく息をついた。
「茶菓子の準備をする」
そう言って出て行った主のいないこの部屋で、佐助は懐かしむように部屋の中を見回した。
変わってない。
多少の配置換えはあれども、物を大切にする幸村らしい。
机も、ベッドも、箪笥も。
昔と変わらず、同じアイテムがそこには存在していた。
そんな事を思いながら部屋を眺めていた佐助は、幸村のベッドの上で視線を止めた。
・・・手帳?
それと・・・。
ゆっくりと佐助はそれに手を伸ばす。
人の手帳・・・プライベートを除き見るなんて野暮はしない。
佐助が手にとったのは、その隣りに無造作に開かれていた1冊のアルバムだった。
「うわ・・・懐かし〜い」
そのまま幸村のベッドに腰掛け、佐助はアルバムをぺらぺらと捲った。
幼い頃は、ずっと一緒に居た。
だから、幸村の写真には、ところどころに佐助の姿が存在していた。
「あ、これ・・・」
初めてのキャンプの時の写真だ。
今や腐れ縁とも言える政宗や元親、今でもつるんでいる面々が顔を揃えた集合写真に、佐助はくすりと笑った。
あの時も・・・。
旦那はしでかしてくれたっけ。
キャンプファイヤーの炎に漲っちゃってさ、薪だけでなく色んなもん燃やしたら、変に炎上しちゃってさ。
あやうくテントまで燃えそうになったっけ。
それで、連帯責任だとか言われて、自分ら全員で罰を喰らったんだった。
あの頃は、酸いも甘いも知らない餓鬼だった。
や、今も全然餓鬼だけれど。
でも。
「深い、なあ・・・」
思いがけなく、自分と幸村の間に、歴史が根付いている事を否応なしに悟ってしまう。
あれから、数年たって。
それなりに、人間成長しているもんなんだなあと思う。
気がつけばもう高校生で。

その成長の傍らには。
いつでも旦那が居たんだ・・・。

「佐助、待たせた」
盆にティーカップと菓子を載せ、幸村が戻って来る。
「久しぶり、だね」
「ん?」
「この部屋・・・変わってなくて、なんか、嬉しかった」
変わってない。
この部屋も、旦那も。
「そうで御座るか?」
「うん・・・」
そう、変わったのは、自分だった。
卑屈で、諦めよくて、頑張る事を忘れてしまった。
ねぇ旦那、
今日は、俺様・・・昔みたいに、素直になろうって決めて来たんだよ。
「はい、旦那チョコ」
「え・・・・・・」
一瞬。
幸村の身体が強張った。

突然フィードバックしたのは、昔の記憶。

『はい、旦那チョコ』

2年前と同じ言葉、
あの時と・・・同じ表情。

その手に持つものを、佐助を見るのが、怖い・・・。

「・・・佐助、俺は・・・」
「俺様からだよ」
「・・・・・・え・・・?」

気持ちのこもっている物は、重い。
手作りチョコなんて、かなり重たい。

「旦那の為に、作った」

そう思っていたのは、他でもない佐助だったのに。
「・・・もう、時効、かな・・・」
「・・・え?」
「あの時の、返事」
佐助の言葉に、幸村が大きく目を見開いた。
忘れるわけ、ない。
『俺はっ、佐助から欲しいのだ!』
他でもない、自分が言った言葉、なのだから。

「俺様、さ・・・本当は凄く嬉しかったんだ、あんたが告白してくれたの」




例年通りに始まった今年のバレンタインデーは。
例年通り、旦那はたくさんのチョコレートを貰っていた。

だが、例年と違った事がひとつ、あった。

それは。
毎年、顔を真っ赤にしながら、丁寧に御礼を言いながらチョコを受け取る旦那ではなく。
義理チョコも友チョコも関係なく、差し出されたチョコレート全てを、旦那が断っている風景・・・だった。
机やロッカーに入っていた物に至っては、差出人に丁重に返却していた。
無記名の物は、どうやら職員に預けたらしい・・・所謂『落し物』申請だ。
流石にそれはやり過ぎだろうと、政宗達に説教されていたのを見かけた。
「誰が何と言おうとも、某は今年は受け取らないと決めたので・・・」
「何で」
「某が欲しいのは、好きな者からのチョコレートただひとつに御座る!」

そう言って幸村が視線を向けた先、
視線が交差する。
旦那が見ていたのは・・・自分、だった、から。

そう思った途端、居ても立っても居られなくなって。
自分の気持ちを誤魔化すのは、もう・・・やめよう。
そう思った、逃げるのを止めたんだ。
だから、自分から言った。
「今日、旦那の家に行っても・・・いいかな、」
って。
今日のあんた見てたら、自分の今まで隠し続けてきた気持ちや、柵も、もうどうでもいいや・・・って。
そう思えてしまったのだ。


いつからかなんてわからない、そんなの知らない。
ずっと、好きだった。


「好きだよ・・・ずっと、旦那が好きだった」

あの時、幸村から貰った告白を、今度は自分がしよう。
あれから2年。
もし、旦那の気持ちが変わっていないのならば。
今日、教室で交差したあの眼差しが真実ならば。
俺様の気持ち・・・受け取ってくれるかな。

「・・・・・・・・・。」

真正面から幸村を見つめ、告げた佐助の言葉に、幸村の思考回路が一瞬にして真っ白になった。
今、何と・・・?
ずっと想っていてくれたと?
ずっと?
ずっとっていつからだ?
ずっと?
・・・って・・・。
「いつから・・・」
「わからない、気がついたら好きだった。もう・・・何年も前から」
だって、自分は2年前に佐助に気持ちを伝えているのに。
なのに、なんだ?
「だったら何故もっと早く・・・」
言いかけて幸村は言葉を止めた。
やっと想いが通じ合ったというのに、佐助の表情が苦しげだったからだ。
「・・・怖かったん、だ・・・」
俯いたまま、歪んだ表情は、幸村の見た事のない佐助の顔だった。
「あんたと俺様は幼馴染み、じゃん・・・」
それ以前に、同性で。
「あんたのそれは恋愛なんかじゃなくて、単なる慈愛だと思ってたから」
親兄弟に持つものと同じ感情を、佐助に向けているのだとしたら。
恋愛感情としては、失恋する可能性が大なわけで。
「もしあんたがそれに気付いた時、関係が崩れるのが怖かったんだ・・・」
やはり女子のがいい、
そう言われるのも怖かった。
付き合ってしまったら、いずれ別れは来る。
そうしたら、何もかもが崩れ去るんだ。
だけど。
このままで居られれば。
幼馴染みのまま、ずっと旦那の側に居られる。
切ない痛みは伴うけれど、ずっと旦那を見て居られる。
「だから・・・誤魔化した」
旦那の告白を。
「・・・ごめん」
「この馬鹿者・・・っ」
次の瞬間、幸村の熱い体躯が佐助に覆い被さった。
しがみつくように抱き締めて来た身体を支えきれず、2人はそのままベッドに倒れ込んだ。
「旦、那・・・」
驚いたように目を見開けば、その視界の先に、幸村の顔が広がる。
「・・・・・・っ・・・」
そして、まるでぶつけるかのような勢いで佐助の唇に触れたものは。
幸村の、唇・・・だった。
「慈愛でこのような、はっ、はは破廉恥な事が出来ると思うかっ!!」
キス、されたのだ。
そう認識した瞬間、佐助の頬がかあっと高揚した。
「ごめん・・・」
「ずっと・・・こうしたかったのだぞ」
「ごめん・・・なさい」
だが、それ以上に真っ赤になって、本当なら羞恥に逃げ出したいだろうに、真っ直ぐ自分を見つめてくる幸村に、押さえきれない感情が溢れ出してくるのを佐助は感じていた。
「ん・・・、っん・・・」
ちゅ、ちゅ、と佐助の顔中に幸村が唇を落とす。
性急に、だが優しいその熱に、くすぐったさとは別の疼きが、佐助の背筋をぞくぞくと這い上がっていく。
身体を強張らせながら、その未知の感覚に必死で耐える佐助が、たまらなく愛しいと思った。
佐助の唇を食むように覆い、舌で唇の形を象るようになぞると、うっすらと、だが確実に受け入れるように、佐助の閉ざされていた唇が開かれた。
頬を優しく撫でる手に佐助がぼんやりと目を開くと、そこには予想外に真っ赤に顔を染める幸村の顔があって。
「旦那・・・?」
佐助の全てが欲しい、
抱きたい、繋がりたい、ひとつになりたい・・・。
そう思うのに、羞恥が先立ち言葉にならない。
「佐っ・・・佐助・・・っ、その、あのっ・・・」
声が、裏返る。
こんなに好きなのに、言いたい事の一つも言えない。
そんな自分に焦り、挙動不審に陥る幸村に、ゆっくりと佐助が下から腕を伸ばした。
「旦那、早く・・・」
幸村を引き寄せ、自分も少しだけ上体を起こすようにして佐助が唇を重ねた。
「俺様、もう限界みたい・・・」
いつも。
いつも感じていた。
佐助は、幸村の事を何でもわかっているのだと。
行動も、気持ちも、それこそ言いたい言葉の一つまで。
伝えたいのに伝えられない。
そんな自分の葛藤すら、佐助には見通されている。
そして、いつだって自分の言いたい事、したい事・・・まるで佐助がそれを望むかのように、幸村をいざなってくれる。
まるで見えない力に惑わされるかのように、再び幸村は夢中になって佐助の唇に喰らいつく。
佐助の唇を食むように覆い、舌で唇の形を象るようになぞると、うっすらと、だが確実に受け入れるように、佐助の閉ざされていた唇が開かれた。
性急に衣服を剥ぎ取り、佐助の身体へと手を這わせると、びくびくと佐助の身体が幸村の下で小さく跳ねる。
好きだ。
佐助の仕草も、声も、何もかも。
好きで好きで好き過ぎて・・・頭がおかしくなりそうだ。
「佐、助・・・っ!」
早く、
早く・・・佐助とひとつになりたい。
無我夢中で自分の欲望を佐助に押し当てた。


が。


「旦那、待って・・・っ」

そんな幸村を制したのは、本気の佐助の声だった。
推し進めようとする幸村の身体を、必死に両膝で食い止める。
両肩を突っぱね幸村を拒絶する細い佐助の両腕も、本気の力で。
表情を隠す事も忘れ、必死に懇願する佐助の瞳に、幸村はハッと我に返った。

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