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□Please yourself
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 両手に持っていた大量の紙袋を床に置き、〇〇は弾んだ息を整えた。


 つ、疲れた…。


 小走りでここまで来たが、約束の時間から優に三時間は過ぎている。


 怒ってんだろうなあ…。


 目の前の扉を見上げ軽いため息をついてノックする。

 再び紙袋を持ち上げていると、中から返事がした。


「…私。入るよー」


 ガッ。

 紙袋を持ったまま器用に開けた扉は、何かにぶつかって止まった。


 体重を掛けてみても動かない。


 視線だけを上に動かすと、目線の位置から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「言葉が成ってない。やり直し」


 言い終えない内に扉を押し返される。


 この野郎今足で閉めたな!?


 怒鳴りそうになったところを深い深い呼吸で納める。


 再び言葉を発するまでに十回は深呼吸しただろうか。


「…失礼しまス。お夜食をお持ち致しましたがいかがでしょうか、ご主人サマ。」


 言いながら扉を睨みつける。


「ぎりぎり及第点だな。入れ」


 たっぷりとした沈黙の後の言葉がコレ。


 そして開けてくれないわけ。


「失礼致しマス」


 中へ入ると、腕を組んで傲然とこちらを見下ろすクラサメがいた。


 …何でこんな目に遭ってるかっていうと、一週間前にさかのぼるワケですよ…。




 □ □ □




 〇〇は遥か彼方に見える高い山岳の稜線を見ていた。


 真夜中のペリシティリウム朱雀魔導院。

 大小様々な鐘が鎖に繋がれた、建物の最上部だ。

 学院探索の際に見付けた。


 テラスよりも見晴らしが良いここは、隠されたようにひっそりとある通路を通らねばならない。


 立入禁止の表示も無かったのにもかかわらず、何故か他の生徒や教官と出くわした事は無かった。


 出逢ったのはただ一人だけ。


 以来、〇〇はたびたびここへ来ていた。

 飲み物持参で来た事もある。


 ただ、長居出来ないのがネック。


 口ずさんでいた歌に区切りが付いたので煙を肺に入れ、ふぅ、と吐き出した。


「何してんだ」

「クラサメ」

「…おい」


 〇〇の手に視線を移して眉をしかめる。


「あっヤバ」


 慌てて後ろに隠すが間に合わない。

 そもそも煙が燻っている。


「こんなところで吸ってたのか」


 咎めながら大股で隣まで来る。


「…部屋で吸わないでって言われたから」


 外でならいいかなって思って。


「屁理屈だな」


 言って手摺りに肘を乗せ頬杖をつく。


「…おっしゃる通りです」


 〇〇も肘を投げ出し縁に顎を乗せた。


 こんな時間まで何してたんだろ。珍しい。


「始末書書いてた」


 突然掛けられた言葉に驚きながら隣を見る。

 クラサメは視線を稜線に向けたままで呆れたような溜め息をついた。


「今喋ってたぞ」


 ちらと目が合ったが、すぐに戻された。


 気をつけてるつもりなんだけどな…。

 口元に手を当てる。

 無意識に口に出してしまう癖は相変わらずのようだ。


 …始末書?


「生徒がヘマをやらかしたんだ。…お前な、仮にも戦闘職種なんだからその筒抜けっぷり何とかしろ。尋問されたら一発だろ」


 今度は喋ってはいなかったようだが読まれたらしい。


 くそぅ。

 唇を尖らせて煙草に口を付ける。


 本当に〇〇に用事があってここへ来たわけではないらしい。


 特に会話も無く沈黙が続く。


 クラサメは頬杖を付いたまま同じ方角を見続けていた。


 あれ、こっちって。


「蒼龍だったっけ」

「ああ」


 確か会議だか何だかで長期滞在してて、つい先日帰ってきたばかりだったはずだ。


 そういえば言ってなかったな。


「おかえり」

「…ああ」


 蒼龍かあ。

 まだ行ったコトないんだよな。

 あっちの方角にあるけど、確かこっちの方からぐるっと迂回するんだよね。

 真っ直ぐ突っ切れれば手間も時間も短縮になるのに。

 あ、でも今は飛空艇あるから関係無いか。

 キザイアもあっちだったなー。

 確かにたまに飛空艇見えたっけ。


「ねえクラサメ」


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