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□zero sum visitor
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少年がそこにいるであろうことはわかる。
が、これでは初動もわからない。
焦りから荒くなる呼吸を落ち着けるように深呼吸をし、いつ飛び出されても対処できるように重心を低く保つ。
「落ち着け。冷静に、冷静に…」
照り付ける太陽と極度の緊張で汗は止まらないが、それとは逆に手足は冷たく視界も白んできた。
後手に回らざるをえないのが煩わしい。
時間が長く感じる。
額を伝って目に入りそうな汗を拭うことすら隙になってしまいそうで、〇〇は左目を歪めた。
張りつめた緊張感が痛い、長い長い時間だ。
「………ウソだよ」
低い体勢をそのままに〇〇はぽつりと呟いた。
長く感じるのではなく、実際に長い。
発信し続けているCOMMの一律な呼び出し音が、〇〇の体感ではなく正しい時の流れを告げる。
「ちょっとぉ!?」
少年が脅威かどうか。敵か否か。
謎すぎる人物ではあるが、人は水中では呼吸は出来ない。
まろぶように慌てて駆け寄る。
「バーサクって溺れるの!?なんなのよ!」
浅瀬に漂う黒い衣服を掴んだ瞬間、意識が戻ったのか大量の空気を口から零した少年は四肢を暴れさせ派手な水しぶきをあげて立ち上がった。
それに驚いた〇〇はバランスを崩し両手をつく。
数回まばたきを繰り返す〇〇の頭上に水しぶきが降り注ぎ、次いで酸素を取り込もうとする乱れた呼吸音と咳が聞こえてきた。
ぎこちなく顔をあげて少年を見ると、上体を屈めて苦しそうに喘ぎながらも何かを探しているようである。
その視界に〇〇が映ると視線はピタリと止まり荒い呼吸だけを繰り返した。
何故かとても睨まれている。
〇〇が発する第一声に困っているとCOMMの発信音が途切れ、エースの声が聞こえてきた。
『こちらエース。どうかしたのか?…〇〇?』
「……えっと…ゴメン、大丈夫。掛け直すね」
無言を訝しんで心配してくれているような声音のエースに心の中で礼を言い、通信を切断した〇〇は口を開いた。
「こ…こんにちは」
今まで戦っていた間柄に対してなんとも間抜けな挨拶をした〇〇だがそれには〇〇なりの理由がある。
少年の雰囲気がさきほどまでと変わっているからだった。
激しい息切れを起こして咳き込み、表情もある。
危険は去ったと判断しCOMMの通信を切ったのもそのためで、憑き物が取れたというかバーサクが解けたというか、人外のように見えていた赤い眼光は鳴りを潜め今は深い蒼色だ。
とにかく普通の少年に見えるのだった。
「…あんた……だれ…」
あいかわらずの険しい表情のまま、少年の第一声は〇〇の身分を問うものだった。
「えっと、私」
「しょっぱ…なんだこれ海水…?」
「う、うん。インスマ海岸の」
「は…?海!?なんで…レスタルム郊外にいたはずなんだぞ!?どこだよここ!」
「レ、レスタルム?」
「そうだ…俺たちさっきまで…あいつらは!…イグニス!グラディオ!プロンプトは!」
「お、落ち着いて!!」
混乱して取り乱す少年を宥めるために、〇〇は大声を発して少年の二の句を封じた。
置かれていた状況が一変していることに対して困惑していることは理解できたが、わかったことはそれだけだ。
〇〇にも情報は伝わらなく、判断材料も得られない。
「深呼吸して、落ち着いて。…どうしたの?何があったの?名前は?」
宥めるように優しく問い掛けられようやく平静を取り戻したのか、自分の身に起こったことを思い出すように頭をくしゃりとかいて口を開いた。
「俺…俺は…ノクティス…。ノクティス・ルシス・チェラム。…俺、は…?」
「え?…えぇ!?」
少年はノクティスと名乗った。
が、そこでふっと糸が切れたように膝の力が抜け、前に倒れ込む。
慌てて〇〇が抱き止めなければ再び溺れるところだった。
「な、なんなの…?」
少年も混乱しているようだが、〇〇も同様に困惑していた。
腕の中の少年を見下ろす。
眉間のしわは険しいまま、気を失ってしまったようだ。
とにもかくにも、このまま放っておくわけにはいかず街まで連れていくことになりそうだ。
「うーん、通信切らなきゃよかったかな?」
乾いた笑みを浮かべた〇〇は、少年の背を岩に預けると手頃なチョコボを捕獲しにその場を立ち去った。